怒らせる人 二人目
僕とフォルスト侯爵によって脱線してしまった宮廷会議。
王位についての話し合いはまた翌日以降に持ち越されることになった。まあいい。どうせ一日二日で結論の出る話じゃない。
そして本日は歓迎の大晩餐会がおこなわれる。いちいちやることが派手なのは前王朝からの習わしだ。
「少しは喪に服すとかすればいいのに…」
「こんな時だからこそ貴族たちの結束を固めるために開くのだそうだ。一応幾らか質素に行うという話だが?」
「どうだか…」
僕たちは王族専用の豪華な部屋で時間が来るのを待っていた。
オズヴァルトはこの部屋を含め本宮殿に入るのは初めてのこと。出立式の時でさえ全ては宮殿の外庭で行われた。あの王妃の〝オズヴァルトを王子として認めない”という執念は蛇をも超える。
そこへ行くと僕は王宮ぐらい慣れっこ…と言いたいところだが、アルトゥール目当てでここに出入りしていたのはウル様であって僕じゃない。
エミルだった僕はさすがに王族専用の場所についてくることは出来なかった。
だからこそ僕は本宮下働きの部屋でゴシップ集めに精出してたわけだけど…何か問題が?
しかしまあ…なんて目に眩しい部屋だろう。
「分ってはいたけど…神殿中を宝石で飾っても追いつかないよ、コレ」
「ブリッタ様は華美な装飾がお好きではない。王妹宮の落ち着いた佇まいとは雲泥の差だ」
二人そろって室内の無駄な豪華さに呆れるばかり…だってその原資の出どころって…いうなれば王国民でしょ?まったく…
正直言うと僕に晩餐会へ出席する義務はない。神殿で修道士たちとご馳走食べる方がどれだけ気楽か。
だけど以前とは別の意味で命が危ない今のオズヴァルト。彼が王妹宮に戻るまでは離れられない。僕は鉄壁の護衛だから。
繋いだ手と手。これは命を繋ぐ輸送管だ。もし毒物を口にしても瞬時に治癒ってね!
「晩餐の間、絶対この手を離さないで」
「…ああ」
声の調子がここへ来る時と変わっている。
いつもなら僕の生命力を惜しむオズヴァルトだけど、フォルスト候の姿を見た今さすがにそうは言っていられないのだろう。
もしかしたら例の裏技を発見したことに少し安心しているのかもしれない。ポッ…
「しかし…よりにもよってフォルスト侯が存命だったとは…」
オズヴァルトにとってもこれは予想外。なにしろ「《《宮廷に在る》》重責を担う大臣は全滅」そうブリッタ様の手紙には書いてあったから。
軍事を預かるフォルスト侯爵はいろんな意味で強硬派だ。
今オズヴァルトから感じる緊張感は王妃の存命時と同じ深刻なもの。再びあの恐怖を感じさせるとは…血は争えない。
コンコン
ノックに対応した部屋付き従者から伝言を受け、神官長がさらに僕へ伝言を寄こす。入り口から大声で言えばいいのに…
「ウルリッヒ様、ご生家のリンデン伯が御目文字を願っておりますがいかがなされますか」
「えぇっ!」
王城神殿に居た時でさえ、あの〝癒し”を受けるとき以外、面会を申し出たことは一度もなかったリンデンの旦那様が面会…だと?
ピーン
はっは~ん…エドの件だな?
正直…僕が話すと冷淡になりそうで一抹の不安はあるが、ここにリンデンの旦那様が来たのも何かの啓示なのかもしれない。
「いいよ。お通しして」
なんて日だよ!あ、宮廷晩餐会の日か…
まあリンデン家を訪ねる手間が省けたと思えばこれはこれで。
少しも温もりを感じない室内の空気。
「ウルリッヒ。妻に癒しを与えてもらったあの日以来か」
「そうですね」
情の欠片すら感じさせない旦那様のご様子。
良かった…ここにウル様が居なくて。こんなの見たら癒えかけた心がまた傷ついちゃう…
まともに視線も合わせないで見送ったあの時のウル様の気持ち、少しは考えろ!って怒鳴りたい気分だけど…僕はウル様…僕はウル様…
スーハー「それで何の用でしょう。癒しのご用命なら神官長を通してください」
「分かっているだろう…エドヴィンのことだ」
「さっぱりわかりません。エドヴィンがどうかしましたか?」
「返してもらいたい。あれはリンデン家の嫡子だ」
「…エドヴィンは嫡子の届けは破棄してきたって言ってました」
「それでもあれはリンデン家の息子だ。返してほしい」
カッチーン!この人は何を言っているのか分かってるんだろうか?ウル様を真似て静かに対応していたが…もう怒った!
「ちょ」
「リンデン伯、それではウルリッヒはあなたの息子ではない、そう聞こえるが」
身を乗り出した僕を制止したのはこちらも静かな怒りを含ませたオズヴァルトだ。
その言葉はまさしく今僕が言おうとしたこと、そのもの。
「殿下…、そう聞こえましたか。そのようなつもりはなかったが…そうとっていただいても構いませぬ」
「伯…、それは本気か?」
「ウルリッヒはリンデンを名乗ってこそいるがナンナーの一族というのが正しいのですよ。生まれ落ちた時からリンデンの当主である私に養育の権限はございませんでした。ましてや神子となった今、この子はリンデンに生まれただけの…神からの預かりものなのです。違いますか?」
「では親子の情は無いと申すか」
「親子の情など持たぬように育てられるのですよ殿下。これはナンナーの習わしなのです」
ナンナーの一族が幼少期において親子の情を排除し育てられるのは、いざ神子に選ばれた際、親と子、どちらの悲しみも軽減させるためだ。
その代の神子が選定されるとようやく親子の触れ合いは解放される。けど…
一番愛情を必要とするのは幼少期だ。
その時期に温もりを知らず育った子供はどこか歪な大人になる。
だから慈悲深きリンデンの亡き夫人でさえ人一倍感情に乏しく…「薄気味悪い」そう敬遠され夫の愛を得られなかった。
そこへいくとウル様があれほど人間臭く育ったのは自慢じゃないが僕のおかげだと自負している。
だけどウル様が神子に選ばれてしまった時…本音を言うと僕は少しだけ後悔した。豊かな感情なんか教えない方が良かったのかも…って。今はあれで良かったって感じてるけど。
ウル様があれほどアルトゥールの愛を欲したのは…多分そこに父の愛を重ねたからだ。
善良性の欠片もないアルトゥールなんかに…
今思えばアルトゥールとリンデンの旦那様は背格好が似ている。
自分より大きな男性に優しく励まされ背中を支えられた、ただそれだけのことでウル様は父親の代わりをアルトゥールに求めたんだ、きっと。
その全てを「ナンナーの習わし」そう言って切り捨てるのなら僕が言うべきは…
「ではナンナーの習わしに従って僕は世俗の事に口をはさみません。ご自分で勝手にどうぞ」
こうでしょ。




