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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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マッド・ビーストⅡ

 逃げると決めた千景の逃げ足は早かった。フォールンの意識が足元へ向けられている隙をつき、彼は樹林の枝から枝へ、影槍も使わずにパルクールの要領で飛び移っていった。木々の間を潜り抜け、地面に着地した時、千景はおもむろに背後に向かって振り返り、例のフォールンの様子を伺った。


 オレンジ色の瞳を爛々と輝かせるフォールンはその足元へ目を向けたまま木々を押し倒し、何かを探しているそぶりを見せている。足元の木々を時に踏み潰し、時に蹴り飛ばし、蹴り飛ばされた巨木が千景の頭上を曲線を描いて舞い、はるか遠くの山麓へと落ちていった。


 フォールンは唸りながら山林へと侵入し、千景が潜んでいた木も踏み倒していった。踏み倒された木々はフォールンの泥に絡み取られ、より一層その姿は肥大化していった。いっとう禍々しい姿へとなっていき、比例して体を覆う緑もより濃くなっていった。


 全高10メートル以上、八本の足の中でも一際巨大な二本の前足の長さを含めれば横幅は30メートルに迫るかもしれない。緑色の木の葉の塊は森林を貪食し、その目を今度は千景へと向けた。


 やばい、と見上げていた千景は再び走り出した。無論、フォールンが実際に自分を見つけたわけでは無いことは千景もわかっている。ただ、フォールンが次に平らげる森が今自分がいる場所だとわかり、みつかってはいけないから逃げ出したのだ。


 千景が走り出したその直後、膨れ上がった緑のフォールンの前足が樹林目掛けて振り下ろされた。ザシュっという音とともに木々が薙ぎ倒され、粉塵が舞い上がる。それに巻き込まれる形で千景は浮遊感を感じ、地面から中空へと放り出された。


 舌打ち混じりに千景は影槍を伸ばし、近くの木に体を固定してどうにかしてそれ以上吹き飛んでいかないようした。粉塵のせいで周囲がどうなっているかはわからないが、それでも周囲へ目を向ける千景はその向こう側にオレンジ色の光を見た。


 ——向こうもこちらを見た。そう直感した。


 直後、その瞳がゆらりと粉塵の中を左右に動き、奥へと下がっていく。入れ替わるようにして前足が突き出され、それは千景が体を固定している木の根本を消し飛ばした。


 「クソ、ったれ!!」


 朱燈を抱え、千景は背後に立つ巨木へ向かって離脱し、間髪入れずにさらに奥へ、その奥の木へと渡っていく。四つほど木々を超えたあたりで影槍をしまい、彼は眼下に見える道路へと足を下ろした。とても細い、車一台がぎりぎり走れるかという隘路だ。


 その道を東に向かって千景は走り出した。


 このまま森を走り回っていてもいずれ体力が尽きるか、影槍の稼働限界を迎える。そう考えた場合、相手と鬼ごっこに興じるよりも、追いかけっこでどうにかして撒いてしまうのが手っ取り早い、と千景は判断した。隘路を選んだのは追ってくるフォールンの体躯を考えての判断だ。縦幅はともかく、胴体だけでも10メートル以上はある横幅の巨体が隘路を突き進める道理はない。なによりあの巨躯だ。一歩一歩の歩幅は広くとも素早いわけがない。あってたまるものか。


 隘路を走り出して間もなく、八本脚のフォールンは林立する木々の壁を突き破って千景のすぐ背後に現れた。しかしその狭さに戸惑ったのか、静止するどころか勢いよく現れたその巨躯は隘路の狭さによってバランスを崩し、斜面の下の方へと転がっていってしまった。


 「お、マジ?らっきー」


 などとガッツポーズをするも束の間、転がり落ちたはずのフォールンの太い足が隘路のガードレールを突き破って斜面に沿う形で千景目掛けて向かってきた。


 身の毛もよだつ奇声をあげ、追ってくるフォールンにさすがの千景も血の気が引いた。峠道で化け物に追われる旅人の気分を味わい、ひぃ、と小さな悲鳴を上げて正面めがけて走り出す。その後ろからおぞましい雄叫びをあげて八本脚のフォールンが追いかけてきた。


 千景の全速力は時速50キロと少しだ。旧時代のアスリート選手並み、その速度を彼は20分間、維持できる。高度一万メートル以上で戦闘できる三半規管を以てすれば不可能な芸当ではない。極限状況でもその速度が出せるのは彼がこういった事態に慣れているからだろう。


 それでも誤算があったとすればそれは八本脚のフォールンの速度が彼の予想をはるかに超えていたことだ。八本脚のフォールンはその体躯に対して決して鈍重ではない。八本の太く長い足を器用に動かし、千景の背中を追ってくる。その速度は千景の全速力を以てしても完全には逃げられないほどだ。


 千景よりもはるかに走りにくい斜面をまるで物ともせず走るその平衡感覚も恐ろしい。斜面に半分、隘路にもう半分の足を置き、ガードレールを挟む形で走る八本脚のフォールンは障害物にぶつかっても減速する様子もない。そも、体が大きすぎて障害物が障害物たりえなかった。


 「ちぃ、ざけろよ!!!」


 振り向きざまに千景はライフルの引き金を放つ。狙わずとも眼球くらいは射抜ける。それくらいの距離、なにより体躯が大きすぎて狙わずともどこに当たる。


 放たれた弾丸はしかし眼球の付近をかすめ、チュンという音を立ててその周辺の土砂を吹き飛ばした。対物ライフルを凌駕する18ミリ弾、泥や木片で防げる道理はなかった。


 土砂が吹き飛ばされ一瞬、その下にあったフォールンの素顔が顕になった。白い仮面の一部が表出し、そこには弾丸が当たった時に付いたであろう、傷跡が見えた。ソレを見て、なるほど、と千景はしたり顔を浮かべた。


 両者の距離は15メートルほど。上位種であればこの距離で仮面に傷はつかない。種類にもよるが、一般に上位種の仮面への銃弾の有効距離は5メートルとされている。


 仮面の強度は内包しているF因子の量に比例する。より多くのF因子を内包していれば、つまり個体のF.Dレベルが高ければそれだけ仮面が固くなり、体も生物とはかけ離れたものになっていく。放射能警報に気を取られて測っていなかった眼前の個体のF.Dレベルをマルチウォッチで測り、千景は自分の推測が正しかったことを確認した。


 映し出された表記はF.Dレベル19。一見すると上位種の中でもより上位の個体のように見えるが、それだと仮面の脆さに説明がつかない。


 ——多分、あの巨躯にリソースを注ぎ込んでいるんだ。


 フォールンのF因子の使い方は多種多様だ。ネメアなら雷撃、ハルピーやオーガフェイスなら進化、バハムートなら巨躯の浮遊に溜め込んだF因子を使う。そうして消費されたF因子のあまりが、仮面の強化に用いられる。より上位の個体ほど内包できるF因子の総量が増え、使えるF因子の余剰が生まれる。


 なら、今千景と朱燈を追っている八本脚のフォールンはどうだろうか。


 バハムートをはじめとした巨大なフォールンというのは珍しくはあるが、存在しないわけではない。だが、その種のフォールンは幼体の頃から大きいことがほとんどだ。ゴアーの幼体のように大抵のフォールンは生まれて間もない頃はやはり小さいし、成長する過程で大きさを増していくことがほとんどだ。


 千景の見立てでは彼らを追っているフォールンは間違いなく後者だ。成長過程で体がどんどんと大きくなるフォールン、必然そのリソースの使い道は体の巨大化にあり、仮面の硬質化に回せるだけの余剰は少ない。


 とはいえ、硬いことに変わりはない。スカリビのように散々廃墟に頭をぶつけさせて仮面をボロボロにするでもしなければ、まず仮面を破壊をする形でのフォールン撃破は不可能だ。


 何か使えないかと千景は周囲へ視線を向ける。


 それまで走っていた木々のトンネルを思わせる隘路を抜け、千景は渓流が真下に見える山道にいた。道の幅が広がり、それに合わせてそれまでは覆い被さるようにして生えていた木々がなくなって、暗かった道が明るさを取り戻した。


 眼下に見える渓流の幅は広い。雨上がりの翌日ということもあってか、水量も多くひどく濁っており、その勢いは凄まじい。


 ——よし、あれを利用しよう。

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