長いプロローグ④
アルファポリス様で完結済み作品を、少しずつ手直ししながら再投稿しています。
『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』アルファポリスより書籍化。
さて、こうして婚約者を得たウルリッヒ様だが、大好きな第一王子と婚約したことで彼は夢のような毎日を送るかと思いきや…ますます辛い日々を強いられることになる。
何故なら…苛烈なる王妃の怒りがさく裂したのだ。
と言っても相手は〝再生の力”をもつ唯一無二。世間の姑みたいな嫁イビリをするはずがない。
王妃は〝癒しの神子”を逆手に取ったのだ。
その入れ知恵をしたのこそ婚約者の第一王子と背後にいるエマニエル。
「母上。今代神子はあまりに暴虐無人。清らかで従順な神子へと替えることはできないのでしょうか」
「無理よ。神子は必ず時代に一人、二人は存在しない。ウルリッヒが居る限り替えはないの」
「…ウルリッヒが居る限り…ですか」
「何を考えているの…無駄よ。神子は紋様が浮かんだ瞬間から自己再生によってその身を守られるの、傷一つ付けられないわ」
「母上、ではこんなのはいかがでしょうか。少々お耳を」
というやりとりがなされたかどうかはさておき、彼らはウルリッヒ様が王子に首ったけなのをいいことに、神官長の目を盗んでは「これは断れない筋からの依頼だから内密に」と〝再生の力”を次から次へと無駄に使わせ始めた。
〝再生の力”は有限。その源は神子の生命力。
だからこそ神官長は力の行使を管理している。
つまり彼らのその〝内密なお願い”はウルリッヒ様の寿命を縮めるも同然の行為。これはある種の暗殺未遂だ。
つまり王子とその恋人、そして話を持ち掛けられた王妃は、「さっさと生命力を枯渇させ、婚姻可能な十六歳となる前に次の神子に挿げ替えれば良い」そう結論付けたのだ。
彼らにとって〝癒しの神子”など道具も同じ。不具合があれば取り換えればいい。
なんと残酷で冷徹なのだろう…
王家と宮廷の腐敗、僕はその時それを肌で感じていた。
いくらウルリッヒ様が子供だからと言って、多すぎる王子の頼み事、それがどんな意味を持つかぐらいはさすがに気付く。
ウルリッヒ様は、ある時から何かを考え込むようになり、多くの時間を神殿の庭で過ごすようになった。
裏庭に放した小動物や野鳥にエサをやるウルリッヒ様。その顔は自虐的に歪んでいる…
「この子たちはいいよね…気ままで自由で…いざとなれば何処にだって行けるんだから…」
「ウル様…」
「僕は神殿の中にいるマルチーズと同じ…。芸をしてエサをもらって…どれ程贅沢な暮らしをしてもここを出ることは許されない…」
僕に何が言えるだろう。
神子であるウル様にとって、それはどうにもならない定めなのだから。
鬱々とする日々に変化が訪れたのはそんな時だ。
ウルリッヒ様が十五歳になり半年も過ぎた頃、王都を襲ったのは罹れば必ず死ぬと言われる恐ろしい伝染病…
王城周辺では決して少なくはない数の人々が次々と罹患し、人々は恐怖に戦いていた。
連日神殿へと運ばれる貴族たち。
「もうお断りになった方が」
「ううん。これが僕の役目だから」
だけど僕は分っていた。これは王妃と王子がこれ幸いと意図して寄越しているのだと。
ウルリッヒ様十六歳の誕生日まであと半年。敵も必死だ。だって混乱に乗じて王子が寄越してくる顔ぶれのほとんどが、見たことも聞いたこともない末端貴族…
こんな時にまで…
国を揺るがす未曾有の危機に、なんて傲慢でなんて浅はか!彼らは民の命など気にもとめていないのだ!
僕は憤慨していた。
そうして誕生日を間近に控えたある日、ウルリッヒ様は王と王妃、第一王子を神殿へとお呼びになられた。「これが最後の対面になるでしょう。どうか別れの挨拶を」そう仰って。
歴代の神子は在位が十数年、と言うのが平均した期間だ。つまり紋様が浮かんでから枯渇まで、神官の管理下に置いてそれくらいということ。内乱で力を乱発したマルレーン様でも八年は生きた。ウルリッヒ様は文様が浮かんでからわずか五年、それが何を意味するか分かるだろうか…
厳重に消毒された清浄な神殿内の貴賓室。伝染病を警戒され僕は前室待機だ。
室内にいるのはウルリッヒ様とお三方のみ。テーブルにはすっかり瘦せこけたウルリッヒ様が手ずから淹れられたお茶が用意されている。
「僕が開催する最初で最後のお茶会です。どうぞ皆様」カチャリ
「ご馳走になろう」
カップを手にしながらそれぞれが口にするどこか空々しい労りの言葉。
「ウルリッヒ。婚約者としてこの結果を残念に思う」
「殿下…」
「神子ウルリッヒ。今日まで良く務めてくれました。礼を言いますよ」
「妃殿下…」
「神子よ。急な流行り病ゆえ短くはあったがご苦労であった」
「王陛下…」
そして三人の退去後、そこには空になったカップを見つめ泣き笑いをするウルリッヒ様の姿があった…
それから二週間後。今ではベッドから起きることも出来ないウルリッヒ様を呼び出したのはそのお三方だ。
「ウルリッヒ様!王、王妃殿下、第一王子殿下が揃って罹患なさいました!どうか〝癒し”を施しますようお願い申し上げます」
「およし下さい!ウルリッヒ様はもう立つのもやっとなんですよ!」
「これは王命です!」
ウルリッヒ様の状態をわかっていながらなんて冷酷な!
「せめて皆さまがこちらへいらしてください!」
「下がってエミル。…今行きます。身体を清めますのでしばしお待ちを…」
人払いが済むと力無く、けれど楽しそうに笑いだすウルリッヒ様。
「無理しないでください。こんな身体のウル様に出向かせるだなんて…悪魔ですかあの人たちは!」
「怒らないでエミル。これこそが僕の望んだ最後の我儘なんだから…」
「ウル様?」
「エミルはずっと役に立ってくれたね。全ては君のおかげだよ」
「どういう意味ですか?」
「エミル、君は病に罹っているね」
ドキ!
ウルリッヒ様は気付いていらっしゃったのだ。連日運び込まれる患者によって、僕が病に伝染していることを。
けど言えなかった。言えば引き離されてしまうし…それに、ウルリッヒ様は自己再生により僕の病はうつらない。
「熱が高いでしょう?立っているのもやっとのはずだよ?ごめんね無理させて」
「いいえ…、うぅぅ…いいえ!」
「けどそのおかげで願いが叶った。勝負に勝つのはどちらが先かって思ってたけど…」
「え?」
王と王妃、そして王子の罹患、それは僕からだと言うのだ。
「僕は同席していなかったのに⁉ 」
「面会の日の早朝、君がまだ寝ているときに口から唾液をとって小瓶に隠してた。そしてカップに混ぜた。ふ、ふふ…あの三人が飲んだのは特別製のお茶だよ」
「こ…これが仕返しですか?」
「ううん。仕返しはこれだ」
言うが早いか、ぎゅぅぅっと僕を抱きしめるウルリッヒ様。身体に何か温かいものが流れてくる。こ、これは…まさか!
「ウル様いけません!そんなことしたらあなたが!」
「どうせ僕は助からない。けど死んでもあいつらは助けない!力はこれで最後だ!」
ああ…全ては計画的だったのだ。ウルリッヒ様はもうずっとこの日を待っておられたのだ。
彼は王妃と王子が自分を殺そうと画策していることに気付いた時から、病に倒れた王子たちが運び込まれるのを待っていたのだと言う。
「もしあいつらが救いを求めてきたら…その目の前で力を使い切ってやろうと思ってた。ふ、ふふ…笑いながら目の前で…ふふ…」
ここには多くの動物が居る。神殿の中に居る犬猫だけでなく、裏庭にも多くの小動物が居る。
そして野鳥は…《《病を運ぶ》》。
ああ…、だからウル様は鳥を餌付けしていたのか…
彼は野鳥のフンを王子が来るたびティーカップに塗りつけていたのだという。
「けどあいつらはどんどん病人を運んでくる。王子が病気になるのが先か、僕が枯渇を起こすのが先か、いざとなったらせめて王子だけでも剣で貫いて、そう思ってたけど…、アハハハハ、エミル、君はやっぱり僕の味方だ!」
なんて悲しい笑い…
「最高の結末。君が居て良かった…ありがとうエミル。約束だよ。目が覚めたらここを出て自由に生きて。僕の代わりに」
「ウル様…うぅ…ウルリッヒさまぁ…」
「エミル…僕のたった一人の…友だ…ち…」
神子は時代に一人。そして不在もない。けれど空白の期間は存在する。そこに居るのが当たり前すぎて、神子が居ることに慣れ過ぎて、傲慢な彼らは気付いていないけれど。
それが新しい神子に紋様が浮かび上がるまでのひと月あまり。
神様にだって都合はある。明日から「次は君!」ってわけにはいかない。
この病は発症から数週間ほどで死に至る。もう彼らは間に合わない。
何て愉快で残酷な復讐。誰より神子の力をあてにしていた王家だけが神子の恩恵を受けられない。
血の通わない王子と王妃、神子の短命を笑った王にはピッタリの…
惨めな…
最期…
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