二人で語り合う夜
ソルトロードが使えない今、西の辺境領一帯では北ルートでしか物を仕入れられない状況である。
つまり物資が足りないのはここだけじゃない。
そこで僕たちは木を伐採して家具を作ったり空き土地を開墾したり(硝石あるしね)、出来る限り自給自足を心掛けようと話し合っていた。
あまり近隣領主に迷惑ばかりかけられない。
当面の麦などは二か月の道中少しづつ買い溜めてきた。
そして半島部入りの直前、あのグレーデン伯爵邸での面会で、近隣当主たちからはそれぞれ物資を支援していただいている。追加支援のお願いは避けたいところだ。
西辺境中央部の管理者はグレーデン伯爵の弟さんであるグラーツ子爵だ。彼には農具や工具を大量にお願いしたが、もちろん「廃棄用の古いもので構いません」と一言添えるのを忘れていない。
西辺境の季節は主に三季に分かれている。東で言う春から初夏が暑季。夏から秋の初めが雨期。そして秋の終わりから冬にあたるのが乾期だ。
あの病は暑期に発生して雨期に拡大する。今は病の収束する乾期ということもあって周囲の警戒も緩い。
今じゃなければ商取引も流石に出来なかった、とグラーツ子爵からは言われていた。
その言葉は非常に重い…
だってその言葉は、この乾期の間に生活基盤を整えないとマズイってことと、一人の病人も出さないで暑期雨期を乗り越えなければいくら予防薬があってもこの土地に人は戻らない、ってことを意味している。
「何故でしょうウルリッヒ様。私たちが健やかに暮らしを営めば安心を感じてはいただけませんか?」
「エド、ここには僕がいる。再生の力を持つ僕がね。奥の手を疑われたら意味がないんだよ」
「だからこそ予防薬の効果を信じてもらわなきゃ」
「そのためには病による東の瓦解は逆に良い対比となるな」
「さすが分かってるねオジー」
こうして僕たちは生まれ変わりを知る四人による、裏の話し合いをコソコソと重ねていた。
因みに表の話し合いとはオズヴァルトを中心とした、騎士、貴公子たちによる決起集会のことだ。
オズヴァルトはすでに貴公子たちの旗頭となっている。
貴公子たちは地震、橋の崩壊を神からの合図と感じたようだ。
僕を爆破現場から連れ戻ったあの翌朝、オズヴァルトは彼らに囲まれ詰め寄られていた。
「今こそ立つべきです!この国を正せるのはあなたしか居ない!」
「正当な決起には王家の血が必要だ!オズヴァルト殿下、ご決断を!」
早朝からモテモテなオズヴァルトに僕がこっそり笑ってたのはナイショね。
北側敵国の襲撃を何度も押し退け、何千年も大きな問題を抱えることなく繁栄をつづけたこのアードラスヘルム国。
そこに陰が差し始めたのはこの数代のことだ。
そして今その陰はもっとも闇深くなろうとしている。
腐敗した国の腐敗した王朝には腐敗した大臣が居座り、そしてまた腐敗した諸侯は悪い見本のまま領地へ戻り腐敗した統治をおこなう。
…つけを払うのはいつでも庶民だ。
ソルトロードでの旅は僕たちにいろんな現実を見せてくれた。
いつも王城で姿を見かけた羽振りのよさそうな貴族たち。彼らの治める領では農民はボロを纏い農具は酷く旧式だった。
ギーレン領のように農民ですら笑顔なのはとても珍しい。代わりにあの領の運営は常に大赤字だ。
これだけ繁栄した国で末端に豊かさが行き渡らないのは上から順に取っちゃうからだ。
城の御馳走と一緒。どんな豪勢な食事だって下層使用人のところに下りて来る頃にはカスしか残らない。
「仕組みを変える必要がある。だが先ずは国の膿を除かなければ」
オズヴァルトの言葉に俄然漲る貴公子たち。
とは言え、僕は王家が瓦解する未来をすでに知っている。
そこで彼らの熱意は血なまぐさい方向よりも、もっと発展的な方向で話し合うようオズヴァルトにはお願いしている。
神殿入りして数日目の夜…
「やっぱり入植者は当分増えないんだよね…」ガクリ…
農作業の開始…住居の修繕拡張…家具や備品の製作…人手が足りなさ過ぎて心がめげそう。
「だが人が少なければ管理は容易い。多くの物資を用意できない今の私たちにはむしろ好都合だと思わないか」
そういう見方も出来るのか…さすがだな。
「私も率先して働くつもりだ。ウーリ、君たちは調薬に専念してくれ。グズグズしていてはすぐに暑期がくる」
「わかってる」
そうだ!やるしかないんだ!
丘の斜面では初の都市民とも言える彼らがせっせと家屋の修繕、草刈りに励み、ほんの数週間で石畳はほとんど姿をあらわしていた。
「フッ」
「何笑ってるの?」
「いや、馬車道が使えるようになったというのに馬車に乗って行く先がない、そう思ってね」
「あー、でも海岸に下りる道ができたから食事に魚が並ぶようになったじゃない」
「大量に刈った草のおかげで馬の餌には事欠かないと騎士たちが笑っていたな」
「良かったじゃん」
「明日は私も海へ行くつもりだ」
「…何しに?」
「ニシンを釣りに」
「釣れるの?」
「見ているがいい。うまい魚を食べさせてやろう」
結果?さあ…?
だって全員分の収穫が桶にまとめてあっちゃね。
けど口数少ないところをみるに結果はお察しで。
また少し元気になった農奴たちはせっせと農地作りに励んでいる。そこには麦の種を撒く予定だ。
現在ここの食事は『神子の館』改め『貴公子の館』の厨房でまとめて作り、僕たちの配膳分以外は下の広場で配給している。
彼らは全員が同じように器を持って並び、それぞれに具のあるスープと干し肉、パンを受け取り、家に戻って食べたり、広場に配置した切り株椅子に腰掛けお喋りを楽しみながら食べたりしているのだが、体力を酷使しているわりになんだか楽しそうだ。
「当然だウーリ。自分の住む街を自分の手で切り拓く、夢のある話しじゃないか」
「オジーも毎日楽しそうだもんね。ちょっと焼けたんじゃない?」
「私は気にしない」
僕も気にしない。真っ白な籠の鳥より陽に焼けた今のオズヴァルトの方が断然きりっとしてカッコ良い。カッコ…
「…」ブルブル
「どうした?」
「ううん別に」
今のはなしで。
「知っているかウーリ」
「何を?」
「この神殿に入ったあの日は私の誕生日だった」
「ウソ!何で言ってくれなかったの!」
知ってたらお祝いしたのに…水臭い…
「成人の儀を行う十六でもあるまい。私も忘れていたくらいだ。ただ…」
「ただ?」
「ふと思ったのだよ。まるでこの都市は君から私へ贈られた祝いのようだな…と」
「ぷっ!」
「何故笑うウーリ!」
「だって僕も同じこと考えた」
「同じこと?」
「王城を出る日。あの日は僕が十四になった日で…まるでこの旅立ちは僕への贈り物だなって」
「十四になった?…何故言わなかった!」
「ほら、同じこと言ってる」
よく似た僕たちは考えることも同じ。それがなんだか嬉しい…
「ウーリ、十五の誕生日は盛大にやろう」
「じゃあ二十一の誕生日も」
っていうか、オズヴァルトの誕生日が神殿入りした日なら、それって建国記念日じゃないか!
「来年の誕生日は都市民全員で祝おう!」
王様の誕生日として、それはもう盛大に!




