祝宴の片隅で
まだまだ祝宴は終わらない。
王たるオズヴァルトに貴族たちは任せ、僕はアゴラに下りエミルのパン屋を手伝うことにした。
ウル様のパンは朝から母さんがたくさん焼き上げたもの。
こぶし大くらいの丸いパン。バターと粉だけで焼き上げるそれはとても柔らかくってジャムをつけて食べるととても美味しい、母さんの得意なパンだ。
「ジャムは僕のお手製だよ」
「エミルのお手製…」ジーン…
あのなんでも僕任せだったウル様が…ひな鳥を見守る母鳥の気分…
ギーレン領での生活が垣間見れてちょっとほっこり…
「ところでエミ」
「いらっしゃいませー!ブレッチェン一つですね!」
「おい!あそこで神子様がパンを売ってるぞ!」
「加護付きのパンだ!」
「急げ!売れきれちまう!」
げっ!
気がつけば屋台は大繁盛。従者たるエドはオスビーの側に付きっきりだし…ひぇぇ!息つく暇もない!
「あの、さっきの」
「ウルリッヒ様、ジャムの追加お願い!」
「あ、分かった!」
パンを手渡すたびにかけられる「おめでとうございます!」の言葉。
こうして僕はその日一日、大勢の都市民に囲まれ二重の意味で祝福されまくった。
所変わってここはエミルの部屋。
一応いまだ未成年の僕やエドは夜の晩餐に参加しない。
なので湯浴みも終えひと心地ついたところで、例の件を今度こそ問いただしにやって来たのだ。
「もうエミルってば!とんだ贈り物だよ!腰が抜けるかと思った」
「びっくりした?」
「びっくりしたよ!」
「あれは三人からの贈り物だよ。オズヴァルト様と僕とエドから」
「そ、そうなの…?」
「こうでもしないとウルリッヒ様は素直じゃないから」
「どういう意味?」
「気にするかと思って。中身のこと」
…さすが僕の分身ともいえるウル様。よくお分かりで。
オズヴァルトと気持ちを確かめ合ったあとも僕は躊躇っていた。
だって僕は本物じゃない。ウル様の代わりにウル様を自由にする、そのために入れ替わったただの世話係。それが僕、エミルだ。
なのにこんな大それた事態、どうしよう…って。
「ウル様ってば…」
「でも嬉しかったでしょ?」
「…」ポ
「いいなー、ウルリッヒ様ってば。僕も婚約したぁ~い」
「あらやだエミル、あなたまだ懲りてないの?」
背後から投下されたのは、いまはメイド長ハンナとして『君主の館』で一緒に暮らす母さんからの爆弾発言。
母さんは現在エミルの部屋に繕いが終わった衣類を持ってきたところだったのだ…が?
《《まだ懲りてない》》
バッ!
同時に振り返った僕とウル様。
が!すでに母さんは扉の向こう。
「今のは一体…」
「まさか…」
ふ、深く考えるのは止めとこう…
さて、このころになると東の現状はついに西の平民層でも噂されはじめた。
西の人々はあの広い王城で《《本宮殿だけが》》病にまみれた事実に何かを感じ取っていた。
そして領主が持ち帰った王子オズヴァルトと神子の婚約というめでたい一報を聞き、「神子の帰還により禁忌の地は浄化された。神殿都市のある半島部こそが本物の首都だ!」と騒ぎはじめた。
少し現金と思わないでもない。
するとどうだろう。
元々困窮していた山岳地帯に住む人、地震で船や住まいを奪われた南西領の難民、神の力に心酔した西の自由民、などがポツリポツリと移住してきたのだ。
「オズヴァルト様、また一家族やって参りました」
「アルノー、今度はどこからだ」
「北部から。あの山を徒歩で超えて来たようです」
「子供は」
「少年と少女の二名」
「ではまず食事を。そののち内陸の北側に家屋を与えよ」
こうして都市民が増えていく。
因みにここの農奴と自由民の違いね。
賃借でも月賦でもかまわない。対価を納めて手に入れた土地を自由に活用するのが自由民。
与えられた土地を命に沿って耕し領主の為に働くのが農奴。
オズヴァルトの目指す国は人を虐げない。
農奴って聞くと響きがアレだけど贅沢を望まなければそれほど悪い暮らしじゃない。
だからこれは自発的にもっと豊かさを得たいか、普通の暮らしを営めればそれでいいか、その程度の違いだ。
だけどその違いは身分の差となり、与えられる仕事や立ち入れる区域、いろんな場面で区別される。
これは差別じゃなく秩序だよ。オズヴァルトの受け売りだけどね。
そして大きな出来事として…
なんと!カーステンとフェリクスの家族がこの神殿都市へとやって来た。
当主を失い親族の屋敷に身を寄せていた彼女らは、かなり肩身の狭い思いを強いられていた。
フェリクスは薬を持ってその二家族を訪ねた際に、雨期が明け次第西に来るよう手持ちのお金を渡していたらしい。
そうそう。このお金とは危険な東への使いを請け負った報酬としてオズヴァルトが手渡していたものだ。出どころ?もちろん僕の宝石だよ。
誤解の無いよう言っとくと、オズヴァルトは神殿替えの付き添いに関して王宮から十分な予算を認められている。
けれどそれは東の王城に請求される後払いのものだ。
宮廷の主導権が王弟に移った今、以前より自由に物が買えるようになったとは言え、現金を持ってないんだよね…王族ってこれだから。
「いくつか大きめの家屋完成してたっけ」
「ああ。当初よりそのつもりだ。家屋は装飾品こそないが立派なものに仕上げてある」
オズヴァルトは、もはや当主の居ないカーステンとフェリクスには西での新たな叙爵を約束している。
それも含めて東の王城で一度正式に話をする必要があるんだけど…まあおいおいね。
そして東の社交界。
こちらでもナンナーの当主、そして王弟王妹が神子からの救済をそれぞれ匂わせたことも有り、人々は口々に王家に起きた悲劇を、神子を蔑ろにした〝神の裁き”と認識し始めているようだ。
東と西を隔てる長い距離。これには利点もあれば問題もある。
その最たるものが情報の時差だ。
西の領主は誰もが独自の情報源を持っている。一番多いのが子飼の行商ね。
国中を商売して歩き回る彼らは帰領すると様々な情報を領主に渡し報酬を得る。
領主が抱える行商は一人じゃないが、それでも常にそこには時差が存在する。
つまり今僕とオズヴァルトが手にしている、王妹からの手紙もどこまで正しい現状かはわからないってことだ。
「だがウーリ、早馬で送ってくださったこれは最も新しいものに違いない」
「信じるしかないよね」
「やはりあちらに残る貴族たちは首都を西とすることに反対のようだな」
「だろうね」
「王位をリュティガー様に、そう声を上げているそうだ」
「そうなるよね」
「一度こちらにと書かれている。もはや危険は無いとも」
フー…「…そうだね」
避けては通れないか…




