長いプロローグ②
アルファポリス様で完結済み作品を、少しずつ手直ししながら再投稿しています。
『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』アルファポリスより書籍化。
ウルリッヒ様が七歳となりご教育がカヴァネスからチューターへと切り替わる頃。当時の僕はすでに遊び相手から身の回りのお世話係へと昇格していた。
「このままお仕えすれば従者に引き上げて貰えるんじゃないか?」
「馬鹿ね。親の私たちが旦那様に疎まれている以上せいぜい従者補佐までよ」
「どっちにしても出世するようがんばるよ」
両親とこんな会話を交わしていたのがこの頃だ。
衣食住の保証された住み込みの使用人にお給金は無い。
それでも責任ある立場になればそれなりにお金がいただける。
中でも侍女、従者は主人に付きっきりで、お給金以外の恩恵も非常に多い、使用人なら誰もが憧れる役職だ。
僕は希望に満ち溢れていた。
さて、数年後、王宮では王の暴挙を食い止めんと、勇敢な一握りの臣下が無謀にも下剋上を試みていた。
神と同等ともされるアードラスヘルムの王ではあるが、巨大になった国の頂点にあって、残念ながら必ずしも王が人格者であるとは限らない。
国の政とは正しき志を持った一握りの苦労人さえいればそれなりにまわっていくもの。王は良くも悪くも絶対ではあるが象徴なのだ。
何千年も続いたアードラスヘルム国だが、この数代で王、そして宮廷の腐敗は徐々に進み、いつしかそれは城下に広がる王都の民草たちにまで噂されるほどとなっていた。
多くの血が流れることとなった反乱。
それでも王や大臣たちが平気な顔をしていられるのは、即死でさえなければ神子の力によって必ず助かると高をくくっているからだ。
そのために彼らは常日頃から、多額の寄付を神殿や教会に対しておこなっているのだ。
その浅はかな考えのもと多くの王派が無謀な策をとり、その度に〝癒しの力”を乱用し…結果、当時の神子はまだ十代半ばという若さでその命を神殿の奥に散らすこととなる。
神子は一時代につき必ず一人、二人同時に存在する事はないし、また不在となることもない。ついでに言うと、不在に等しい状態もない。つまり意思疎通の難しい赤子とボケた老人は神子にはなれない。
その理屈で言うと、赤ん坊と年寄り以外は誰でも神子に選ばれる可能性があるといえるが、歴代の神子はほとんどが十歳から十五歳の清らかな少女だ。これは神様の好みだろうか?
神子の消失から数週間あまりたった後、神殿に集められたのはナンナーの一族。
神子は神子となった瞬間から身体のどこかに神子の証といわれる親指大の紋様が浮き上がる。
誰もが息をのみ見守る中で行われた、紋様を確認するための聖なる儀式。
だがそこに集められたナンナー伯爵家の誰にもその紋様は浮かんでいない。
「まさか…」
「傍系筋前へ!」
急な展開にたじろぐウルリッヒ様をはじめとした傍系の方々。
彼らは一族に違いないが、これまでの歴史で紋様は嫡流筋にしか浮かび上がっていない。
疑心暗鬼のなか儀式は再開され…ついにその紋様は発見された。
神から大役を仰せつかったその人物こそ…まさにこの日十歳のお誕生日をお迎えになられたばかりのウルリッヒ様だったのだ。
「おお…!」
「初の男神子…!」
「神は我が息子ウルリッヒの誕生日に最高の祝福を与えられた…」
皆が歓喜に涌くなか、ウルリッヒ様のあの凍り付いた表情を僕は一生忘れない…
明日には神殿にあがるという前夜。ウルリッヒ様はベッドの上で、僕を相手に身も世もなく泣き崩れておいでだった。
「いやだ!いやだ!神子になんかなりたくない!」
「ごもっともです」
「今からでも代わってもらって!ほかの人に!」
「ウル様、紋様が浮かんだからにはどうしようもできません…」
「エミル!神子になるってことは人を助けて僕は死ぬってことだよ!分かってるの!」
「…っ…」
「先代の神子マルレーン様はまだ十八歳だったのに…愛も恋も知らず神殿の奥で癒しを与え続けて挙句あんな…う、うわぁぁぁん!死にたくないよぉ!」
「ウル様…」
「お父様は嫡男をエドヴィンに変更したそうだよ…うぅ…悔しい…次期リンデン伯爵は僕のはずだったのに…」
「仕方ありません。ウルリッヒ様は神子に選ばれてしまったのですから…」
「そうだよ!どうせ僕は早死にする!それが分かってるからお父様が堂々と愛するドローテア夫人との息子であるエドヴィンを嫡男にしても誰も何も言わない!」
「旦那様なりにリンデン伯爵家のことをお考えになられて…苦渋の決断だったに違いありません」
「だからって…僕が居るうちにそれをお決めになるなんて…ひどいよ!」
「ごもっともです」
「エミル知ってた?今向こうの棟では嫡男決定の祝いを催しているらしい」
「……」
「そう…知ってたんだ…」
「すみません…」
「なんでエミルが謝るの?」
「すみません…」
「癒しの神子は誰からも必要とされるのにただのウルリッヒは誰からも必要とされない…」
「…そんな…」
「ごもっともですって言わないの?」
…言えるわけないよ…
「お父様なんか大嫌い!夫人もエドヴィンもみんなキライ!二度と会いたくない!わぁぁぁぁん!」
後妻のドローテア様と異母弟エドヴィン様。
ウルリッヒ様と一線を引いている彼らは、意地悪こそしないが善良な義家族という訳でもない。
何故ならドローテア様と旦那様は前夫人の存命時から「そういう関係」だったというのが、使用人の間で噂されていることだからだ。
これは当時旦那様を〝ドローテア男爵令嬢”のもとまで秘密裏に送迎していた御者…が下町にコッソリ隠していた奥さん(隠れてないな)に話していたことだからほぼ間違いない。
ああ…母親を失った瞬間からウルリッヒ様は天涯孤独も同じ。下働きの僕では家族にはなれないけれど…せめてどんな時でも何があっても味方で居て差し上げたい。
なんてお可哀想なウルリッヒ様。涙に濡れるウルリッヒ様はまるで夜露に濡れる妖精のようだ。
過去の神子と言えばその誰もが、運命を受け入れ祈りと共に生きる、身も心も〝清らか”を体現したように透明なお方だったと年かさのガーデナーは言っていたが…
ウルリッヒ様は神子の系譜に相応しく、シルクのような淡いラベンダーの髪に陶器のような白い肌、十歳にして泉の精と謳われるほどお綺麗な顔をしておられる。内面は無邪気にして無防備、疑うという事を知らぬ世間知らずで…このまま育てば過去の誰よりも美しい神子になるだろう、誰もがそう思っていた。
とこどがどっこい!
ウルリッヒ様はすっかりやさぐれてしまったのだ!
毎日更新を目指しています。
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