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巻き込まれ少女、出会う。終章,出会う為に別れよう 1

第二部終了に向かいます。

終章,出会う為に別れよう



「ピア、本当に行っちゃうの?」

 今ではすっかり自宅と言って差し支えのないノウル宅の玄関で、星はピアの手を握り締めて問いかけ、じぃ、と黒目がちの瞳で上目遣いに見つめていた。

「ええ。この一週間、楽しかったわ。ありがとう、セイ」

 そんな星の頭を撫でながら、ピアは微かに口の端を上げて微笑みながら、感謝を口にする。

 あの裁判の後、まとめた荷物をアランとキースに持たせたピアは、行く所がない為、宿屋を探そうとしていた。

 そこへ、国王夫妻とのお茶会を終了した星とノウル、合流したアウラが遭遇し、星のおねだりにより、ピアは星と一緒に帰宅する事になった。

 一週間、星と一緒のベッドで寝起きし、ラビも交えて一緒にお風呂へ入り、疎外感で若干凹んだノウルを交えて一緒に食事をし、同棲生活を堪能したピアは、唐突に出て行く事を宣言したのだ。

 おかげで、アワアワとした星が泣いてしまう、という事件が朝から発生し、ラビも使い魔達も、大慌てだった。幸いにも、ノウルは出掛けた後だったので、混乱はある程度で収まっていた。

 そんなこんなで、星は荷物を纏めたピアを見送る為、一緒に玄関へと出て来ていた。

 星の足下では、ラビが戦友を見送るような眼差しでピアを見つめ、もふもふな前足を軽く振っていた。

 ピアは、ラビへ戦友を見つめるような眼差しを返し、名残を惜しむ星には、灰色の瞳を柔らかく細める。

「大丈夫よ、セイ」

 ピアは握られた手を軽く引いて、引き寄せた星の耳元で、優しく、甘く囁く。

「私達は、もう友達だから」

 そのまま、星を抱き締めて、言葉を続けるピア。星は瞬きを繰り返し、静かに聞いている。

「私達は、また、出会う為に、別れるの」

 あやすように星の背中を撫でながら、ピアは一言一句、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

「出会う為に、別れる……」

 そんなピアの言葉を、星は掠れた声で反芻し、すぐに口元を綻ばせた。

「そうだね、ピア。私達は、友達だから」

「きっと、すぐにまた会えるわ」

「うん!」

 別れを惜しむ恋人達のような抱擁を交わしてから、星とピアは、体を離していく。

「じゃあ、また会いましょう、セイ」

 ふふ、と平板な声を僅かに崩し、柔らかく囁くピアは、星の円やかな頬に唇を寄せてから、颯爽と去っていく。

「ピア、格好良い……」

 その背中に、小さく手を振りながら、星はほんのりと頬を染めて呟くと、足下のラビを抱き上げ、ギュッと抱き締める。

「でも、寂しくなっちゃったね」

 言葉通り、寂しそうな声音の星の呟きに、抱き上げられたラビは、自分がいる、とばかりに、星の腕をぽふぽふと叩いてアピールする。

「ごめん、ごめん。そうだね、ラビがいるから、寂しくないよ?」

 小さく笑いながら謝罪すると、星は、もふーっ、と潰さない程度の力加減で、ふわふわの毛並みに顔を埋め、ラビを抱き締める。

「それに、出会う為に、別れたんだもん」

 そのまま、ラビの毛並みの中に囁きを落とすと、星はその場でくるりと回り、軽い足取りで家の中へと戻っていった。

「今日から、新たに護衛騎士となりました、フィリップと申します!」

 ソファに座った詩織の前で、そう背筋を伸ばして挨拶するのは、レベッカと良く似た雰囲気の青年だ。

「よろしくお願いします、フィリップさん」

 詩織は柔らかく微笑んで、小さく会釈を返すが、目の前でビシッと立つ青年に既視感を覚え、小首を傾げる。

「フィリップは、わたくしの兄ですわ! 兄共々、よろしくお願いいたします」

 小首を傾げている詩織に、すっかり元気を取り戻したレベッカが、挙手してからフィリップを紹介する。

「あ、そうなんですね。レベッカには、いつも良くしてもらってます。改めて、よろしくお願いします」

 得心がいった詩織は、ふふ、と笑いながら明るい声で返し、もう一度深々と頭を下げる。

「そんな勿体無いですわ!」

「愚妹にそのような慈しみに満ちたお言葉を頂けるとは……っ」

 流石兄妹といえる、揃って恍惚とした表情で、興奮しきった台詞を吐いているが、詩織は慣れてしまったらしく、ふんわり、と笑って仕えてくれる兄妹を見守っている。

 そこへ、お茶の用意をしていたティナが入ってくる。と、満面の笑みを浮かべていたフィリップの顔が嫌悪に歪んだ。

「愛し子様付きの侍女に獣人がいるという噂は聞いてたが……っ」

 憎悪すら感じる、一息で吐かれたフィリップの言葉に、詩織は困ったような表情で、優しくフィリップの手を握った。

「ティナは、私の大切な侍女です。どうか、仲良くしてください。お願いします、フィリップさん」

 そのまま、潤んだ瞳からの上目遣いでフィリップを見つめ、詩織は一心に訴える。

「…………善処いたします」

 答えるまでの間で不服を表しながらも、フィリップは不承不承頷き、跪いて詩織の手の甲へと唇を寄せる。

「このフィリップ・メルヴィ、生涯、貴女様だけに忠誠を誓います」

「ありがとう、フィリップさん」

 愛らしい少女に傅く、美しく精悍な騎士。物語の一幕のような絵になる光景の中、詩織は頬を染めて応え、嬉しそうに笑っている。

「もちろん、わたくしもですわ!」

「あ、ボク、ボクも誓います!」

 レベッカとティナは、詩織とフィリップのやり取りに、挙手して勢い良く割り込む。ピアの件を通して仲良くなれたのか、二人揃って良い笑顔を浮かべている。

「ふふ、レベッカとティナも、ありがとう」

 元気過ぎる二人に気分を害した様子もなく、詩織は穏やかに微笑み、三人を見つめながら、優しい声音で感謝を口にする。

 そんな四人のやり取りを、少し離れてサマンサが静かに見つめている。



 サマンサの瞳は、詩織を見極めようとするように、何処か冷やかな色を湛えていた。




 ピアの裁判の日、サマンサは城内で不思議な少女と擦れ違っていた。

 その少女は、ウサギのぬいぐるみらしき物を抱えていて、サマンサが仕えている相手より、さらに小柄だった。

 髪は艶やかな黒。瞳は、一重だが睫毛が長く、大きく黒目がち。小動物めいた愛らしさがある少女だった。

 その少女は、一人の騎士にエスコートされていたのだが、その騎士の見慣れない表情が、サマンサの印象に強く残った。

 その騎士は、飄々とした性格で、愛し子相手ですら、軽い口調でナンパして来るような要注意人物だった。その筈だったのだが――。

「あのような顔をされる方だとは……」

 サマンサが冷静な表情を崩し、思わず呟く程、騎士の表情はいつもと違っていた。

 傍らの少女を守る。そんな強い意志を感じさせる精悍な表情で前を見据え、背筋を伸ばして歩く姿は、まさに騎士だった。

 それは、愛し子といる時には見せなかった、本気の顔だと察したサマンサは、軽く首を傾げて、何ともなしに少女と騎士の後ろ姿を見送っていた。




 ピアの裁判が終わり、無罪になった報告を受けたサマンサは、ピアへ会う為に廊下を急いでいた。

 その途中、サマンサは、またあの少女を見かけた。

 今回少女と一緒にいた相手を見た瞬間、サマンサは思わず驚愕の声を上げそうになり、グッと唇を噛み締めた。

 そんなサマンサに、少女と一緒にいた相手――複数いたが、その内の一人、金髪の麗人が気付き、傍らの少女へ何かを囁く。

 その表情の甘やかさに、サマンサの鉄壁の表情が、僅かに崩れる。

「サマンサ、少し良いかな?」

 金髪の麗人――ユナフォードに呼ばれ、サマンサは何とか表情を取り繕い、無言で頷き、ゆっくりと少女と、少女を囲む集団へ歩み寄る。

「えぇと、サマンサさん。私は、星・柊といいます。詩織さんの、巻き込まれです」

 背後から、この国最高の魔術師に抱きつかれながら、少女――星は、ペコリと頭を下げて挨拶する。

 やはり小動物みたい、と軽い現実逃避をしかけたサマンサだったが、そこは優秀な侍女。すぐに冷静さを取り戻し、深々と頭を下げ返す。

「ご存知のようですが、私は愛し子様付きの侍女、サマンサと申します。それで、私に何用でしょうか?」

 下げた頭を戻し、自己紹介を終えたサマンサは、冷やかな口調で問いかける。

「あ、あの、詩織さん元気ですか? ピアの事で、悲しんでないですか?」

 そんなサマンサの態度を気にせず、星はおずおずと、だが心底心配そうな色を黒目がちの瞳いっぱいに湛え、サマンサへ矢継ぎ早に質問する。

「ったく、セイは心配しすぎなんだよ。愛し子は、強かだから、これぐらいじゃ凹まねぇよ」

「第二王子と同意見はムカつくが、愛し子は、多分元気だぞ?」

「でも、男の人には見せないような本音を、サマンサさんには話してるかも知れないよ?」

 両側から喋りかけてくる二人に、軽く唇を尖らせて返す星に、サマンサは表情には出さず、驚いていた。正確には、ユナフォードを含め、ノウル、シウォーグの少女に対する態度に、だが。

 特に、女嫌いで、愛妾以外に興味がないと言われていて、愛し子に対して嫌悪以外で表情を動かさないノウルの、デレデレとした顔は見物ですらあった。

「……愛し子様は、少し動揺されていましたが、レベッカとティナ――他の侍女が傍におりますので、比較的落ち着いてらっしゃいます」

 そう説明しながら、サマンサは今更ながら、愛し子の動揺の少なさに気付く。

 良かった。でも、早くピアの無罪教えてあげてください、とあまり表情を変えず、柔らかい声音で嬉しそうに告げる少女は、泣いていたのか、目元が僅かに赤く染まっている。それを見留め、サマンサは、

「愛し子様は、泣かれなかった……」

と、ポツリと呟きを洩らす。

 ユナフォードは、サマンサの内面の動揺に気付きながらも、ニッコリと微笑んで、ノウルから星を奪って抱き締め、サマンサへ意味ありげな視線を送る。

「あと、この子に会った事は、愛し子には話さない事。どうしても、愛し子の様子が、侍女から直接知りたいって、言われちゃってね。でも、まだ愛し子に会わせるには時期尚早だから」

「――かしこまりました。御心のままに」

 ニッコリと微笑んだユナフォードの、まったく笑っていない冷たい青に見下ろされながら、サマンサは深々と頭を下げて応える。

 ユナフォードの笑顔にも負けない、感情を読ませない鉄面皮で。

「サマンサ、悪いな、愛し子を騙すよう事を頼んで……」

 ユナフォードの笑顔にも、サマンサの鉄面皮にも慣れているシウォーグは、ユナフォードに抱き締められて固まった星の頭を撫でながら、申し訳なさそうに口を開く。

「ただ黙っているだけで、騙す訳ではございませんから」

 見た目に反して真面目なシウォーグに、サマンサは僅かに鉄面皮を崩して、柔らかい口調で答える。

「ありがとうございます、サマンサさん」

 ユナフォードの腕の中から、星はサマンサに感謝の言葉をかけると、ペコリと頭を下げてから、何故か、ふわ、と小さく笑みを浮かべる。

「どうか、されましたか?」

 星の笑顔の理由が分からず、サマンサは表情こそ変わらないが、訝しむように首を傾げて問いかける。

「……ごめんなさい。サマンサさんみたいな人が、詩織さんの傍にいてくれて、良かったなぁって、思って」

 腕の中のラビに顔を埋めながら、星は上目遣いでサマンサの反応を見ながら、素直な気持ちを吐露する。

「……私のような者ではなく、愛し子様を心から敬愛している者が、傍にはおりますが」

「そうかもしれないですけど、詩織さんには、サマンサさんみたいに、嫌われても、駄目な事を指摘出来るような人がいた方が……。きっと、持ち上げられ続けたら、詩織さん、何処までも行っちゃいそうですし……」

 徐々に裁判後の興奮が冷めてきたらしく、人見知りを発動させた星は、手近にいたシウォーグの背中に隠れながら、チラチラとサマンサを窺って喋り続ける。

「『世界の愛し子』って呼ばれても、詩織さんは、一人の人間ですから。なんて、私が言ったら、偉そうですね」

 ただの巻き込まれなんですから、と締めた星は、シウォーグの腰にしがみつき、照れ臭そうな表情を浮かべていた。




 星とのやり取りを思い出していたサマンサは、相変わらずの鉄面皮で、詩織を見つめている。

 忠誠を誓う云々で、詩織が何か言いたげに見てくるが、サマンサは華麗にスルーをしている。

「私は、私でございますので」

 周囲に流されたり、空気をあえて読まないサマンサは、優雅に一礼して、自らの仕事へ戻る。

 一瞬、サマンサの脳裏を過ったのは、いつになったら愛し子は巻き込まれを心配するんだろう、という今更な疑問。




 答える者がいる訳もなく。サマンサは、疑問を振り払い、颯爽と廊下を歩いて行った。

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