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アニミ物語  作者: カボバ
入学編
30/276

29





書類も終わりお茶を入れ一息ついたところで彼女が戻ってきた。



「それでは私はこれで失礼します。調整が終わった制服は月曜の朝までに、私服はできるだけ早く届けさせていただきます。」


そうって帰る用意のできた彼女を見送るために一緒に玄関まで向かう。



1階に降りてくると、先ほどまでと何か違う。


よく見れば少しずつ装飾品というべきか、椅子やソファーにはカバーがかけられていて、テーブルの上には花が飾られている。


朝まではグレーだったはずのカーテンも濃いブルーのカーテンに変わっている。



彼女の方を見ると自慢げに胸を張って微笑んでいた。




「家具の交換なんかがあったから私たちを安全な部屋に置いておきたかったんですね。」


ツユカがそういうと彼女がニッコリ笑った。



「それでは次の採寸の時は2、3日前までにはご連絡差し上げますね。」


「よろしくお願いします。」


歩いて帰っていくツユカを2人で見送る。




そういえば門のところまでトラムを呼べると言われたが、それとは別にこの近くの停留所はどこにあるのだろうなどと思いながら家の中に帰る。


すると彼女が階段の下で手招きをしている。



近寄っていくとそのまま先導するように階段を上がりベッドのある部屋に入った。


ベッドカバーやカーテンが変わっていることもあったが何より異質なのは昨日まで何も置いていなかった勉強机にいくつもの大きな箱が積み重なっていた。



一つ開けて見ると、中身は教科書やノートに筆記用具や実験採取キットなどの学習用品だった。



1番上には手書きで書かれた紙が一枚入っていた。


・教科書・ノート・道具類全てに名前をつけること

・現在進んでいる授業分は各教科書に印が付いているので可能な限り確認すること

・授業には各教科書を必ず持参し、必ず寮に持って帰ること。教室等に置いて帰ることは禁止

・その他わからないことは月曜日に教室か教職員室にて質問すること



そう書かれていた。




「先ずは全部に名前を書いて、それから内容の確認ね。」


そう確認するように口に出すと彼女は部屋から出ていった。


それからはひたすら自分の名前を書いていく。



名前を記入するところがあればそこに書き、なければ裏表紙を一枚めくった面の下に。


そもそも書くのに難しい形をしているものは別添えされていた枠だけ印刷されたシールに名前を書き、邪魔にならない場所に貼っていく。


それだけのことでその日一日が終わってしまった。



途中彼女が昼食とお茶休憩と夕食に呼びに来た。


夕食後そのまま流れるように入浴を促され、出てくると温かい飲み物でさらに体を温めさせられる。


そして寝る前にもう少し作業をしようと勉強机に座ろうとしたところ強い力で引っ張られベッドに押しやられた。


もう少し作業したい旨を彼女に伝えようと彼女を見ると口元は微笑んでいるが、目は有無を言わせない意思が伝わってきた。




「わかった、寝ます。」


諦めてそう伝えると彼女は微笑んだ。


ベッドに横になり目を閉じると思っていた以上に疲れていたようで目全体がじんわりと染みるような感覚に襲われる。


そして念入りに温められた体はあっという間に睡魔に襲われる。


その様子を見届けた彼女は立てた指を振ると部屋の明かりがゆっくりと消え、音を立てないように慎重に部屋から出ていった。




結局、土日もそのほとんどを自室の勉強机に向かって過ごすことになった。


教科書に目を通し、これまでに出された課題を自分なりに解き回答を確認する。


まだ9月も中旬だったおかげでそのほとんどが簡単な内容だったことが幸いした。




(基本的な内容と読み書きのことが大半でよかった。)


親の職業柄、読み書きと記録を取ることと教会に通っていたおかげで聞く力もある。



しかし住んでいた街ですらその辺りはかなりばらつきがある場合も少なくない。


必ず正しく自分の名前を書けるとも限らないしペンの持ち方を正しくできているか怪しい場合もある。


計算ができても店の看板は絵柄でしか判断できないし、詩をたくさん暗唱できてもそれを自ら書き記録することはできない人も居る。




(それに比べれば私はかなり恵まれている方か…。)


歩き回るようになった頃から母親の仕事場に一緒に連れて行かれ、働く母の横でたくさんの本を読むことができた。


そのほとんどは字よりも絵が大半を占める内容が多かったが、きちんとステップを踏んで字を覚えることができたのは幸いだった。


街の中での識字率の差をなくすために教会は子供を集め読み聞かせや書き取りなどを積極的に行なっていた。


それは今の協会の管理人、先生が来てから始めたことだと教えてもらったのは比較的最近のことだった。




だから時間が足りないということはなく、彼女が呼びにくれば素直に部屋から出て食事を取ったり、彼女が家の外まで連れ出したかと思えば家の周囲にある花壇に植える花はどんな花がいいかを相談してきたり一緒に苗を植えたりもした。


彼女は一切言葉を発しないので仕草や手にしているもので何をしたいか何をして欲しいかを理解しなければいけなかった。






そうして慌ただしく時間が過ぎて、月曜日の朝。


昨日よりも少し念入りに身支度を整え筆記用具くらいしか入っていない鞄を持った。



これは教科書など影に入れ動き回っても中身が無事かを確認する意味も込めて、しかしさすがに何も持たないのはいささか居心地が悪い気がしたので妥協案だった。



(一応、教科書は布でまとめたから問題はないと思うけど…。)



「いってきます。」



暖炉の横に座り手を振る彼女に言ってから外に出る。




 

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