EP 9
大食いヤラセ配信を救え!残飯ゼロのリメイク料理
「はぁ〜い、全宇宙のみんな〜! 今日もキュララTVを見に来てくれてありがと〜♡ 今日の企画はコレ! 『【限界突破】下級天使が帝都名物・特大メガ盛りカツ丼十杯の大食いに生挑戦してみた〜♡』だよ〜っ!」
村長公邸のシェアハウス区画、ピカピカに片付いたキュララの配信部屋から、あざとく弾けた美声が響き渡っていた。
配信デスクの上に並べられているのは、洗面器のような巨大な漆塗りの丼が十個。
中には、ポポロ村の隠田で収穫された極上米「サンライス」がギッシリと詰め込まれ、その上にシープピッグの特大トンカツが二枚ずつ、黄金色の半熟卵で豪快にとじられている。立ち上る湯気と甘辛い割り下の香りは、まさに圧巻の一言だった。
「それじゃあ、いただきま〜す♡」
キュララは魔導カメラに向かって満面の笑みを浮かべ、木のスプーンでカツを一口サクッと齧り、ご飯をちょこんと口に運んだ。
「ん〜〜っ! お肉がジューシーで卵がトロトロ〜! 美味しい〜♡ ……あ、でもキュララ、小食な天使だから、もうお腹いっぱ〜い♡ リスナーのみんな、今日もたくさんの虹色スパチャありがとう〜! ばいば〜い♡」
『ピピッ――生配信を終了しました』
配信カメラの赤いランプが消えた、まさにその瞬間だった。
「※スタッフが美味しくいただきま〜す、っと! ふぅ、今日の配信も同接五百万人超えで大成功〜♪ さ、あとはよろしくね〜!」
キュララはさっさとスプーンを放り出すと、ソファにダイブして魔導タブレットで売上金の計算を始めた。
そして――部屋の隅に置かれた衝立の影から、地獄の底から這い出してきたような血走った瞳の人魚姫が、野獣の形相で飛び出してきた!
「カツ丼ォォォッ!! 帝都の老舗なら一杯銀貨五枚は下らない、夢の特大カツ丼ですわぁぁぁーーッ!!」
芋ジャージの袖を捲り上げたリーザが、残された九・八杯のメガ盛りカツ丼へダイブした!
普段は道端の雑草と焦げたパンの耳しか口にしていない極貧アイドルにとって、目の前に積まれたカツ丼の山は、神々の黄金郷に見えていたのだ。
「ガツガツ! モグモグ! う、美味いですわぁ! お肉の脂が舌の上でとろけますわぁぁ!」
一杯目を猛烈な勢いで完食したリーザ。だが、二杯目を半分ほど飲み込んだあたりで、ピタリと動きが止まった。
「う……っ!? げ、下水……いえ、胃の腑が……!?」
リーザの顔からサーッと血の気が引いていく。
時間が経ち、冷め始めたカツ丼からは、揚げ油の独特の重たい匂いが立ち込め始めていた。豚肉の脂身は白く固まりかけ、サクサクだったはずの衣は、たっぷりの煮汁を吸いすぎてブヨブヨのヘドロのように重く沈んでいる。
冷めた濃厚なラードと砂糖醤油のタレが、空っぽだったリーザの胃壁に鉛のようにズシリと圧しかかったのだ。
「うぐぅ……お、お腹がキリキリ痛みますわ……! 胸焼けで喉の奥がカッカと熱い……! け、けれど……! 食べ物を粗末にしたらバチが当たりますわ! わたくしが……わたくしが全部胃袋に収めなければ……オエッ……!」
「リーザちゃん、無理しちゃダメだって! お腹壊しちゃうよ!?」
異変に気づいたキャルルが駆け寄り、背中をさするが、リーザは涙目でスプーンを握りしめたまま震えている。
「リーザさん、ストップです! それ以上無理に流し込んじゃいけません!」
廊下から飛び込んできた赤木大地が、リーザの手からそっとスプーンを取り上げた。
リーザは脂汗をびっしょりと流しながら、青ざめた唇を震わせた。
「だ、大地様……で、でも……まだ八杯以上も残っていますのよ……!? これを残したら、ゴミ箱に捨てるしか……わたくし、食べ物を捨てるなんて絶対に嫌ですの……!」
「えへへ……ごめんね大地くん。捨てるのはもったいないから、いつもみたいにリーザちゃんが美味しく食べてくれると思ったんだけど……」
ソファの上で、キュララが申し訳なさそうにピンク色のアホ毛をしょんぼりと垂らした。
大地はキュララを頭ごなしに怒ることはせず、二人を包み込むように優しく微笑んだ。
そして、デイパックから紺色の木綿エプロンを取り出すと、腰の後ろでキュッと固く紐を結んだ。
【ユニークスキル:家庭科 が起動しました】
【食品保存・リメイク調理・消化器生化学プロトコルが接続されます】
大地の視界に、冷えたカツ丼の脂質の凝固状態、酸化度、そして残された素材の鮮度データが青白い光となって浮かび上がった。
「リーザさん、キュララさん。僕の故郷には、昔からこんな言葉があるんです」
「『残り物には福がある』」
「のこりものには……ふくがある……?」
リーザが苦しそうにお腹を押さえながら呟いた。
「はい。食べ物を残すのは確かに『もったいない』ことです。でもね、もったいないからといって、キャパシティを超えて無理やり自分の胃袋に詰め込むのは、食べ物を大切にしていることにはなりません。それはただ、自分の体をゴミ箱代わりに痛めつけているだけなんです。体を壊してしまっては、元も子もありませんよ」
大地はテーブルの上に並んだカツ丼の山を、慈しむように見つめた。
「本当の『始末』や『もったいないの心』とはね、今無理して食べることじゃないんです。『傷む前に正しい方法で保存し、別の美味しいご馳走へと生まれ変わらせて、明日の笑顔に変えること』なんですよ」
「明日の笑顔に変える……? この冷えてギトギトになったカツ丼が、また美味しくなりますの……!?」
「もちろんです! 残ったカツ丼は、宝の山ですよ! まずはリーザさん、痛むお腹を落ち着かせる特効薬を作りますから、座って待っていてくださいね」
大地は腕まくりをして厨房へと向かった。
今日大地が繰り出すのは、フードロスを完璧にゼロにし、弱った胃袋を優しく労る【カツ丼レスキュー&リメイク大作戦】だ!
まずは、ステップ1――【余ったカツ丼の正しい分解と保存】。
「カツ丼が不味くなる最大の原因は、『ご飯とカツを一緒に放置すること』です。時間が経つと、ご飯が煮汁を吸い尽くしてベチャベチャのお粥のようになり、衣は油を吸って酸化してしまいます」
大地は手際よく、八杯分のカツ丼から「カツ」と「ご飯」を別々に分けた。
割り下の味が染みたご飯は、一食分ずつラップの上に広げ、「平たく薄い四角形」に包んでいく。
「ご飯を冷凍する時は、丸めるのではなく薄く平らにするのが鉄則です。熱伝導が良くなって急速に冷やすことができ、解凍する時も中心までムラなく一瞬でふっくら温まりますからね。この出汁ご飯は、明日の朝に卵とネギを加えて炒めれば、絶品の『和風出汁チャーハン』に化けますよ」
そして、余ったカツの半分は、一切れずつラップで空気が入らないようにピッチリと包み、フリーザーバッグに入れて冷凍保存へ回した。
続いて、ステップ2――【冷めた揚げ物のサクサク復活術】!
「冷えて油が回ってしまったカツを、電子レンジだけで温め直すと、水分が飛べずに余計にベチャッとしてしまいます。ここで使うのが、これです!」
大地が取り出したのは、一本のアルミホイルだった。
大地はアルミホイルを適度な長さに切り取ると、両手で一度「クシャクシャッ!」と激しく丸めてシワだらけにした。そして、それを再び優しく広げてトースターの網の上に敷いたのだ。
「大地さん、なんでわざわざクシャクシャにしたの?」
キャルルが兎耳を揺らして尋ねる。
「アルミホイルをクシャクシャにすると、表面に無数の凸凹の溝ができますよね。この凹凸の上に揚げ物を乗せてオーブントースターで焼くと、『衣から染み出した余分な油が溝の底に落ちて、カツが油を吸い戻さない』んです! しかも下から熱風が通り抜けるから、まるで揚げたてのように衣がサックサクに蘇るんですよ」
トースターの中で、チリチリと心地よい音が響き始めた。
溝にはみるみるうちに黄色い余分な油が溜まり、部屋の中に香ばしいパン粉の香りが満ちていく。
そして仕上げ、ステップ3――【胃もたれを吹き飛ばす、大地の即効リメイク料理】!
大地は村特産の「月見大根」を手に取ると、鬼おろしで手早く粗めにおろした。
「大根には『ジアスターゼ』やプロテアーゼという強力な消化酵素がたっぷり含まれています。脂っこいものを食べて胃がもたれた時は、大根おろしを一緒に食べるだけで、胃酸の分泌を助けて脂の分解を劇的に早めてくれるんです」
小鍋に昆布と削り節の澄んだお出汁を沸かし、ほんの少しの薄口醤油草と塩で味を調える。
器に温かいサンライスを軽く盛り、トースターで余分な油を落としてサクサクに復活したカツを一切れ乗せる。その上にたっぷりの大根おろしをこんもりと盛り付け、刻み海苔、ワサビ、そして実家から持ってきた梅干しをちょこんと添えた。
そこへ、熱々の澄んだ極上出汁を、カツの端から静かに回しかける!
――ジュワァッ……。
「お待たせしました! 胃に優しくサラサラ入る、『サクサクカツのみぞれ出汁茶漬け』です!」
湯気と共に立ち上る、削り節の芳醇な香りと、大根おろしの爽やかな清涼感。
脂っこさなど微塵も感じさせない、美しく透き通った一杯がリーザの前に置かれた。
「あんなにギトギトだったカツが……こんなに澄んだお茶漬けに……!?」
「リーザさん、無理はしなくていいですからね。スープだけでも一口飲んでみてください」
リーザは震える手で木のスプーンを取り、お出汁と大根おろしをすくって口に含んだ。
ゴクリ、と喉を滑り落ちたその瞬間――。
「…………っっっ!!!」
リーザの青ざめていた顔に、パァッと温かい血色が戻った。
「な、なにこれ……!? お出汁が五臓六腑に染み渡る……! 梅干しの爽やかな酸味と大根のさっぱりした甘みが、胃の中の重たい油をサーッと洗い流していくみたいですわ……!」
勢いづいたリーザは、お出汁に浸ったカツを恐る恐る齧った。
――サクッ!
お出汁がかかっているのに、トースターで油を落とした衣は驚くほど軽快な音を立てた。
「サクサクですわぁぁぁ!! お出汁を吸っているのに衣が香ばしくて、大根おろしのおかげで全然脂っこくない! サラサラ、サラサラといくらでもお腹に入っていきますわぁぁぁ!」
「わぁ……! 本当に美味しそう!」
見守っていたキャルルとキュララも、大地から配られた小さなお椀を手に取って啜った。
「んん〜っ! 美味しい〜っ! トースターのホイル技、すごいね! 油が抜けてるからお肉の旨味だけがダイレクトに伝わってくるよ!」
「カツ丼がこんなお上品な料亭のシメ料理に化けるなんて……! 大地くん、やっぱり天才だよぉ!」
リーザは最後の一滴までお出汁を飲み干すと、ふぅ〜〜っと幸せそうに息を吐き出し、ぽっこりと膨らんだお腹を優しく撫でた。
さっきまでの激しい胃もたれと腹痛は完全に消え去り、身体の芯からポカポカとした温もりが満ちていた。
「はぁぁ……生き返りましたわ……。美味しくて、身体が軽くて……これが、本当の『残り物の福』ですのね……」
その時、机の上で切り忘れていたキュララの魔導端末が、再びピコピコと狂ったような通知音を鳴らし始めた。
配信後のアフタートーク枠として、映像が全宇宙へ垂れ流しになっていたのだ!
『うおおおおお! 大食い企画のあとの残飯処理、胸糞悪くならずに感動したの初めてだわ!』
『「くしゃくしゃアルミホイルで揚げ物温め」!? 今夜のスーパーの惣菜で絶対やる!!』
『カツ丼をみぞれ出汁茶漬けにリメイクする発想、天才すぎるだろ……!』
『「自分の体をゴミ箱にするな」って言葉、刺さりすぎて泣いた。食べ残し無理して食べてたわ……』
『残飯ゼロ! フードロス完全撲滅! エプロン少年に特大スパチャ投げるわ!!』
チャット欄には、これまでの大食い配信でモヤモヤを抱えていた視聴者たちからの絶賛と感謝のコメントが滝のように流れ落ちていた。
天界のこたつ部屋では、小豆色ジャージの女神ルチアナが、冷蔵庫からタローソンの三日前の値引きコロッケを引っ張り出し、アルミホイルを必死にクシャクシャに丸めていた。
「ちょっとぉぉぉ! 早く言いなさいよその知恵! 私の冷蔵庫で化石になりかけてた揚げ物が、トースターで全部サクサクに生き返るじゃないのよぉぉぉ! あーもう、大根おろしとお出汁かけて食べたら絶対ビールに合うわよこれ! エプロン少年、うちのこたつの横にも出張してきなさぁぁぁい!!」
ポポロ村のシェアハウスの台所には、綺麗に小分け冷凍されたパックと、笑顔で満たされた穏やかな時間が流れていた。
無理をせず、知恵を使って大切に命を繋ぐ。
大地の【家庭科】が、また一つ、現代的な歪んだ食卓を優しく温かく救い出していた。
【今日の大地のエプロン手帖】
今日のことわざ・格言
『残り物には福がある(余ったものを無理に詰め込んで体を痛めるのではなく、知恵と工夫で保存し、新しく美味しい料理に生まれ変わらせることこそが本当の福を呼ぶ)』
今日からできる生活の知恵
①【冷めた揚げ物がサクサク復活する「くしゃくしゃアルミホイル」トースター術】:アルミホイルを一度手で丸めてシワをつけてから広げ、その上に揚げ物を乗せてトースターで温めると、溝に余分な油が落ちて衣が油を吸い戻さず、揚げたてのサクサク感が戻ります。
②【胃もたれを防ぐ「大根おろし(ジアスターゼ)」】:揚げ物や脂っこいものを食べる時は、大根おろしを添えるだけで豊富な消化酵素が胃の負担を減らし、胸焼けや胃もたれを劇的に防いでくれます。
③【ご飯の冷凍は「薄く平らに急速冷却」】:余ったご飯は丸いおにぎり型ではなく、平たい四角形にしてラップで包むと、解凍時の熱ムラがなくなり、炊きたてのふっくら感が蘇ります。
読んでいただきありがとうございます。
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