もう一つの意思
執務棟に戻ったオズヴァルトは、神殿で話し合った古代の全てを補佐官、大臣たちへも明らかにした。
神殿替えのソルトロード…、あの道中に毎夜行われた決起集会がそうだったように、ブリッタ様の手により正しい王族教育を受けた彼には人を惹き付ける力がある。
若き王の口から語られる神の戦い。全員が身を乗り出し息をのんで聴き入っている。
「で、では陛下!王城で病に倒れた者はみな皇国の血が混じっていたと?」
「残念ながら王の威を借り権勢をふるっていた家門の長たちは恐らくそうだろう。念のためリュティガー様に仔細お調べいただくよう伝令を出すつもりだ」
「いまさら分かるでしょうか。それがいつのことかも不明だというのに…」
「男児に恵まれぬ家では愛人に産ませた子を正妻の子として披露したりもするのですよ」
「だがこれだけははっきりしている。ここに居る者たちこそが混じりけの無いアードラスヘルムの民、真実神バルデルスに選ばれし者という事だ!」
「おおおおお!」
割れんばかりの大歓声!
さっきまで深刻そうな顔をしていた彼らが瞬く間に表情を変えそれぞれに気炎を吐いている。
「皆!なんとしてもこの地を皇国の暴挙から守るのだ!」
「お任せください!ここは神の地サンクトリウム!」
「誰であろうと汚させはしない!」
「グレーデン伯!今すぐホーフェンの兵をここへ呼び寄せよ!そして近隣領から可能な限りの徴兵を行え!」
「直ちに!」
「クラーヴァル・フランケン!」
「はい!」
「男爵に伝えよ!奴らが接岸を狙うのは南西湾岸、恐らくは西辺境中央部に接したオルディング男爵領!指揮はフランケン男爵に!接岸を許すな!海岸の護りを強化せよ!」
「必ずや!」
今や領地持ち当主となったカーステン、フェリクス、ユリアンなども、それぞれに自領へ早馬を出し兵を呼び寄せるという。
そうして陽の沈む頃、ようやく朝から続いた会議は終わりをむかえた。
ところ変わってここは君主の館。
オズヴァルトは軽く湯浴みをして一日の疲れを取っているところだ。
ここの湯舟は王城のお風呂のように台座の上に乗せた浴槽に湯を運び入れる、といったものでなく、地中に四角くて深い水槽が埋め込まれている。
そして水槽の下には送管が仕込まれていて窯からの熱風を送り続けている。そのため二十四時間いつでも入浴できるし、四辺は階段のようになって入水を助けている。
湯を運び入れる浴槽は総じて小さめのものが多い。(大変だからね)けどこの水槽には絶え間なく溢れる泉の水を溝で引込んでいるため、四人ぐらいはゆうに入れる広さだ。
両手両足をのびのび伸ばせるこのお風呂を、手足の長いオズヴァルトはとても気に入っている。
(因みに手足の短いウル様も気に入っている)
湯船につかる彼と、のぼせないよう縁に腰掛ける僕。
「ウーリ感謝する。君の遠見筒がなければ全てが後手にまわっただろう」
「いえいえそれほどでも」
真の使用方法を考えると微妙に後ろめたい…
「奴らはこちらに気付かれていることを知らない。そして海上では知る術もない。そこに勝機がある」
「あれから船は見えないけど隠れてるの?まさか本土には戻ってないよね?」
明るい月夜。見晴らしの良い海上には何の物陰もない。
「あの沖にはいくつかの島ある。そのひとつを仮の拠点にしているのだろう」
「拠点…」
「安心するが良い。あの島々は近くに見えてかなりの距離だ。火の付いた弓矢も岩の砲弾も届かぬよ」
ホッ「じゃああっちはあっちで何かを待っているのかな…」
「私の考えでは北の好機を待っているのだろうな」
「北の?」
「挟み撃ちで奇襲をかけるのであればどちらにも対策を取らせぬよう同時に行うのが有効だ」
「そうなんだ…。どうやって遠く離れた本土軍と時機を合わせるの?」
「考えられるとすれば来月初頭の〝死者の日”。その日は国中が今は亡き人々への追悼を行い祈りを捧げる。頑強な北の辺境であっても些か護りが緩む」
「あと一か月足らずじゃん…」
「間に合うさ。間に合わせてみせる!」
強がりでも頼もしいよ…
「じゃあここからは彼らには聞かせられない秘密の話をしよう!」
僕はあの古代の創世記から読み解いたもう一つの考えを話して聞かせた。
「神様は王家に皇国の影を感じて危機を強めた。ここまでいい?」
「ああ」
「だから先ず自分の媒介でもある神子を正常化しようとしたんだよ」
「つまり生命の搾取と枯渇を止めようとしたのだな」
けれどそれを阻むのが長きにわたる閉鎖的なナンナーの教えだ。
もちろんそれはナンナーなりの歪んだ神子への情けだったわけだが、ナンナーの直系神子は心が空っぽだ。
どれほど代替わりしようとそこに愛という感情は生まれない。
「だからウル様が選ばれたんだよ」
ウル様は僕のお手柄によってとっくに心を育てていた傍系神子。
そのうえ僕が、…下世話なゴシップを、ウル様向けにややロマンチックな脚色をして聞かせていたせいで、若干乙女になってしまった…
だからこそ神様は「この神子なら王子と愛を育む」、そう見立てたんだろう。
「だが肝心のアルトゥールが神子ウルリッヒを受け入れなかった」
「アルトゥールはロマンチックより官能的なのがお好みだったみたい」
ドスケベめ。
そう…だからウル様は王家を道連れに最期にあんな…って待てよ…?
「そうか、だから神様はやり直しの今世で僕とウル様を入れ替えたんだ。あのままじゃウル様は何度やり直したって王家に心は開かないだろうし…それに僕ならオジーをここへ連れて来れると見込んで」
す、すさまじい信頼だな…天の圧がすごい…
「本来の神子では私に愛情が芽生えなかったと…?ふふ、ウーリなら私を好くと見透かされたか」
バシ!
「そうじゃない!僕がお城の裏事情に詳しかったからってこと!」
何言ってんのこの人!
そうだよ!
様々な王城内ゴシップを集めてた僕は、点と点を線でつないでいろんな推測をすでにたてていた。
幻の王子のこと…王兄のこと…火薬のこと…
ウル様は知らない危険なことを僕はいっぱい知ってて…、だから先手をうてたんじゃないか!
「そうだ。先んじて手を打つというのは勝負において必勝の要だ」
「この状況もそうだね」
「先んじて打つべき手はもう一つある」
「なになに?」
「生命力の貯蓄だ」
「はぁ?わっ!」
バッチャーン…
いきなり湯船に引っ張り込まれた僕がどうなったか、それを見てたのは…神様だけだ。
…オズヴァルトのバカッ!




