戴冠式
宮廷では多くの官吏が忙しく動きまわり、神殿部は今までになく活気に満ちている。
そして街にはいつの間にかやってきた多くの出店と修繕された家屋、いつの間にか増えた多くの人々で今まで見たことないくらい賑わっている。
幸いなのはここが〝癒しの神子”のいる神殿都市で、その〝神子”とは先代までの慈悲に満ちた天界人と違い、怒ると天罰を落とす怖ーい鬼っ子だと国中で周知されていることだ。
悪事に心当たりのある狼藉者は、このサンクトリウムには一歩だって足を踏み入れないんだから。
これもコツコツと実績を積んできた僕のおかげだね。
いやー、西の大地震に東の厄病。あ、ダメ押しでフォルスト侯の件も。
こうして現在最低限の守備で済んでるんだから僕も頑張った甲斐があったってもんだ。
こんな喧騒の中、着々と戴冠式と婚礼式の準備は整えられていく。
東の大貴族たちは王城の質素な式典に招いていている。
なので、この式典に参列するのは中央部から西の貴族だけだ。
領主たちはすでに続々と集まっているが、彼らのほとんどは既知である貴族の屋敷に滞在している。
が、僕の神殿替えに同行したワケ有り貴公子の父親たちは、このサンクトリウムに滞在している。
「神子ウルリッヒ様」
「あなたは…、えーと…、すいません。どちらのご当主でしょう?」
「バルテル伯爵家の当主にございます」
「あっ!ゲルハルトの!」
覚えておいでだろうか?ゲルハルトとは王に無茶なお願いをされたうえオットーに脅されていたという、実に憐れな仔羊である。
「あれの不始末については本人から全て聞き及んでおります…なんとお詫び申し上げれば…」
これ以上ないほど恐縮したバルテル伯爵。
どこか人のよさそうな…けど息子と同じで押しに弱そうな雰囲気がどこはかとなく漂っている。
「別に何とも思ってないです。気にしないでください」
報復の済んだ今、何ひとつ問題などない。
「ですが…」
「いずれも相手が王と王妃の私兵じゃゲルハルトに断れなかったことは分かってます」
「なんと寛大なお言葉…。そう言っていただけると助かります。実は城にも出向いていたのですが謁見叶わず…」
「すみません…少し忙しくて」
ほら、あんなことがあったものだからオズヴァルトと王城神殿の神官長が警戒しまくっててね…
ゲルハルトは自らバルテル伯爵領の後継を下りたそうだ。
自身の資質に難あり、そう本人が訴え、当主であるバルデル伯もそれを受け入れたらしい。
幸い彼には二人の弟がいる。伯爵からは「どうか神子様のもとで鍛え直してほしい」と許可をもらったので、せいぜい扱き使うつもりだ。
そうこうしているうちにその日はやってくる。
待ちに待ったオズヴァルトの戴冠式だ!
予定としては今日が厳粛なる儀式、戴冠式典と神殿部での立食晩餐。
そして明日が簡易な婚姻の儀と、サンクトリウム全域での盛大なお祭りね。
このお祭りには結婚の祝いと神子の誕生日、そして王の戴冠という、三つのお祝いが含まれている。
これは西辺境の立地を鑑みてのものだ。
だからこそこの三日間は大盤振る舞いの大変盛大なものだ。
さて、今日の僕とオズヴァルトはほぼ別行動となる。
何故ならオズヴァルトは冠を受ける側で、僕は神官長と共に冠を授ける側だからだ。
といっても僕は背後の立派な椅子に座って置物のように見守るだけだけど。
小難しい祝詞を読みあげ、やたらと手順の多い儀式をするのは、この日のために中央大教会からやって来た大司教様と…なんとサンクトリウムの神官長、その人である。
因みに神官長は「あの時王城の長を辞し西へ共に参った甲斐がありました。このような名誉にあずかれるとは…」と感激の涙を流していた。
いやー、人間何が起こるかわからないものだよね。
そんな僕には不満がある。
「オジーの晴れ姿が見たい…」
「すぐでございますよウルリッヒ様。少しお待ちくださいね」
僕は僕で儀式用の衣装に着替えていた。……別室で。
「えー!なんで別室なのぉ?」
「そういう決まりですから」
「ケチ…」
「ふふ」
「笑ってないでエミル、ほら、このお飾り付けて」
「はぁーい」
着替えを手伝うのはエミルとハンナ。つまりウル様とお母さんだ。
「ウルリッヒ様、腕上げて」
「あ、エミル。あんまり締めないで」
僕の神子服はいつもストンとした丈の長いスカートのようなチェニックなのだが、本日はそこへ様々な装飾がくっつけられる。とても動きづらい。
「やっぱり覗きに行っちゃおうかな」タッ
「あ、コラ!やめなさい!」
「!」ビクッ
コ、コラ?
今のはどう考えても息子を叱る母…
『ウル様どう思う?』チラ
『…』コクリ
疑惑が一段と濃厚になった瞬間だった…
オズヴァルトはサンクトリウム正門(あの重たい石の門ね)からまっすぐ中央の馬車道を上がってくることになっている。
そして巨大なバルデルス神の像が見守る聖神殿で儀式を行う。
そのあとあの風通しの良い支柱だけの神殿で、貴人たちに向け王となった宣誓をする。
そして次はファサードの前に立ちアゴラに集まった人々に感謝を述べる。
そして最後、今度は馬車に乗りサンクトリウムを右から左へ、都市民たちに手を振りながら周回してくる予定だ。
幸か不幸かサンクトリウムは居住区域が拡大している。オズヴァルトが戻ってこれるのは多分夕刻、立食晩餐の直前だろう。
要するにそれまでは話す暇もないってことだ。
「ウルリッヒ様!もうすぐ馬車が着くって!」
ついにその時がきた。
バルデルス神の前に立つオズヴァルトはとても立派だ。
オスヴァルトの盛装は歴代の王が使用したもので、王城の衣装部屋から幾つかあるローブの中で僕が選んだものだ。
白と茶の生地に金糸で細かな刺繍の施された、華美ではないが崇高さを感じさせるローブ。
前王が戴冠式で使用したローブは紫がかった赤に金とファーをあしらった見るからに豪奢なものだった。
浮わついたところのないオズヴァルトには、この大地のような茶のローブ良くが似合ってる。
大司教が祝詞を読み上げると、彼は粛々とそれに聴き入っていた。
そして…
手順にのっとった面倒な儀式。
延々と続くかと思われたその果てに、ようやく宝冠がオズヴァルトの頭に乗せられたのだ。
と、その時。
ブン…
な、何今の…
空気が揺れた気がした。
その気配はバルデルス神から…
あ…
誰も気づいていないけれど僕にだけ見えたそれ…
淡い靄のような光がオズヴァルトを包み込んでいる。
僕にはそれが神様からの祝福と激励なのだという、不思議な確信があった。




