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姉さんの声が少し落ちた。
それはこれからとても重要な話をしますとわかりやすく伝えてくれている。
「トランプを持つってことは学生生活だけじゃなくて将来も保証されるわ、トランプは学生の間だけじゃなくて死ぬまで一生ものよ。でもそれ相応の使命もある。」
一度姉さんが息をつく。
「トランプの所持者のことを私たちは神の土地の守護者って教わるわ。神の意思に逆らう者、悪用する者を取り締まる自治組織。わかりやすく言うわね。ティーを使って悪い事をしようとする人たちを罰することがトランプの所持者にはできるの。」
それは考えないことではなかった。
影の能力を使えばいくらでも悪いことができてしまう。
姉さんの能力を使えば他人に悪影響を与えることも簡単だろう。
それをしないのはやってはダメだという理性があるから。
でもその理性はあまりにも脆く、簡単に無視できるものでもある。
「抑止力ってやつよね。トランプの所持者は私が知る限り圧倒的な能力の人たちばかりよ。その人たちに逆らって公に悪いことをしようなんて私なら考えないわ。」
悪いことをすればそれを罰する鬼が来る。
それをわかりやすく組織化し、システム化したと言うことだろう。
「学園にいるうちは風紀を守る存在。街で言ったら騎士団みたいなものよ。でもこれだけは知っておいて。」
姉さんの話を聞いているうちにいつの間にか膝の上の手は硬く握りしめてしまっていたようだ。
その手にそっと手を乗せてくれる。
「ミリアの意思で他の誰かを罰する日がくる。それは言葉での厳重注意では済まない可能性が大きい。」
誰かを一方的に殴って精神が傷つかないほど人間性が育っていないわけではない。
姉さんはきっとそんなことを心配してくれてるのだろうと伝わってくる。
「あとはトランプだけの集まりだったり色々あるみたいだけど、詳しくは知らないのよね。」
姉さんが外を見ながら言う。
「今のグラムマーには3人トランプが居るわ。そのうちの1人はもう会ったことあるけど、誰だかわかる?」
会ったことがあるグラムマーの生徒といえば昨日と今朝会った姉さんと同じ寮に住むメンバーだ。
その中で確実に除外できるのは姉さんだ。
自分がトランプ所持者ならまず言わないだろう発言が多すぎる。
昨夜の様子を思い出しながら1人上げるとするならば。
「エイタさんですか?」
「あら、わかるもんなのね。」
「ほとんど消去法というかなんとなくってレベルです。」
正解が分からなければ、正解ではない方を探す方が簡単な時もある。
書類を確認したり景色を楽しんだりしているうちに車体はゆっくりと下がり出した。
「あれかしら?」
降りる方に見える家は周りにな何もなく、何か近くにありますか?と聞かれれば湖があるとしかいえない場所にポツンと建っていた。
上から見ればほぼ真四角の建物は屋根の一部が日をよく取り込むような作りをしており外階段もあることから二階建てであることがわかる。
その建物から少し離れた場所にポストと簡易的な門があり、トロリーはそこに停まった。
「まずはこの家の女主人に主人が帰ってきたって伝えていらっしゃい。」
私はここで待っていると姉さんに背中を押されて門を越える。
重くも軽くもない足取りで家の玄関に向かう。
外階段の斜め下にある玄関は小さな窓に大きな取手があり、玄関の前だけは一枚の敷石に麻縄で編まれた汚れ落としのマットがおいてある。
玄関すぐ横の角の先には大きな窓があり、外側にほんの少しのカウンターがついていて今は何もおいていないので分からないが観葉植物を置くためかななどと考える。
カチャッ
玄関ドアの取手部分に学生証をかざすとわかりやすく鍵の開いた音がした。
扉に手をかけ開けると内側から高い鈴の音が鳴る。
内側に扉が開くと鳴るよう付けてあるようだ。
広い玄関スペースは正面に下駄箱左側に絵の短い箒やバケツが仕舞われており右側の窓の下には小さな仕切りがたくさんついた窓に隠れるくらいの低い棚がある。
玄関から家の中央に向かうように道作られていて、靴の汚れを簡単に落とし木の床へと足を進める。
すぐに大きなダイニングテーブルがあり棚で見えていなかった玄関正面奥が台所のようだ。
そして左側スペースにはソファーとテーブル、暖炉がありその隣に女性が座っている。
(家の女主人の定位置は暖炉の側。)
仕事がなく穏やかに過ごすときは必ずこの位置に座っている。
そう渡された資料には書いてあった。
膝の上に軽く重ねられた手の上に手を乗せる。
するとゆっくりと女性の目が開きしっかりとした瞳でこちらを見る。
「ただいま。今から友達が来るんだけど、お茶を入れてもらえるかな?」
1拍の間。
その後女性は立ち上がり着ていたエプロンを正すとパタパタと台所へ向かった。
それを見てすぐに玄関に引き返す。
扉を開け少し離れた場所にいる姉さんに手を振り合図する。
「うまく行ったみたいね。」
姉さんと一緒に中に入ると、先ほどまでは窓から入る陽の光のみで薄暗かった室内は暖かい光が灯っており台所からはカチャカチャと食器の触れ合う音がする。
「とりあえずこっちに座って待っていましょうか。」
姉さんに言われてソファーに座る。
すぐに琥珀色の紅茶が入ったカップが出される。
砂糖が入ったポットを机の上に置くとまたすぐに戻っていった。
「姉さん、今まで見たブラウニーズと姿が違う気がするんですけど?」
今まで見たブラウニーズと呼ばれる存在はみんな小さかった。
見た目で推測すると5歳くらいの見た目だろうか。その見た目でそれ以上の働きをしていた。
でもこの家にいた彼女は大人の女性だ。働いている姿になんの違和感もない。
「家に就いているブラウニーズはみんなそうよ。昨日まで見た子たちとはたぶん存在が少し違うのね。」
ソファーから身を乗り出して改めて見る。
パタパタとどこからか持ってきたタオルやランチョンマットを適切な場所に配置していく。
目があったかと思うとニコッと笑いかけてくれた。
「なんでも1人でできそうでしょ?」
確かにそう言われればそうだ。




