有意義な時間
エドヴィンと言えば、彼は文法学校で古代語を習っていた元学生だ。
彼は健気にも兄であるウル様の為に、神子を知るべく古き文献を調べるため、その古代語をさらに深く掘り下げていた。
そしてこの、都市全体が歴史的建造物ともいえるサンクトリウムでは、様々な場所で過去の息吹が散見される。
特に神殿部とアゴラの主だった建物には、当時の暮らしや伝承が、まるで装飾のように所々刻まれているのだ。
あのバルデルス神の像にも裏側に文字が刻まれているとか。
そう、まさに僕の生存を確定した〝再生と崩壊”、あの記述もこの像から読み解いたものだ。
エドが言うには、神の像だけに、そこに記されているのは創世期に関することらしい。
といっても巨大な像。どうも上から順に年代が下りてきているようだが、とても上部には届かない。なのでその全容は計り知れない。
と、前置きはここまでにして…
「はぁいお待たせ、昼食だよ」
「貸してエミル」
「私がやります兄さん」
ウル様が昼食を運んできたのを見て、調薬の手を止め二人掛かりで配膳をかわる。
僕とエドが過保護なのは今更なことだ。
「ウルリッヒ様ここで食べるの?辺境伯様はほっといて良いの?」
「夕食はご一緒するって言ってある。一日中くっついてても神子はすること無いからね」
「ふふふ。それもそうだね」
僕は王妃である前に〝癒しの神子”であり、何人たりとも僕の行動を制御できない。
…真の神子であるウル様以外は。なんてね。
「ところでエド、古代文の解読はこの一年ですすんだ?」
「ええ。欠損が多いので難航していますが少しずつ着実に」
「バルデルス像は?」
「風化により消失しかけている部分も多く…なかなか容易にとはいきません」
「大変だねエド…、手伝ってあげられたらいいんだけど…」
実はウル様、まるで記号のようで難解な古代語が得意ではない。因みに僕もだ。
「有意義な時間ですのでかまいませんよ」
エドのこれは…、歴史的観念からいっても大変意義のある作業だが、コツコツと続けている趣味のようなものでもある。
彼は同じく古代語に精通している神官長(聖職者だしね)の知恵を借りながら、まるでストマッキオンを組み立てるかのように全文を完成させようとしていた。
鬼気迫る状況下で予防薬を作っていた以前と違って、今は休憩やお休みを取る余裕がある。彼の趣味もさぞ捗ることだろう。
「学術修道士をもう何人か呼び寄せようか?」
「そうであれば助かりますが…」
なーに。神子の一声があれば修道士なら入れ食いである。
「その代わり分ったことがあったら都度教えてね」
「ええもちろん」
〝癒しの神子”にとってバルデルス神は産みの親みたいなものだし…気になるところだ。
「ウルリッヒ様、ついでに調薬できる修道士もお願い」
「うんわかっ」
「いいえ結構です」
エド…?
「調薬は今まで通り私と兄さんで。二人で十分ですから。ウルリッヒ様もお手伝いくださいますし」
「あ、うん」シラー
要するに何人たりとも邪魔するな、ってことだな?ここは二人の聖域、そういうことだな?
そしてさり気に僕は労力に入っている…と。空気?僕は空気ですか?
言いたいことはあるがまあ…
思慮深いエドが唯一主張を強くするのがウル様なんだから、こればかりは汲んでやらねばなるまい。
僕はこれをオズヴァルトに話すと決め(もちろん冷やかすため)、午後一杯空気のように調薬を手伝い、陽が暮れるころようやく君主の館へと戻っていった。
「それで辺境伯様、オジー、お話ははずみましたか?」
「実に有意義な話し合いができましたとも」
「西の強化につながる話だ」
どうやら西辺境平原部あたりの未開拓地に、新たな場所を設け自衛騎士団を育成するようだ。
「ジュストは私に騎士の誓いをたてたいと言っていた。であればいずれその騎士団を率いるのかもしれないな」
つまりホーフェン男爵家に一任したい考えか。
護りの長を信頼おける人に任せたいのは山々だろうし、お兄ちゃんは弟の将来も考えているらしい。ああ…兄弟愛。
「さあ、ここへおかけ」
「お二人は真実愛し合っておられるのだな…」
僕の居ない間にオズヴァルトは、出会ってからのあれやこれやを可能な限り話した模様。
それってつまり、それくらい後継者に関する辺境伯の圧が強かったから牽制したってことでしょ?じゃあ援護ね。
「辺境伯様、ご懸念の問題はおいおい考えます。とりあえず僕が居る限りオズヴァルトの健康に問題はないので今はそっとしておいてください」
「神子様、そうは言いますが…」
「当分は争いごとも揉め事も御免です。わかるでしょ?」
ついでにくぎを刺しておく。
僕との夕食中に面倒な話も乱暴な話もやめてほしいと。ご飯が不味くなる。
「はは、神子様は血なまぐさい話が苦手でしたか。これでは北の辺境が誇る精鋭兵たちによる、実践さながらの手合わせをお見せすることは出来ませんね」
「えーと…」
むしろ得意だが?
僕はウル様の為に鍛冶師長から英雄譚を集めてたんだから。
そう思うと英才教育を施してしまったウル様はああ見えて肝が据わってる。
「そうだ、僕の世話係エミルは見たがるかも。ぜひ下の広場でご披露お願いします」
「では明日の晩は劇場で食事を摂ろう。レオポルド、ここの劇場は見上げるのでなく見下ろすのだよ。まあ見てみるがいい」
「見下ろす…とは一体?」
「丘の傾斜を利用して観覧席になってるから舞台は見下ろした中央にあるの。観やすくてなかなかいいよ」
「それは興味深い。では部下に申し付けておきましょう」
明日の余興が決まった瞬間だった。




