遺伝子の基
ドサ!
う、イテテ…
おもいっきり突き落とされた身体。布越しに触れたのは多分何かの木箱。ならここは地下倉庫か…
幸い手足は自由だ。けど窮屈な麻袋の中ではどのみち身動きなど取れそうにない。
ここはどこだろう?馬に乗せられたことは分かっている。
がさがさと聞こえたあの音は多分草木をかき分ける音。
そしてあの錆びついた鈍い音、恐らくあれは今は使われていない古い使用人通用門。いつだったか墓守が逃げ出した、墓所から一番近い門だ。
現在、使用人通用口は倉庫エリアの裏に新しく出来ており、この古い門はほとんど使われていない。
そのため、あの門を抜けた先は草木が延び放題で、鬱蒼とした森になっていると聞いている。
つまり用意をしてたってわけか。僕かオスビーを狙うつもりで。多分僕たちの帰還が決まった時から。
どうしてもオスビーと話したくて、僕は王妹宮に向かっていた。
使ったのはいつもの近道、墓所の中だ。
一体いつから見張られていたんだろう…
そしてどこからつけられていたんだろう…
気がつけば頭上から麻袋をかぶせられていた。
再生の力を持つ神子を剣で斬っても無意味。拉致してここに連れてきたのは正解といえる。
どこかで狙って来るとは思っていた。
けど…まさかこんなに早く王城内で動くとは想定外だ。
以前より自由度の上がった僕は、滞在中にナンナー家や教会と言った、城下へのお出かけを告知している。
王族、そして高位聖職者への狼藉は大小関係なく大罪中の大罪。
だからこそ、狙うなら市井の凶漢を装えるそこだと思って、敢えて隙だらけにするつもりだったのに。
読み違えたな…
けど王城の騎士が「フォルスト侯は軍事の腕だけは本物だ」って言ってたから、こんな衝動的に狙ってくるとは思ってもみなかったのだ。ああぬかった…
「いくら再生の力を持つ神子でも閉じ込めれば同じこと」
はっ!
こ、この声はまさか…
「死なない身体を恨みながら暗闇で生き続けるがいい!生意気な神子風情が!」
その時頭上から聞こえてきたのは聞き覚えのある、忘れたくても忘れられない妖艶な声。
エマニエル!!!
え?え?誘拐犯はエマニエルなの?フォルスト候じゃなく?
頭上に降り注ぐエマニエルの呪詛は止まらない。
「お前のせいで僕は愛するアルトゥールを失った。なのに…それなのにお前はオスヴァルト殿下と婚約?笑わせないで!」
はぁ?笑わせるも何も、こちとら大真面目だよ!
「ウルリッヒ…何があろうとお前だけは幸せにするものか!」
「うるさい!逆恨みするな!癒しの神子を王城から追い出したのはそっちじゃないか!」
かぁー!袋のせいで睨みつけてやれないのがなんとももどかしい!
「お前がもっと従順なら西へ追い出す必要などなかったのに!全てはウルリッヒ…お前のせいだ!お、お前の力があればアルトゥールは…アルトゥールは…」
「当てが外れたからって言いがかりも甚だしい!」
って、事実計画通りだけど!
「お前たちがどういう魂胆で僕を西に送ったか…僕が知らないと思ったら大きな間違いだ!」
「なんですって!」
「僕の居る西神殿が浄化されて僕の去った東の王城に病が蔓延する…」
「な、何が言いたい!」
「分らない?神様は天罰を下したんだ!」
一瞬だけど、エマニエルが息を飲んだのがわかった。
「な、なにが天罰だ。ばかばかしい…」
「同じことを言うんだねオットーたちと…」
せっかく助かったのにね…。改心は難しいか…
「ならエマニエル、知恵を貸したお前も天罰を待つがいい!神の使いを殺そうとした身の程知らずの狼藉者、王妃やアルトゥールのように!」
「うるさいうるさいうるさい!」
とその時、僕とエマニエルの言い合いに割って入る声が響いた!
「黙れ腐れ神子!!!」
この声はフォルスト候!ほらやっぱり居るじゃないか!
…ってことは…手を組んだのか⁉
エ、エマニエル…なんて機を見るに敏いんだろうか…
「エマニエル、つまらぬ戯れはよせ。こやつはこの地下からもはや出られんのだ。何を言おうが放っておけ」
なるほど。監禁決定…か。
「それもそうですね…。ふ、ふふふ…興味深いこと。飲まず食わずの状態で自己再生はどう働くのでしょうね、侯爵」
「ふん。死のうが生きていようがもはや構わんのだよ」
少しも乱れない巧者の語り口調。
さすがあの王妃を形作った片割れ。面目躍如といったところか。
「私はな、戦場でたくさんの敵兵を拷問してきたのだよ。だが主君に誓いを立てた兵とはな、どれほど痛めつけられようが屈しないものだ」
あー、王妃の私兵もそんな感じ。無駄に忠誠心が高い。
「そんな屈強な兵であっても何も見えず何も聞こえぬ空間にひと月も放り込んでおけば心を壊す。神子であっても同じことよ。頃合いを見て出してやれば従順にもなっていよう」
…戦場の拷問とはいえ…よくそんなこと思いつくな。悪魔かこの男。
「さすがですねフォルスト候。勉強になります」
ほー?悪のご教授ってか?ろくなもんじゃない。
フォルスト候はエマニエルを諫めている。
「あの時私が王城に居さえすれば」
「娘もこ奴を甘くみたものだ」
つまりそれは、自分ならもっと上手くやったっていう自慢だ。悪行自慢。
「天罰二人目か…。覚えておく」
「黙れと言ったであろう!」
ガッ!
イタタ、蹴りとばしたのはどっちだ!
「あの庶子、オズヴァルトは必死になってお前を探すであろうな。なにしろ王妹より確かな後ろ盾だ」
「オズヴァルトはそんな理由で僕と居るんじゃない!」
「純愛とでも言うつもりか?どちらでも構わんよ。必死になるあの庶子には隙がうまれる。狙いはそこだ」
悪人の思考なんか知るもんか!
「あの思い上がった男を始末し、お前と王弟を傀儡にする。それで宮廷は実質私のものだ!」
言ってろ!
闇も静寂も怖くなんかない。
何度も言うが、僕は真夜中の墓所だって平気な男だ!
ウル様が過ごしてきた日々はお前が考えるほど甘くない。
何が心を壊す、だ。
あの紋様が浮き出た時からウル様の心はとうに壊れ始めていた!
その中で見つけたたった一つの救い…
それすらあんな残酷な形で踏みにじられたウル様の絶望がお前にわかるか!
きっと僕にだってわからない…
だから想像してきた。
ずっとずっと想像してきた。
漆黒の闇のように、光も音も、何もない、ウル様を占める空虚の心を。僕だけは理解者で居たくて…
その僕がこんなちんけな暗闇なんか怖がるとでも?
馬鹿め…
扉を閉じる音。鍵をかける音。遠ざかる足音。
最後まで僕を嘲笑していたキツネと獰猛な熊。
「行ったか…」
手足を縛られなかったのは不幸中の幸いだった。奴らはあの場を立ち去ることこそ最優先と考え、ものの数秒で僕を袋に押し込めていた。
何を隠そう神殿の夜着にはポケットが付いている。
そしてまだ明け方の、陽の入らない森を抜けるため僕は万が一に備えていくつかの用意をしていた。
ひとつは火打石と蝋燭。これは森が暗くても道を灯せるように。
もう一つは針金。これはオジーの部屋へ窓から侵入するために。(技術を要する)
ここが倉庫なら倉庫内に人は常駐しないはず。なら…
勝機は必ず我にあり。




