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巻き込まれ少女、出会う。幕間,戦わない方の少女

修正しました。ご指摘ありがとうございます。

幕間,戦わない少女




「今頃、ピアは裁判に……」

 降り出した雨が伝う窓を眺め、落ち着かない様子で呟いて、尻尾を揺らすティナ。

「そう、ですわね」

 冴えない顔色で、ティナの声に答えるレベッカ。心なしか、金色の巻き毛もくすんでいる。

「大丈夫です。ユナフォード様を信じましょう。……でも、未だに信じられないです。クロトさんが、内通してたなんて」

 ソファの上で手を組み、祈りを捧げながら、詩織は柔らかく微笑んで言葉を紡いでいくが、徐々にその表情が悲しげに歪む。

「私も、驚いております。彼は、愛し子様に心酔しておりましたから」 サマンサは、詩織の為のお茶を用意しながら、冷静な口調を崩さず答える。

「……少しでも、あれが役に立てば良いんですが」

 詩織は組んでいた手を解くと、言葉だけは心配そうに呟いて、お茶のカップへ手を伸ばした。




 詩織の口にした、あれ、が何かというと――。

 時間は前日へと遡り、詩織の部屋には、何故か不機嫌そうなシウォーグが、護衛の騎士の代わりにいた。

 詩織は、日課である謁見に来た貴族への祈りを終え、部屋へと戻ったのだが、そこにドカリと腰掛けたシウォーグを見つけると、目を見張って、おずおずと話しかけた。

「あの、シウォーグ様? 何かご用で?」 詩織の問いかけに、シウォーグは、不機嫌そうな半眼を詩織へ向けて、無言でため息を吐く。

「……まあ、シウォーグ様でしたら、特に問題はございませんね」

 固まった詩織の脇で、いつも通り冷静な口調で呟くと、サマンサは自らの仕事へ戻っていく。

「今日は騎士様が来てませんから、きっと護衛にいらしたんですよ!」

 固まった詩織へ、ティナはブンブンと尻尾を振りながら、必死に言葉を重ねていく。

 レベッカも、珍しくティナと一緒になり、コクコクと頷いている。

「そう、ですね。とりあえず、お茶してから、散歩でも……」

「――なあ、愛し子。お前、料理とかしないのか?」

 気を取り直して、シウォーグの存在を見ないフリをし、引きつりながらも微笑んで言った詩織に、シウォーグは一瞥もくれず唐突な問いを放つ。

「え? 何故ですか?」

 キョトンとした表情で、計算し尽くされた感のある首の傾げ方をして問い返して来る詩織に、シウォーグはチラとだけ視線を向ける。

「兄上から聞いてないのか? 『世界の愛し子』と聖獣の関係を」

「私と聖獣の関係、ですか?」

 明らかに初耳、という顔で呟く詩織に、シウォーグは面倒臭くなったらしく、髪をガシガシと掻き乱す。

「あー、今度、兄上から聞け。聖獣関係は、兄上の専門だからな」

 本人がいない所で、ユナフォードに丸投げをしたシウォーグは、物言いたげな詩織から視線を外す。

「……結局、シウォーグ様は何の為に?」

 詩織がそう怪訝そうに呟くが、シウォーグは目を閉じてしまい、ピクリとも反応しない。

 微妙な空気の流れる中、扉がノックされ、輝くような金髪を持つ麗人が姿を現す。

「ユナフォード様?」

「ちゃんといたね」

 詩織からの熱を帯びた呼びかけと、怯えを含んだ視線の両方を華麗にスルーした麗人――ユナフォードは、部屋内で不機嫌オーラを撒き散らしている異母弟を見つけ、くく、と笑いながら、からかうような言葉をかける。

「いろって言ったのは、兄上だろ」

 不機嫌極まり、若干拗ねたような台詞を吐き、シウォーグはカッと開いた目で、ユナフォードを睨む。

「そうだったな。まあ、明日までの辛抱だ」

 宥めるようにシウォーグの頭を軽く叩きながら、励ます言葉をかけたユナフォードは、未だに固まっている詩織へと視線を移す。

 優秀な侍女達は、お茶を用意すると、三人から少し距離をとって待機していた。

「今日は、君に頼みがあって来たんだよ」

「私に、頼みですか?」

 ユナフォードに話しかけられ、ゆっくりと瞬いて復活した詩織は、身長差から自然と上目遣いでユナフォードを窺い、首を傾げる。

「…………可愛くないな」

「え?」

「いや、一人言だよ」

 思わず、心の声を洩らすユナフォードだったが、完璧な笑顔で、不思議そうな詩織からの視線を押し返し、本題を切り出した。

「内通者の件だけど、真犯人は愛し子の近くにいたよ」

「や、やっぱり、ピアだったんですね」

 ユナフォードの言葉が聞こえたのか、侍女達にも大なり小なり動揺が走る。それよりあからさまだったのは、すでにピアを真犯人と決めつけている詩織だ。哀しげに呟いているが、何処か喜色が混じっている。

「やっぱり? 愛し子はピアを犯人にしたいのかな?」

「そんなつもりは……」

 ユナフォードから綺麗な微笑みと共に向けられた鋭い突っ込みに、詩織は弱々しく首を振りながら、否定の言葉を口にする。

「真犯人はピアじゃねぇよ」

 行儀悪く足を組んでソファに腰かけながら、シウォーグは不機嫌そうな表情のまま、詩織へ視線も向けずに告げる。

「本当ですか!?」

 詩織が反応するより早く、ちょうどシウォーグへお茶のお替わりを持って来たティナが、明るい声と共に、ピョンと小さく跳ねて喜びを体で表す。耳はピンと立ち、尻尾がブンブンと振られている。

「あ、ああ」

 ティナの無邪気な反応に、毒気を抜かれたのか、シウォーグは柔らかく苦笑して頷く。

「良かった、ピア……。本当に」

「本当に良かったです。でも、内通者は誰で、私は何をすれば……」

 心底嬉しそうな呟きを洩らすティナを横目に、詩織は困ったような表情でティナに同調しながら、上目遣いのままユナフォードを窺う。

「まず、内通者は、君の護衛騎士の一人、クロト・ハイエンだよ」

「まさか、クロトさんが!?」

 ユナフォードの告げた名前に、詩織は衝撃のあまり、ソファから腰を浮かせ、あり得ないとばかりに驚きの声を上げる。

「おや、ピアの時より、驚いているね」

 そんな詩織の態度に、くすくす、と悪戯っぽく笑いながら、わざとらしく指摘し、ユナフォードは肩を竦めてみせる。

「からかわないでください。どちらが内通者でも、私は悲しいです」

 言葉通り、悲しげに目を伏せた詩織に、ユナフォードは一瞬だけ冷たい笑みを浮かべるが、すぐ嘘のように柔らかい微笑みを作る。

「そう。じゃあ、そんな君に、私が力を貸そうか」

「ユナフォード様が、私に?」

 ユナフォードの美しい微笑みに、詩織はほんのりと頬を染め、操られたように呟いて、頷く。

「クロトの動機は、簡単に表せば、敬愛する君の為に、だ。そこで、君には可哀想なクロトの為に、嘆願書を書いて欲しい」

「クロトさんは、私の為に? あと、嘆願書なんて、書いた事ないですし……」

 星より明るい色をした瞳を潤ませ、儚く見える笑みを浮かべる詩織に、ユナフォードは微笑みを崩さず、紙を差し出しながら、ゆっくりと口を開いた。

「そう、クロトは君の為になると、信じていたんだ。まさに、盲信だね。嘆願書は、簡単だよ。君の、心からの想い、それを書けば良い」

「お優しい愛し子様には、簡単だろ? 私の大切な騎士を殺さないで、私の為にしたんです、とか書けば良いさ」

 ユナフォードの、一見優しく聞こえる言葉。シウォーグのからかいと、星お墨付きの裏声混じりの言葉。そして――。

「そんな事、当然ですわ! 愛し子様は、とても慈悲深い方ですもの! わたくしの間違いも許してくださいましたわ!」

「そうです! 愛し子様は、ボクみたいな獣人も気にしない、お優しい方です! クロトを見捨てたりはしません!」

 サマンサ以外の侍女達からの、信頼に満ちた声。

 それらに後押し――もとい、退路を塞がれた形になり、詩織は嘘臭いぐらい、慈しみに満ちた笑みを浮かべると、ペンを手に取り、一瞬だけ躊躇してから紙を受け取って、ペン先を滑らせていった。




 つい昨日の事の筈だが、遠く感じる出来事を思い出し、詩織は憂いに満ちた表情で、ため息を吐く。

 そのため息を聞き、ティナは耳をペタリと倒しながら、心配そうな表情で詩織を見つめている。

 そこへ、ノックもそこそこに、ヨードが飛び込んで来るが、ヨードから伝えられたのは、ピアが無罪になり、クロトの罪が確定した事だけで。

 結局、巻き込まれ――ノウルに溺愛されていた少女の事を、ヨードが口にする事は無かった。

 ヨードは、別に星を慮った訳でなく、お優しい『世界の愛し子』が心を患わせてはいけない、と黙っていただけだった。

 もしも、お優しい『世界の愛し子』が、巻き込んで連れて来て、なおかつ、森に置き去りにした相手が、男ですらなく、自らよりも年下にしか見えない少女だと知ったら……。

 そう考えたヨードは、王が箝口令を敷く前に、巻き込まれの事を『世界の愛し子』に話すな、という暗黙の了解を、あの場から逃げ出した貴族達に叩き込んでいた。

 おかげで、詩織は自らの嘆願書の効果を知っただけで終わり、嬉しそうに笑っていた。

 詩織の顔に浮かんだ美しい微笑みは、無罪放免になったピアが、城を辞めなければいけない、という話を聞き、さらに輝きを増していた。

 詩織の取り巻きともいえる、ヨードは知る由もない。あの巻き込まれが、詩織の知人である事を。




 そして、ピアが冤罪をかけられるという事態を引き起こした原因が、誰かという事を――。


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