忍び寄る皇国
「皇国の船…?どういうこと?皇国は内陸の国でしょう?」
「だがエミルのスケッチに描かれていた旗の印は皇国のものだと…」
皇国…
アードラスヘルム人より大柄な体躯を持つという、赤茶けた髪の勇猛な戦闘民族たちの国。
それでも北の辺境伯が侵略を許さないのは、地の利と知の利、そして数の利があるからである。
地の利とは地形ではなくこのアードラスヘルムで採れる良質な資源を指す。
これは武具における耐久性の違いを明確にしているらしい。
フォルスト候の横流し武具を、わざわざ他国が欲しがったのもそれが理由だ。
加えて『力こそ誇り』と考える獰猛な皇国では、高度な戦術が不得手だという。
いつでも正面突破、邪魔者は全て皆殺し、これも辺境伯から聞いた話だ。
あとは例の兵数問題。
産めよ増やせよ、を推奨している皇国だが、寿命の短さ、そして…うっかり小柄に産まれた者が迫害を恐れ他国に逃げ出すことから、兵数は依然少ないままだ。
「レオポルドは最も大柄な兵を密偵として常に潜入させている。この一、ニ年動きがないという話だったが…」
「隠れて画策してたってこと?」
「もしあの船が本当に皇国のものならばそうなるな」
執務棟では急遽会議が開かれていた。
事が事だけにそこには僕も同席していた。
不在の一年でゾフィー夫人が整えてくれた朝廷、それはそれぞれの重要部門に分かれ大臣が居る。
内務大臣、外務大臣、税務大臣、法務大臣、そして…軍務大臣(フォルスト候がついてた役職ね)だ。
これら以外の部門長は役職名が長官となる。
補足だが、中央教会の長である大司教はこれら大臣を越える地位である。
けれど教会は政務に関わらない。
そのため一線を画し、主に文化面全般、教育や医療などを引き受けている。
また法に関しては、いくら王の決定であっても大司教の精査が入る。
これは人道的な見地からのものだ。
これがあったからこそ、アードラスヘルム国は壊滅的な独裁政治に、走りたくとも走れなかったのだろう。
それはさておき、この朝廷における軍務大臣とは西の盟主、グレーデン伯爵である。
彼は西辺境のもっとも偉い領主であり、傘下のホーフェン領で兵士の育成をしている。
軍務に長けた北辺境との連携も立地的にサンクトリウムより容易だ。
要請を受け、馬を飛ばした彼は、二日後にはサンクトリウムへ駆けつけていた。
「伯爵、今すぐ北に援軍要請を!」
「それはなりません陛下」
「何故だ」
伯爵は言う。
もしこれが本当に皇国からの宣戦布告なら、同時に北へも進軍するのではないかと。
「安易に兵を分散するのは得策ではございません」
「…挟み撃ちか…」
「だけどどうして内陸の皇国が海から?あの船は何?随分立派な船に見えたけど…」
「そもそも皇国であれほどの船が造れるものなのか!我が領でもあれほどの船は…」
これはフランケン領から事態を鑑み代理で派遣された、ご子息のクラーヴァル氏、年の頃三十程度の青年である。
「一つ考えられるとすれば…」
言葉を挟んだのは現在外務大臣を担うユリアン。
彼の父親は内乱以前の王城宮廷で、やはり外務大臣を務めていた有能である。
残念ながらかの人物は内乱の最中命を落としているのだが、ユリアンはその父親から様々な知識を受け継いでいる。
ゾフィーさんはそれを踏まえてこの役職を決めたのだろう。
「そのような造船が可能なのは西の沖に位置するエンリケ公国かと…」
「ユリアン。仮にそうだとして公国と皇国の接点はどこだ。内陸の皇国が陸地を違える公国と国交を持つとは聞いていないが…」
「…これは神官長様がおられる場ではなかなか口に出来ぬのですが…」
「不信心な話?」
「いえ…」
古代この広い大地は果てしなく続く平面だと考えられていた。
けれどここへきて球体であると唱える学者は日増しに増えている。
「この世界がもし球体なのであれば西の果てとは東の入り口、北の果てとは南の入り口であるとも言えます」
これはなかなか繊細な問題だ。
最近多くの学術修道士が球体説を信じているが、全ては理論の賜物。その証明がなされているわけではない。
ましてや神の使徒である教会では、「丸も四角も、天空に居られる神バルデルスの前では全てが平地」という理屈もへったくれもない考えを掲げている。
となると、学士の彼らも大きな声では言えないのが現状なのだ。
もしも皇国がこのアードラスヘルムの反対側、北に活路を見いだし、周辺国を支配下に置いていたとすれば…
「もしや皇国と公国は我々が思うより非常に近しい位置関係かもしれません」
「誰か地図を持て」
「はっ!」
ユリアンの発想はなかなか面白い。
この大陸に置いてアードラスヘルム国と皇国は一、二を争う大国。
皇国の北側にひしめき合っているのは小国ばかり。
なら、皇国がそれらを支配下に置くのは容易いのかもしれない…
オズヴァルトは広げられた地図をくるりと丸める。
「なるほど…。確かにこことここが繋がるのであれば幾ばくかの小国を挟み皇国と公国は近い…」
「辺境伯閣下は皇国が領土を増やした、などと言った情報をご存じないのでしょうか」
「いや…。皇国があえて秘密裏にことを進めたのだろう。我が国を油断させるために」
「では内乱との情報は偽物…!」
辺境伯が送った密偵はいつも半分以上が命を落としている。
つまり皇国は密偵の存在を知っている。なら警戒してもおかしくはない。
「大規模な戦いが起こる…。よもやこの地、神の都市を抱える西の辺境で!」
ああ…
オズヴァルトはなんて言ったっけ。
そうだ。僕に「備えておけ」って言ったんだ。
それは多くの命が危険にさらされることを意味している。
けど、そうなる前に、思う存分再生の奇跡を施行出来るようになったのは不幸中の幸いというもの。
僕は僕の寿命を心配しないで再生の奇跡を与えられる…
待て。奇跡を…奇跡…奇跡…最近何か話したっけ…
そうだ!
神の奇跡はこの都市を護ろうとした時与えられる。
僕とウル様の入れ替わりのやり直し。この一連の流れがもし全てこの日のためなら…
ガタ!
「ウーリどうした」
「神殿に行って来る!エドから聞いてくる!石板になにか刻まれてるかも!糸口があるかもしれない!」
「一体何の話だ!」
「神様は全てお見通しだったってことだよ!」




