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『異世界ポポロ村の家庭科無双!〜読書家の高校生がエプロン一つと身近な格言で、借金女神も魔王も救う人生お役立ち物語〜』  作者: 月神世一


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10/10

EP 10

こたつ部屋の干物女神ルチアナと、見習いリリスの見学

 夕暮れのポポロ村に、ひんやりとした秋の風が吹き抜け始めた頃。

 村長公邸の台所では、赤木大地が夕食の仕込みの真っ最中だった。まな板の上で、トントントンと小気味よい包丁のリズムが鳴り響く。

 その時――台所の空間が、ぐにゃりと陽炎のように歪んだ。

「……ん? なんだか空間が……?」

 大地が手を止めて見つめると、パチパチと青白い火花が散り、壁際にまるで押し入れの襖のような『異次元ゲート』が勝手に出現したのだ。

 ガラガラッと引き戸が開くような音がして、中から転がり出てきたのは――見慣れた小豆色の上下芋ジャージを着た、一人の絶世の美女だった。

 ただし、その姿は神の威厳とは百光年ほどかけ離れていた。

 髪はボサボサの鳥の巣状態、目元には濃いクマが刻まれ、唇はカサカサ。おまけに頬には赤黒い吹き出物がポツリと居座っている。

 片手には飲みかけの缶ビール『イモッカ』、もう片方の手には食べかけのタローソン製激辛カップ麺の容器をぶら下げたまま、彼女は台所の床にドサリとうつ伏せに倒れ込んだ。

「うぅ……だるい……身体が鉛のように重い……胃が焼けるようにキリキリするわ……。誰よ、こんな夕暮れ時に暴力的なほど美味そうな鰹出汁の匂いを下界から天界のこたつ部屋まで漂わせてきた不届き者はぁぁぁ……!」

 彼女こそ、このマンルシア大陸を統括する第3種惑星創造世界神――女神ルチアナその人であった。

 続いて、開いたゲートの奥から、ちょこんともう一人の少女が姿を現した。

 頭にお団子ヘアを結い、清楚な見習い神官服に身を包んだ可憐な少女――ルチアナの後輩であり薄給に喘ぐ見習い女神、リリスである。

 リリスは手にしたクリップボードを抱えながら、台所の床で干物と化している上司を見て、わざとらしく両手で顔を覆った。

「うわあああん(棒) たいへんだ〜(棒) 先輩が栄養失調と二日酔いで行き倒れちゃったよ〜(棒)。誰かタローソンの高級みたらし団子を十本奢ってくれないと、リリスの心の傷も癒えないよ〜(棒)」

「棒読みはやめなさいリリス! そしてどさくさに紛れて団子をたかるんじゃないわよ! ……あぁ、胃が痛い……口内炎もしみる……。誰か……誰か私に胃薬と、刺激の少ない水分を……」

「ひゃああっ!? る、ルチアナ様ぁぁぁ!?」

 異変を聞きつけて廊下から飛び込んできたキャルルが、床に転がるダメ神を見て長い白兎の耳を直立させた。

「ちょっと、なんで天界の世界神様がうちの台所の床で行き倒れてるの!? またポポロ・コーポの女子会部屋(B103)に遊びに来たついでに迷子になったの!?」

「違うわよ……! 匂いよ、匂い! このエプロン少年が毎日毎日、モニター越しに極上の飯テロを流してくるから……我慢できなくなって、こたつ部屋の座標を台所の換気扇の真裏に直結させたのよ……!」

「神権の私的濫用がひどすぎるよ!」

 キャルルが頭を抱える中、大地はそっとルチアナの前にしゃがみ込んだ。

 手元のカップ麺を見れば、具材はほとんど入っておらず、真っ赤な激辛スープと伸びきった油揚げ麺の残骸だけ。足元にはコンビニの揚げ物の紙袋や、空になったビール缶が転がっていた。

「……ルチアナさん。最近ずっと、こういう食事ばかり続けていたんですか?」

「な、何よ悪いの……? 神格公務員は忙しいのよ! 書類仕事と同人誌の締め切りに追われてたら、お湯注いで三分で食えるカップ麺と、手っ取り早くカロリーが摂れる揚げパンとビールしか喉を通らないのよ! でも最近、肌はボロボロだし、朝起きても体が重くてちっとも疲れが取れないの……!」

 ルチアナが涙目でジャージの袖を噛む。

 一人暮らしの社会人や、忙しさに追われる現代人が誰しも一度は陥る、絵に描いたような栄養バランスの崩壊だった。

 大地は決して呆れたり責めたりせず、慈しむような穏やかな笑みを浮かべた。

 そして、背中のリュックから取り出した紺色の木綿エプロンを広げると、腰の後ろでキュッと固く紐を結んだ。

【ユニークスキル:家庭科 が起動しました】

【栄養動態解析・生体代謝・未病改善プロトコルが接続されます】

 大地の視界に、ルチアナのビタミンB群の枯渇、タンパク質不足、塩分過多と脱水状態を示す生体データが、柔らかな光となって可視化された。

「ルチアナさん。僕の故郷には、昔からこんな言葉があるんです」

「『医食同源(いしょくどうげん)』」

「そして、『病は口より入り、禍は口より出づ』です」

「いしょく……どうげん……?」

 ルチアナが床に頬をつけたまま呟いた。

「はい。病気を治す薬も、私たちが毎日口にする食べ物も、命を養って体を健やかに保つという根本はまったく同じものだ、という意味です。私たちの体は、百パーセント『自分が食べたもの』だけで作られています。高価な美容液を塗ったり、エナジードリンクで無理やり気力を前借りしても、材料となる栄養が体に入っていなければ、細胞は新しく生まれ変わることができません。肌荒れも、だるさも、胃痛も、全部『体が悲鳴を上げているSOSのサイン』なんですよ」

「うぐぅ……! 正論が胸と胃壁に刺さる……!」

 ルチアナが身悶えする。

「でも、ルチアナさんが自炊できないのは仕方のないことです。忙しくて疲れ果てている時に、一汁三菜なんて何品もおかずを作るなんて、誰だって無理ですからね」

「そ、そうなのよ! フライパン洗うのも面倒だし、野菜を何種類も刻んで炒めてなんてやってられないのよ!」

「だからこそ、知ってほしいんです。何品も作らなくても、『大きなお椀ひとつで、一日分の必要な栄養が全部摂れる最強の完全食』があることを!」

「お椀ひとつで……完全食……!?」

 リリスがピクッと反応し、ルチアナもパッと顔を上げた。

「はい。今から僕が、ルチアナさんの疲れた胃腸と肌を芯から蘇らせる、特製のご飯を作ります!」

 大地は腕まくりをして、まな板の前に立った。

 今日大地が作るのは、日本の家庭料理が誇る究極の栄養凝縮メニュー――

 『ポポロ根菜とシープピッグの具だくさん食べる黄金豚汁』と、『ふっくらサンライスの塩むすび』だ!

 用意したのは、ポポロ村の大地が育てた豊かな恵み。

 月見大根、太陽芋、人参、ゴボウに似た風味豊かな野草の根、肉厚の肉椎茸、そして薄切りのシープピッグ肉。

「大地さん、野菜がこんなに山盛りで、本当にお鍋に入るの?」

 覗き込むキャルルに、大地は笑顔で包丁を動かしながら答えた。

「豚汁の極意は、『お汁を飲むのではなく、野菜を食べる』ことです。根菜はそれぞれ乱切りやイチョウ切りにして、火の通りを均一にします。そして、ここからが家庭科の最大の調理科学――【最初に具材をごま油で炒めること】です!」

 深鍋を火にかけ、香ばしいごま油を引く。

 まずシープピッグ肉を炒め、色が変わったところで山盛りの根菜と肉椎茸を一気に投入した。

 ――ジュワァァァッ!!

 心地よい爆音と共に、ごま油の香ばしい匂いが台所いっぱいに弾け飛ぶ。

「お肉と野菜を油でコーティングしながら炒めることで、二つの絶大な効果が生まれます。

 一つは、人参や大根の皮付近に含まれるカロテン(ビタミンA)などの『脂溶性ビタミン』です。これらは油と一緒に加熱することで、体内への吸収率が何倍にも跳ね上がって、荒れた肌や粘膜を急速に修復してくれます。

 そしてもう一つは、油の膜が素材の旨味を閉じ込め、煮崩れを防ぎながら、汁の表面に薄い油膜を張って最後までスープを熱々のままキープしてくれるんです」

 全体に油が回り、野菜の甘い香りが立ってきたところで、昆布と削り節で取った極上のお出汁をたっぷりと注ぎ入れる。

 コトコトと弱火で煮込むこと十分。

 ここで大地は、ルチアナの弱った胃腸を気遣い、ある一手間を加えた。

「さらに隠し味として、『すりおろした生姜』をひとかけら加えます。生姜のジンゲロールという成分が血行を促進し、内臓の温度を上げて、冷え切った胃腸の消化吸収力を劇的に高めてくれるんですよ」

 根菜が竹串がスッと通る柔らかさになったところで、大地は火を極限まで弱めた。

 そして、すり鉢で丁寧に溶いた村の特製味噌をお玉で静かに溶き入れていく。

「ここが、一番大事な鉄則です! 【味噌を入れたら、絶対にグラグラ沸騰させないこと】!」

「えっ? 沸騰させちゃダメなの?」

 キャルルが兎耳をピクッと動かす。

「味噌は生きた発酵食品です。沸騰させてしまうと、味噌の豊かな香りの成分が一瞬で空気中に蒸発してしまい、腸内環境を整えてくれる大切な酵素や有益な菌の働きも弱まってしまいます。お鍋のフチがフツフツと揺れる直前――いわゆる『煮えばな』の瞬間に火を止めるのが、味噌の栄養と香りを一番美味しくいただく知恵なんです」

 仕上げに、小鍋で炒って水分を飛ばした木綿豆腐をちぎって加え、刻んだ青ネギをパラリと散らす。

 隣の土鍋からは、炊きたてツヤツヤのサンライス。

 大地は手にほんの少しの塩水をつけ、ふんわりと空気を包み込むように三角形のおむすびを結び上げた。

「お待たせしました! 大地の特製、一汁一菜・具だくさん黄金豚汁定食です!」

 ドンッ、とテーブルに置かれた特大の漆塗りのお椀。

 そこには、飴色に輝く太陽芋、ホクホクの大根、出汁を吸った肉椎茸、柔らかく煮込まれたシープピッグ肉が、これでもかと言わんばかりに山盛りに盛り付けられていた。

 立ち上る芳醇な味噌とごま油の湯気に、ルチアナの鼻腔がピクピクと痙攣した。

「な……何よこれ……。こんな山盛りの具、汁物っていうかもはやメインディッシュじゃないの……!」

「さあ、冷めないうちにどうぞ。まずはスープを一口飲んでみてください」

 ルチアナは震える手で木のお椀を持ち上げ、ふーふーと息を吹きかけながら、黄金色のスープを口に含んだ。

 ゴクリ、と喉を滑り落ちたその瞬間――。

「………………っっっ!!!」

 ルチアナの全身に、電撃が走った。

 ジャージの背中がビシィッと直立し、死んでいた瞳にカッと強烈な光が蘇る。

「な……なにこれぇぇぇぇ……!? 美味しい……! 信じられないくらい身体に沁み渡る……! 豚肉の濃厚な脂の甘みと、根菜から溢れ出た優しいお出汁が味噌と完璧に溶け合って……喉を通った瞬間から、胃袋の奥がカッカと温かくなってくる……! だるかった身体の細胞が、一斉に目を覚ましていくみたいだわ……!」

 ルチアナはスプーンを掴むと、今度は太陽芋と大根を口いっぱいに頬張った。

「ハフッ、ハフッ! お芋がホクホクで甘い! 大根もお出汁を限界まで吸い込んでてジューシー! 生姜の風味が爽やかで、油っこさなんて全然ないわ! これならいくらでも食べられる……!」

「わぁ……! リリスもいただきます!」

 見習い女神のリリスも、小さな口でお椀にかぶりついた。

 そして一口食べた瞬間、あざとい棒読みなど完全に忘れ去り、目をキラキラと輝かせて叫んだ!

「んんん〜〜〜っ! おいしい〜〜っ! お塩のおむすびと豚汁の組み合わせ、無限にループできちゃいます! これ、タローソンの高級みたらし団子よりずっとずっと美味しいですぅぅ!」

「ふふ、良かったです。野菜に含まれるビタミンやミネラル、カリウムは水に溶け出しやすいんですが、こうして汁物にすれば、『溶け出た栄養を一滴残らず全部スープごと飲み干せる』んですよ。これ一杯とおむすびだけで、炭水化物、タンパク質、脂質、ビタミン、ミネラル、食物繊維――五大栄養素が完璧に揃うんです」

「完璧な栄養……! お鍋一つで野菜切って煮るだけでいいなら、私のズボラな生活でも絶対できるじゃないの……!」

 ルチアナは涙をポロポロと流しながら、夢中でお椀を抱え込んで最後の一滴まで飲み干した。

 空っぽになったお椀をコトリと置いた頃には、彼女の青白かった頬にはぽっと桜色の血色が差し、カサカサだった唇は潤いを取り戻していた。あれほど重かった身体が、羽が生えたように軽くなっている。

「はぁぁぁ……生き返ったぁ……。満たされたぁ……。私、今まで神様なのに、自分の体をちっとも大切にしてあげてなかったのね……」

 その時、机の上で起動しっぱなしになっていたキュララの魔導端末が、ピコピコと激しい音を立てて全宇宙のコメントを吸い上げ始めた。

 天界の神々が、下界観測モニター越しに大地の【具だくさん豚汁】の講義を熱狂的に見守っていたのだ!

『うおおおお! 「具だくさん味噌汁+おにぎり」の一汁一菜、一人暮らし自炊の完全な正解じゃん!』

『おかず何品も作らなくていいの、精神的ハードル下がりすぎて泣いた』

『「味噌は沸騰させない」「根菜をごま油で炒めてビタミン吸収アップ」、メモした!』

『カップ麺生活で肌荒れてた天界の社畜たち、全員救われただろこれ……!』

『エプロン少年の豚汁、神界のカフェテリアでもメニュー化してくれぇぇぇ!!』

 画面の端では、神々からの感謝のスパチャが滝のように降り注ぎ、ルチアナの赤字だらけのチャンネル収益が、ほんの一瞬で数万GodPt分も押し上げられていた。

 すっかりお腹も心も満たされたルチアナは、満足そうにお腹をさすりながら、大地の右手をギュッと両手で握りしめた。

「大地くん! 決めたわ! あなた、私のこたつ部屋の専属主厨神として天界に迎え入れてあげる! 神格公務員枠で採用して、毎日この豚汁を作らせてあげるわよ!」

「「だーめーでーすーっっ!!」」

 すかさずキャルルとリリスが息を合わせて叫び、ルチアナを押し戻した。

「ルチアナ様! 大地さんはポポロ村の大切な生活顧問なんですから、天界へ拉致しようとしないでください!」

「そうです先輩! 大地さんの豚汁は、リリスが毎日食べに来るんですから独り占めはズルいです〜!」

「なによリリス、先輩を差し置いて抜け駆けする気ぃ!?」

 ワイワイと賑やかな声が、ポポロ村の夕暮れの台所に響き渡る。

 一杯の温かいお椀が、神と人との垣根を越えて、傷ついた身体と心を優しく健やかに整えていた。

【今日の大地のエプロン手帖】

今日のことわざ・格言

『医食同源/病は口より入り、禍は口より出づ(日頃の食生活こそが最高の薬であり、健康な体を作る基本。何品も作れなくても、温かい一杯のご飯が心と体を守ってくれる)』

今日からできる生活の知恵

【一品で完璧!栄養満点「具だくさん豚汁・スープ」の黄金法則】

①根菜とお肉をごま油で炒める:油で炒めることで、野菜に含まれる脂溶性ビタミン(ビタミンA等)の吸収率が大幅にアップし、旨味も閉じ込めます。

②スープごと飲み干して完全栄養:水に溶け出しやすいビタミンB群・Cやカリウムを余さず摂取できます。これとおにぎりだけで五大栄養素が揃います。

③味噌は「火を止める直前」に入れる:沸騰させると香りと酵素が壊れてしまいます。鍋肌がフツフツと揺れる「煮えばな」で火を止めましょう。

読んでいただきありがとうございます。

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