戦闘の始まり
明けて翌日。
今日は『死者の日』、国を挙げて亡き人を偲び祈りを捧げる厳かな日だ。
早朝の海岸には二隻の巨大な船が姿を現した。
「カーステン、あの船ってどれぐらい乗ってるの?」
「兵数で言えば五百ほど」
合わせて千か…多いのか少ないのか…
その答えはオズヴァルトのつぶやきがくれる。
「僅か千とは…舐められたものだな」
「陛下。海側は満足な兵力を持たぬ地。主戦力は北に投入したのでしょう」
なるほど。
後から受けた報告では南西に現れたのは四隻だったらしい。つまり二千の敵兵…
「オジーの予想通りだね…」
「ならば今頃北でも開戦の狼煙があがっているだろう。皆気を引き締めよ!行くぞ!」
「ははっ!」
岩場の多い西の入り江。船は座礁を恐れギリギリの距離を取って停泊している。
そこから着水される六艇の小舟。一艇に乗るのは十人ほど。奴らは上陸して戦うつもりだ。
崖の上からはカタパルトが大きな船を沈めんと狙っている。
そして入り江から小舟を狙うのがバリスタ隊。
このカタパルトやバリスタは、西の当主であるグレーデン伯爵家をはじめとした近隣領から借り受けたものだ。
貴族家はみな規模の大小はあれど自衛のための騎士団、もしくは傭兵団を抱えているものだが、中でも一帯の盟主となる家門は、有事に備えこのような大型武器を一つ二つは保持しているものだ。
参考までに、東の名門貴族だと王軍並みの装備を保持しているとか…
西の首都たるサンクトリウムはまだ赤子のような、最近ヨチヨチ歩きを始めたばかりの発展途上都市。
装備も何も、軍務関係は手薄も手薄。
だから狙われたのだろう。
この襲撃を押し退けた暁には、さらに改良したカタパルトを作ると、鍛冶師の親方は息巻いていた。
さて、隠し階段のあるこちら側は木々に覆われ、対面するあちらの崖はむき出しの岩肌になっている。
崖を登るのなら足場の取りやすいあちら側だろう。さらに隠し階段の接岸点付近には罠が仕掛けられこちら側への経路をつぶしている。
少数精鋭となる西の防衛。
使える人員には限りがあり、それは有効に配さなければならない。
そこで崖を登る岩肌側、入江からオリーブ並木へと入る小路と、都市への侵入経路を徹底して絞り、浜で討ちもらした兵は木々に隠されたこの隠し階段から弓で狙い撃つのだという。
「良いか!下段は岩場に近づく敵兵を、中段入り江の援護を、上段は対岸の崖肌を狙え!一人も上へ進ませるな!」
「はっ!」
こうして始まった皇国との戦い。
奴らの目論見は破れ、奇襲は空振りに終わっている。
海上から放たれるのは、崖上から砲弾される火薬爆弾。その威力に皇国の兵は度肝を抜かれている。
「何故奴らが我らの襲撃に備えているのだ!」
「この奇襲を知られていたというのか!!!」
「それよりもなんだこれは!この威力はどういうことだ!」
だからといって皇国の戦士は獰猛にして無謀な命知らず。後退する臆病者など一人も居ない。
「一艘接岸したぞ!皇国兵が来る!」
「止めよ!何が何でも入り江から先へは行かせるな!」
「オズヴァルト様、私の背後に!」
「馬鹿を言うな!ブルクハルト、そこを空けよ!」
「なりません!」
「私が前に出ず、どうして彼らの士気が高まるのだ!」
崖の先頭に立つ王オスヴァルト。
バッ!
「怯むな!我々には神バルデルスの恩寵がある!」
鉄の鎧を脱ぎ捨て風を受ける雄々しい姿は気高さすら感じさせる。
勇敢な若き王の姿は、皇国兵の巨体に怯える、自軍の民間兵たちをも奮い立たせた。
突き刺さる弓矢をものともせず、崖下に到達する皇国兵たち。
「岩石を落とせ!易々と登らせるな!」
「二艘目接岸!さらに来ます!」
「陛下!入り江は我がカーステン領の兵が止めてみせます!」
「うむ!任せたぞ!」
「カタパルト隊!水平に狙え!飛距離を伸ばすのだ!」
発射される爆弾は更なる小型艇の着水を阻止している。
絶え間なく飛び交う双方の矢。
また、接岸を許した三艘の船からは、敵の歩兵たちが剣を振り上げついに上陸を果たしていた。
「軟弱なアードラスヘルム民など一人残らず殺せ!」
「舐めるな!返り討ちにしてくれる!」
「フォルカー!フンベルト!カーステン兵の援護に向かえ!」
「ですが!」
「彼らでは抜かれる!行けっ!!!」
家門の再興を果たし、一年かけて自領内を整備してきたカーステンたち。
彼らは西の盾となるべく、兵を募り自軍を育ててきた。が、実戦はこれが初となる。
オズヴァルトは精鋭ぞろいの元王妹騎士に、指揮をとらせるため入り江への援護に向かわせる。
「右舷を狙え!残りの小型艇はなんとしても着水させるな!」
身を乗り出し矢継ぎ早に号令をだすオズヴァルト。
「オズヴァルト様!小型艇からは矢が放たれています。どうかお下がりください!」
「民の前で王が下がることなど出来ぬ!」
「御身が危険です!指示は代わってこの私が!」
「ならぬ!私はこの国の王!サンクトリウムの君主である!私が民の盾とならずなんとする!」
断崖に立つその姿は、見たこともない古の君主、ファルセッティを僕に思い起こさせた。
と、そこに死角から放たれたのは1本の矢。
「うっ!」
「オジー!」
「陛下!」
剥き身の肩からは真っ赤な血が流れ出す!
「オジー待って!今すぐ再生する!」
「駄目だウーリ!離れよ!」
「そんな深手で何言って…」
「癒しを受ければしばし昏倒する!今はこの場を離れるわけにはいかぬ!一瞬たりともだ!」
確かに癒しを受ければ瞬時に意識は遠退く。今が佳境だというのも事実だ。
「ぐ…」
「見よ!私の背中を多くの民が見ている!この背中は勇猛にして果敢でなくてはならない!彼らを不安にさせてはならぬのだ!」
これはオズヴァルトの覚悟だ。王の背負う覚悟。なら僕も応えなきゃならない!
「わかった」グッ
この隙をついて残り六艘の小舟が着水する。
このままじゃ上陸兵は増えるばかりだ。
けれどオズヴァルトの受けた矢は、肩の横を貫通している。
あそこにあるのは太い血管。
いくら仮の止血をしたところで、長時間の出血は命に関わる。
けど僕はたった今オズヴァルトの覚悟を聞いてしまった…考えろ…考えろ…
「まずい!カーステンの兵が翻弄されている!」
焦る兵士の声。
見れば援護に行ったフォルカー、フンベルトまでもが皇国兵の数と巨体に押し込まれている。
くっ!巨神の末裔、皇国の民。体格にこれ程の差があるとは!どの一撃も致命傷にならないなんて卑怯だろ!
「どうする!陸地で爆弾を使えば自軍の兵も巻き込まれる!」
くっ!失神させずに何とか癒しを…いや?
待てよ…
失神…
癒し…
これだ!




