出発新興!
今日は今代〝癒しの神子”による、前代未聞な神殿替えの日だ。
いやー…感慨深い。何だかんだで入れ替わりから十か月が経とうとしている。おかげで本日をもって僕は十四歳だ。
そう。何を隠そう今日は僕の誕生日。つまりウル様もある場所で僕の両親と十四歳を迎えてる、ってことだね。
お母さんは毎年誕生日になると厨房から材料を頂いて、僕にベリー入りの甘いパンを焼いてくれた。
今年それを食べるのはウル様。甘党のウル様はきっと喜ぶに違いない。
ウル様…、僕の誕生日プレゼントは王城の皆さんがくださいます。心配しないでね…なーんて。
こんな愉快痛快な誕生日があるだろうか?誕生日プレゼントは檻からの解放っていうね。
さて、神子である僕は貴族服などを所持していないため貴族の遊山ほど荷物はない。はずだった。
でも「私室の家財はチェスト、サイドテーブル、カーテン一枚カップ一つまですべて持っていく!」と欲張ったおかげで、犬猫用専用荷台含め、馬車十数台ほどが僕の荷物だ。
ここに神官長の馬車が三台、オズヴァルトの馬車が五台、ときて、あとは食糧や細かな荷物等々含め五台ほど。
加えて王宮が付けた護衛の兵たち五人と、王妹宮からオズヴァルトの護衛に出した騎士が更に五名。計十名が騎馬で追走して、なかなか立派な馬車列…と思うじゃん?いやー、神子と王子の馬車隊列にしちゃ全然少ないからね、これ。
オズヴァルトに追加の護衛をつけることは執事が一存で決めたようだ。どれほど誓約書があっても安心できなかったのだろう。
そしてオズヴァルトはブリッタ様に、長い長い感謝と、『死んだように生きながらえるより、たとえ死んでも最後まで生を実感したい』そうしたためた決意の手紙を残したようだ。
そこには『神子が私をお護り下さる。ご安心召されよ』そんな一文も記したらしい。可愛いやつめ。
王宮の正面、城門へと続く石畳には三十台近くの馬車が列をなしている。
その先頭では僕とアルトゥール(とエマニエル)が、そしてその後ろでは王(と王妃)とオズヴァルトが、実に血の通わない別れの挨拶を先ほどから続けている。
「たった一年程度の婚約期間でしたがお世話になりました。今後は良く学び市井の声によく耳を傾け、公明正大で落ち着きのある、時にウィットにとんだ会話を楽しめる…そういう魅力的な大人の男になって下さいね。最終評定はマイナス三百万点でした」
「…最後まで口の減らないやつだ…、だがまあいい。私は大人だからな。精々西の神殿で性根を入れ替えるがいい」
「ウルリッヒ様、もっとお世話出来れば良かったのですけど…ごめんなさいね。アルトゥール殿下ったら子守はもうこりごりなんですって」
「エマニエル。いままで色々ありがとう。感謝の印に別れの握手…いいかな?」
「嫌です。どうせその手になにかお持ちなのでしょう」
「何かって?」
「小さなカエルとか」
余程あのカエルがキモかったらしい。エマニエルは警戒心でいっぱいだ!
「何も持ってませんよ。ほら」パァ「早く」
「ほんとだ…、仕方ありませんね…」キュ
ギュゥゥゥゥゥ
「いた!痛い!よしてウルリッヒ様、いたたたた!」
「よすんだウルリッヒ!」
「何をですか?」
「痛い痛い!骨が砕ける!!!」
「離せ!離さないか!」
「じゃあ殿下が代わりに握手します?別れの握手」
ビクッ「ご、御免こうむる!」
チッ「骨までは折らないのに…」パッ
「はぁ…はぁ…なんて馬鹿力…あなた本当に神子ですか!」
これが僕たちが交わした最後の会話だ。
城門の跳ね上げ橋を超えればそこからは城下だ。
城下町…正直何年ぶりだろう。ほら、前世軸から数えて余分に加算されてるし。
各家門からの赴任官吏なのだが、こちらは諸々個人負担だ。
城下町を出るまでは都の馬車道が混乱するとかで、ソルトロードに入ってから随時合流するらしい。
たとえ辺境に左遷されても彼らは貴族。馬車三台の荷物、そして従者一名の同行が許されている。
彼らが西の神殿がもつ悲惨な歴史を知っていたとしたら、それはそれは悲壮な覚悟で僕に同行するのだろう。
だが彼らが選ばれたのは内乱時の遺恨があるためで正直僕は無関係だ。
それでもし逆恨みされたとしても知ったこっちゃない。
さて、城門へ向かう沿道には、晴れて王子となった幻の王子を一目見ようと市井の人々が集まっている。
これは別れの餞別に、と神殿に出入りするゴミ集め人夫が教えてくれたのだが、王(というか王妃?)とオズヴァルトによるこの電撃的な和解は、庶民にとって『虐げられた庶子の子がようやく報われる』といった感動的な戯曲のようなもので、かなり話題になっているらしい。
いまこうして沿道を見ていてもそこには西の真実を知らない人々が感動に咽び泣いている…
…残念ながらこれ感動する要素一つもないからね?むしろ死出の旅路にご招待…が正解だからね?
「ほらあれよ!あの馬車に神子様がお乗りなのよ!」
「なんでも目が合えば寿命が五年のびるって話だよ」
いや無いから!
このように、僕は僕で、庶民層にとってはお伽の妖精並みに現実感のない〝癒しの神子”を生で拝める貴重な機会とあって、沿道の騒ぎが大変なことになっている。
「どれ、ちょっとお手振りでも…」シャッ
「およしください神子様。神々しさが損なわれまする」シャッ
「…」シャッ
シャッ「…」
開けたすぐから閉められるカーテン。
声の主は神官長。馬車では神官長と同席なのが辛い所だ。
さて、そうこうするうちに馬車列は王都の正門を超え、王都を囲む直轄領も超え、ついに諸侯領へと突入することになる。
ここからは気持ちの解放感が全然違う。
各領のわりと僻地を通るソルトロードは商業施設も民家も少なく人の目はほとんど気にならない。
数時間ほど進み、ようやくここが最初の休憩場所だ。あーヤレヤレ、背が縮む…
コンコン
「オズヴァルト」
「やあウルリッヒ。気分はどうだい?私は実に晴れやかな気持ちだ」
どこか落ち着きのないオズヴァルト。
彼は初めての城外に浮足立っているのだろう。
「外の空気はどう?」
「不思議だ。雑多なものがすべて排除された王妹宮の整えられた庭、あそこほど澄んだ空気はないはずなのに…何故かこの埃臭い空気の方が美味しく感じるよ」
「そんなものだよ」
人はほんのちょっと身体に悪そうなものほど、美味しかったり楽しかったりするものなんだから。
「それよりウルリッヒ、彼に合わせよう」
ピーンときたね。このタイミングでオズヴァルトが言う彼なんて一人しか居ない。それは…
オズヴァルト初めての従者、そう。今世軸だと四年ぶりとなる…エドヴィン!




