過去の幽霊
アルファポリス様で完結済み作品を、少しずつ手直ししながら再投稿しています。
『チートな転生農家の息子は悪の公爵を溺愛する』アルファポリスより書籍化。
傾国の美青年エマニエルが唯一頭の上がらない相手、それが自分自身の上位互換ともいえる、鋼の悪意を持った美女、愛するアルトゥールの母親である王妃エメリンである。
これは前世軸で正妃宮の窓ふき人夫がポロっと口にした話なのだが…
この頃のエマニエルは王妃から王子の恋人として受け入れられてはいたが、妃として認めるかは別の話と言われていたそうだ。
美女の王妃が相手ではせっかくのお色気も意味をなさないのが辛いところだ。
そこでエマニエルは王妃を懐柔するのに別の手を使う事にした。
それが誰よりも王妃の役に立ち先んじてツボを押さえ、使える駒になることだ。
真正面から力技でぶつからないのがエマニエルのやり方である。
彼はなんでも権力にものを言わせる王妃よりも奸智に長けている。
王妃には取り入りうまく利用するのが己にとっては有益、恐らくそう結論づけたのだろう。
ウルリッヒ様の排除もその一つ。
神の力で護られるウルリッヒ様を合法的に消し去る奥の手。その奸策をアルトゥールを通して伝授したことによって、彼は下位貴族の男爵子息でありながら王宮への出入りが許されるようになったのだから。
さてここで思い出していただきたい。王妃にはウルリッヒ様の他にもう一人排除したい目障りが居たね?
そう。オズヴァルト様だ。
これは当時、王妹宮から本宮まで引っ張りだこだった、王都で一番人気の絵描きから、〝ウルリッヒ様に一目会わせる”、のを条件に聞きだした正真正銘の重要機密である。
長時間同じ体勢でポーズをとるモデルは、退屈しのぎに側付きの侍女などと雑談に花を咲かせるものだ。
そして時に…そばに画家が居ることも忘れてうっかり口を滑らすこともあるのだとか。
もちろん一流の画家は何も聞かなかったふりをするのが常だが、当然記憶には残る。
それが印象的な出来事であればあるほどね。
あれは時系列でいうとちょうど今頃。
当時王妹ブリッタ様は、老衰で亡くなられた叔父、辺境伯閣下の葬儀に王の名代として参列するため、王妹宮を留守になさっていた。
辺境へは片道一か月を要する過酷な旅。
そのためこのお出ましは「せっかくの機会だから」と、有力な領主を訪ねながらの、外遊も兼ねた長期のものだ。
因みにやり直しの日々でもウルリッヒ様の関わらない歴史は変わっていない。
今世もブリッタ様は現在城内に不在である。
留守を預かるのはオズヴァルト。アルトゥールの一つ上である彼は現在十九歳。王妹の庇護はそれほど必要なくなっている。
王城内に「幽霊が墓所にでる」と噂が立ち始めたのはそんな頃だ。
そう。僕がたった今エマニエルを腰が抜けるほど怖がらせた幽霊話のことね。
何の事は無い。幽霊とは王妹宮を抜け出し墓所を出歩いていたオズヴァルトだ。けれどそれを知る者は居ない。人生二度目の僕以外には…
辺境伯は亡くなられる直前、王妹ブリッタ様に一通の手紙を寄越していた。内容はオズヴァルトの身柄を辺境伯領で引き受けてやろうというもの。
辺境領とは立地も過酷なら常に隣国の襲来に備える物騒な土地。普通の貴族は誰も近寄らない。
けれどそこには、『死ぬまで王妹宮で飼い殺しなど若く精悍なオズヴァルトがあまりにも気の毒。ならば王妃の手が届かぬ辺境伯領で一貴族として面倒をみてやろう』と書かれていたそうだ。
へそ曲がりな王様だが叔父の辺境伯なら説得の目は大きい…はずだった。
辺境伯はオズヴァルトにとって自分を気にかけ、尚且つ王妃の盾となる数少ない王族。
その彼が亡くなったのはオズヴァルトにとって痛恨の極みだったろう。
これは僕の想像だが…王宮の礼拝堂へ立ち入れないオズヴァルトは、墓所内にある王族慰霊碑に哀悼の念を捧げたかったのじゃないかと思ってる。
彼は誓約書によって王妹宮での安全が保証されている。これは逆に、王妹宮以外の場所で身の安全は保証されないと言うことだ。
長年の平和で彼は少しばかり気が緩んでいたのかもしれない。彼は王妹宮を抜け出し真夜中の墓所に来た。
禁とは一度破ってしまえば二度目は敷居が低くなる。
いつしか墓所の散歩はオズヴァルトの日課になっていった。
そんなある日のことだ。
前世軸のエマニエルが王宮を訪れるのは、主に王妃へのご機嫌伺い。
その日のエマヌエルも、キャンバスの前でポーズをとる王妃にお茶を差し出しながらこんな入れ知恵していたそうだ。
「王妃様、最近使用人達の間で噂になってる話をご存知ですか?」
「エマニエル、使用人の噂などと…下世話なこと」
「少々興味深い話なのですよ」
「いいわ。仰い」
「墓所に幽霊が出るという話です」
「まあくだらない!」
「ですが王妃様、僕にはその幽霊の正体がわかった気がします」
「…興味深いわね…」
「恐らく墓所の幽霊は王妃様の心の染み」
「……確証は?」
「ありませんが、もしそうならこれは千載一遇の好機」
「……城の主としては墓所の安全を確認するのに兵を差し向けるべきかしら…」
「ええ王妃様。そしてもしそこに不審な者が居たならば…」
「今ブリッタは不在…、役に立つ子ねエマニエル」
「光栄にございます」
その晩何があったか。
その部分は僕やウルリッヒ様でさえ知る王城の大事件だ。
墓所へ噂の確認に出向いた王妃の私兵は…
墓所内に居る《《見たこともない若者》》を、王城に忍び込んだ不届き者と見なし問答無用で切りつけたという。
前世軸でウルリッヒ様とオズヴァルト様に面識はなかった。
ブリッタ様も不在では、誰もウルリッヒ様に救いを求めることは出来なかったのだろう。
それとも即死だったのか。
なんにせよひどい話だ。ウルリッヒ様もオズヴァルト様も、ただ特別な立場に産まれた、それだけだったのに。
だけど今世のエマニエルは僕の世話係だ。邪魔な神子をアルトゥールの傀儡にするため悪戦苦闘の真っ最中。
だけど成果は思うように上がらない。きっと毎日新たな手を模索し、幽霊のことまで考える余裕はないだろう。
それでもこうして僕がエマニエルを墓所まで連れ出して脅かしたのは、万が一に備え、エマニエルに墓所の幽霊とは「自分を脅かすためにウルリッヒが仕込んだ悪質ないたずら」と思わせるためだ。
僕が誰だか一目でわかったのだろう。神子は衣類も夜着も特別なシルク製だ。
「今代の神子は随分我儘だと聞いてはいたが…とんでもない悪戯者だ」
「お褒め頂きどうも。けどこれは全てオズヴァルト様、あなたの為ですよ」
「私が誰だかわかるのか…」
一瞬でまとう警戒の色。
加減によって茶にも金にも見えるブロンズの髪。
アルトゥールが王妃の美貌と非道さを受け継いだように、オズヴァルトもまた、母親の知的さ冷静さ、そして気丈さを受け継いだのだろう。
彼は狼狽えることなく、その深みのあるヘーゼルの瞳で僕を見据える。
「墓所を挟んであっちは神殿こっちは王妹宮、年の頃十代後半の色男ときたら該当するのは一人です」
「聡いものだ…」
否定はしない。
「…私のためとはどういうことだ」
社交に揉まれていない幻の王子は掛け引けをお好みでないようだ。
「話したいのはやまやまですがもうすぐ墓守が休憩を終えて戻ってきます。だからひとつだけ」
彼が愚鈍な男でなければ分かるはずだ。僕と彼、二人は同じ、羽を捥がれた鳥だってことが。
「僕はあなたの味方です。何かあったら…僕のとこまで来てください。そこのトチノキに洞があります。必要なものは入れておきました」
「それはどういう…」
「しっ!墓守が戻ってきた!行って!」
僕を気にしながら、それでも踵を返すオズヴァルト。
「忘れないで。僕は味方」
最後の言葉は彼の耳に届いただろうか。
さて、運命はどう変わるか…
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