決戦前夜
カカの皇国における伝説の火器、それが爆弾である。
前世軸で知った硝石から作る火薬爆弾…それは神の怒りに便乗した僕の悪だくみ、始まりの一手だった。
あれによって西と東は完全に分断され、僕たちは余裕をもって一年後の厄病に備えられた。
西の海を越えたところにあるのがエンリケ公国なら、東の果てにあるのがこの華夏皇国だ。
けどエンリケ公国は別大陸の国であり、アードラスヘルム国や皇国レスプブリカとは陸続きじゃない。
地図で見たあの大陸が、学術修道士が言うよう一周して皇国レスプブリカから近いというのならきっとそうなんだろう。
けどカカの国はまったく事情が違う。
この国は陸続きで東の果てにあり、行くだけで二年はかかるという、アードラスヘルムからもレスプブリカからも正真正銘、果てしなく遠い国だ。
周囲は一方を獰猛な野生動物の生息する危険な密林、一方を標高の高い山岳で囲まれており、陸続きでありながら人の出入りはほとんどないという。
何故なら国土はこのアードラスヘルム国より更に広大で、州と州(アードラスヘルムでいう領と領)の移動ときたらすでに国外旅行といっても過言ではないほどだとか。
また多くの資源、珍しい産出品にも恵まれていて交易の必要を感じないらしい。
そのため、無謀を承知でその珍しい産出品を買い入れに行くキャラバンから話を聞く程度の(聞く時点で二年前の情報だけどね)、ある意味幻の国だ。
けどそこから窺えるのは、衣類から言語、果ては食事の道具といった細部に渡り、全く異なる異文化の国だと言うこと。
彼らは小柄だが非常に好戦的で、狡猾にして猛々しい気性を持っているという。
だからこそ国内においても主権の奪い合いを何千年も繰り返し(現在進行形)、おかげといってはなんだが他国に食指を動かす暇もないらしい。
そのカカ皇国から手に入れた貴重な情報、それが爆弾である。
けれど今世軸のこの国で火薬は未だ発見されていない。
本来ならとうに発見されているはずの火薬…。その歴史が消えうせたのならきっとそれは僕がソルトロードを破壊し西と東を分断したことによる結果なのだろう。
なので爆弾製造に硝石が必要だと知っているのは、オットー亡き今、この僕ただ一人…
ゴクリ…「あれがあると戦況が大きく変わるね…」
「変わるなんてものじゃない。圧勝だ。カタパルト、バリスタ…あれらの石弾が火薬爆弾になることを想像するがいい。船さえ沈められる」
言われた通り想像してみる。
高い高い崖の上、そこからふりそそぐ光の矢ならぬ火薬の球。
着弾と共に爆発するそれは火花を散らしながら船体を破壊し燃やし尽くす。
その破壊力ときたら石弾や火矢と比べ物にもならないはずだ。
「…オットーはフォルスト候に漏らしては居ないか…」
「そこは大丈夫」
当時フォルスト候は南の国境で戦火の渦中にいた。
だから娘の最期に駆けつけられなかったんだから。
「オットーが持ち帰ったレシピは王妃とオットーが病に倒れたことで放置されたままだよ」
「それはどうなった」
「保管してあるとしたら正妃宮のどこかだね。近衛舎じゃない」
「だが正妃宮なのであれば願ったりだ。リュティガー様が妃を迎えておらぬ今そのままのはず」
これは王城を訪れた際あっちの神官長に聞いた話だが、王妃の死因が伝染病ということで、あの宮は封鎖されたうえ、一切の立ち入り、そして紙一枚、コップ一つも持ち出しを禁じられている。
使用人さえ消えた無人の宮、全ては当時のまま…
「正妃側妃の宮は王以外の男性は立ち入り禁止だよ」
「なんたる幸運!流出は免れている!」
「オジー。ブリッタ様に手紙を送って正妃宮を調べてもらったほうがいい」
「うむ。それと同時にグラーツ子爵領より直ちに硝石を運ばせよう。ウーリ、死者の日まであと半月。どれほど製作できる」
「一人じゃそれほどは。えーと…、そうだ!鍛冶師の親方にお願いしよう!」
「彼は武具の製作で余裕あるまい」
「じゃあお弟子さんで」
こうして僕はその日から火薬にまみれた日々を送ることになった。
火を付けなければ危険じゃないとはいえ注意力を要する空間。
四人いる室内は常に静まり返っている。
作成するのはカタパルト用の大、バリスタ用の中、スリング用の小、三つの爆弾だ。
簡単に説明すると、カタパルトとは大きな石弾を専用の木枠で投擲する、主に城や外郭を破壊するためのものだ。
バリスタとは固定式の大きな弓で、本来は矢や火矢を使った遠距離武器だ。
そしてスリング、これは縄を使って石を遠くまで届かせる投擲武器で、子供が小動物の狩りに使ったりすることもある、大変ほのぼのとした武器である。
もっとも石が爆弾に替わった時点で可愛さの欠片もないけど。
「……」ササッ
僕は数個の小型爆弾をそっと自分用に隠し持った。
備えあれば憂いなし、これはいざという時のための危機管理だ。
「エド?どうしたの?」
「見本を参考に遠見筒を複製しました。ご確認を」
「各隊長に持たせる分だね。うん。よくできてる」
僕の試作品よりずっとね。
そして現在、南西の海岸には何枚もの板が並べられている。
傾斜になったそれはカタパルトやバリスタを隠すためのものだ。
板の表には海藻や魚といった海産物が並べられ、偵察船からは干物作業にしか見えないよう工夫されている。
そしてサンクトリウムでは崖の上の草むらにそれら投擲武器を隠していた。
こうして迎えた前日…
「オジー…準備はどう?足りる?」
「よくやってくれたウーリ。これで我々は距離を保ったまま戦える。それでも炎を搔い潜る敵兵は居るだろうが数は圧倒的に減るだろう」
「それって傷つくここの人が減るってことだよね?」
「そうだ」
ホッ「良かった…」
「ウーリ、当日君は安全な場」
「行かないよ!行くわけないじゃん!」
誰よりも無敵な人物。それが自己再生の持ち主〝癒しの神子”様である。
「僕は一番危険な場所にいる!オジーの側に!」
「ウーリ…」
その晩僕を困らせたのは「生命力の補充だ!」とか言って僕を抱きしめて放さないオズヴァルトと(イヤ真面目にね)、「僕も戦う!」とか言ってスリングを握りしめて離さないウル様だった。




