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Vain  作者: 賀田 希道
不思議な国の話
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ビーストハント

 そうと決めた千景は頭の中で思い描いた絵を実現するため、渓流に向かって跳んだ。ガードレールを声、そのまま限界まで影槍を伸ばして、対岸へ向かって彼は飛ぶ。


 川幅は15メートルほど、影槍によるがあってなんとか飛べる距離だ。おそらく、本来はこんなに川幅が広がっているような皮ではないのだろう。連日の大雨による増水で、ちょっとした小川が広々とした沢にまでなったと考える方が自然だ。


 強化兵とはいえ、人間の跳躍力など高が知れている。斜面へ足がつくその刹那、あらかじめ展開しておいた影槍を眼下の斜面に向かって打ちつけ、千景は再度跳躍した。その過程で影槍の一部が砕けたが、構うようなことではない。二度目の跳躍の直後、千景は影槍を変形させ、再度、地面を叩く。硬い岩盤であることが幸いし、その矮躯は三度空中を跳躍し、渓流を挟んだ対岸にある大岩の上に彼は着地した。そしてそれまで背負っていた朱燈を対岸の頂上にある樹林の中へと隠した。


 河川の岩肌に戻った千景は、対岸から八本脚のフォールンを睨む。千景に視線を向ける八本脚のフォールンはぐぅうう、と声にならない声で空間を振動させ、次の瞬間、雄叫びをあげ千景目掛けて爆走し始めた。


 八本の足がザッザと木々一つない斜面を踏みしだき、千景が三跳びで通った道を怒涛の勢いで進んでいく。眼前に映る千景以外は目に入っていないといった有様で、その行動には一切の躊躇がなかった。


 「バカが」


 罵倒と共に千景はライフルを構えた。狙いはどこだっていい。とにかく相手の注意を自分に向けられれば。


 引き金を引く。カチンというか細い音が鳴ると同時に銃身が揺れ、影が銃口から、金色の空薬莢が排出口から吐き出された。


 刹那、血飛沫が舞った。


 「ORRRRRRRRRRR!!!!!!!!」


 音を置き去りにしたマッハ3を超える弾速の銃撃が至近距離で発射され、猛然と突き進む八本脚のフォールンにはそれを回避する術はなかった。弾丸は吸い込まれるようにフォールンの眼球を撃ち抜き、その姿勢を大きく崩した。


 ズサっと前のめりに倒れるフォールンへ続く一撃加えようと千景は次弾を装填する。その直後、悪寒が彼の背筋に走った。咄嗟に彼は上空へ跳んだ。


 その直後のことだ。荒れ狂う濁流を超えて大量の泥と枝葉、そして固められた巨岩がさっきまで千景が立っていた大岩に曲線を描いて降ってきた。周囲四方に泥や木片、岩の破片が飛び、砕かれた大岩はガラガラと音を立てて濁流に飲まれていった。


 目を細め、千景は泥の根元を睨んだ。出どころは言うまでもなく八本脚のフォールンだ。その巨躯から伸びている泥の触腕とも呼ぶべき攻撃を初見で回避できた幸運に安堵しながら、その能力の正体について思考を巡らせた。


 大岩を破壊し、持ち上げられた泥の触腕はビュンブンとしなる。まるで鞭、あるいはモーニングスターとも呼ぶべき攻撃だ。フォールンはそれを千景めがけて振り下ろした。


 砕いた大岩が泥に絡み取られ、より一層威力は増している。銃撃で弾けないこともないが、弾丸が勿体無い。そう判断し千景は頭上の岩肌へと飛び移り、振り下ろされた一撃を回避した。


 打ちつけられた泥の触腕は衝撃によって激しく蛇行した。衝撃による振動は千景に伝わり、その一撃の重さを彼は実感した。同時に、震える触腕に違和感も覚えた。


 生物が体を動かす際、必要となるのは骨格と筋肉、そして関節だ。骨格と関節を無視した挙動は理論上不可能で、筋肉が支えられる以上の物を持ち上げることは叶わない。


 その点で言うならば泥の触腕には関節らしい関節も骨格らしい骨格もない。単純な筋肉の塊が動いているように見える。それこそ影槍と同じように。


 影槍は影槍の本体とそれを覆うスーパーマグネタイトの鱗によって成り立っている。内部にある本体は人工筋肉の塊であり、よくしなり、よく伸び、よく縮む。


 であるならば、泥の触腕にとっての筋肉とはなんだろう。単純に泥そのものが筋肉の役割を果たしているわけもない。そんな超能力めいた力があるなら、泥だけではなく人間の体だって持ち上げられるはずだ。あるとすればそれは——


 刹那。千景目掛けて触腕が振り下ろされた。影槍を駆使して千景は上空へ跳ぶ。逃げ場はない。本来なら避けるべき行動だ。持ち上げられた触腕がアッパーの形で千景に迫る。


 迫る触腕に目掛けて千景はライフルの引き金を引いた。対物ライフルの一撃、それをただの瓦礫で防げる道理はない。一撃で迫る触腕、その先端を覆っていた破片の壁は破壊され、弾丸はより深く触腕を貫いていった。


 貫かれ、触腕を構成していた泥や枝葉が周囲に飛び散っていく。その中に一房、いやもっと沢山の金色の細い糸のようなものがあったのを千景は見逃さなかった。


 続く次弾。電光石火の早業でリロードを済ませ、千景は再度弾丸を放つ。触腕の残った部位は跡形もなく粉砕され、恨めしそうにフォールンは唸った。


 四方に跳んだ泥の一つを拾い上げ、その中にさっき見た金色の細い糸を見つけ、なるほどと得心がいったように頷いた。


 「菌糸。ああ。それで放射能か」


 ある種の菌類は放射能によって成長することから、サンクチュアリでもそういった培養方法が試されている。旧時代には菌類を培養しているアリも確認されているめ、決してフォールンが同じことをしないとは言えない。


 恐ろしいのはその菌糸の使い方だ。菌糸ソレ自体は非常に脆く、軽く左右に引っ張っただけでちぎれてしまう。対して泥の中から現れた菌糸は三つ打ちロープに似た形状になっている。一本一本は細くともこれならばそう簡単に破断することはない。


 この束ねた菌糸に泥や枝葉を絡ませることで泥の触腕を形成しているのだ。菌糸を操作することで関節とか骨格に関係なく操れた理由はこのあたりにあるのだろう。


 からくりがわかれば対処は容易になる。どれだけ菌糸を束ねて強度を高めようと銃撃で断裂することができるなら、それは脅威ではない。


 雄叫びと共にフォールンはさらに無数の触腕を形成する。伸ばされた触腕はさっきまでのより大分細いが、その分、速度がある。ヒュンと振り下ろされた一撃を躱し、千景はライフルを片手打ちで放つ。貫かれ、再び力無く吹き飛ばされる泥の触腕を尻目に千景は再度、八本脚のフォールンへ攻撃を加える。


 攻撃箇所はどこだっていい。当たりさえすればどこでも。歯でも仮面でも、どこだって。


 弾丸は泥を弾き、仮面をかすめた。その直後、なぜかフォールンの雄叫びが渓流にこだました。


 血飛沫が仮面の隙間から迸り、その痛みと混乱から千景めがけて一直線に進み始めるが、すぐに足がもつれ、その巨躯が頭から濁流に突っ込んでいった。水飛沫が舞い、千景はいい気味だとばかりに嘲笑った。


 無論、それで眼前のフォールンがどうにかなることはない。すぐさまフォールンは水面から顔を出し、ガァアアと激しく叫んだ。憎悪の雄叫びだ。しかし、それを上げていたフォールンは千景がさっきまで目にしていた緑色の獣とは違うものだった。


 濁流によって洗い流され、顕になったのは白石がごとき仮面と、それとは対照的な膿んで赤黒くなった甲殻、そして特徴的な二本の鋏を持つ前足だった。まごうことなきカニ、だが多くのカニと違うのは尻から伸びる金色の無数の正体不明の毛類だった。


 それは水の中でも一つ一つに神経が宿っているかのようにゆらめき、わさわさと揺れ動く。一瞬、尻尾にも見えたがカニに尻尾はない。そうなると考えられるのは一つ、尻から伸びている金色の毛類が菌糸なのだろう。


 菌類は水の中でも逞しく生き残る。しかし眼前のフォールンが従えている菌類にその力はないようで、どんどんと弱々しくなっていった。


 チンガードに似た仮面の牙を開閉し、岩上の千景をそのフォールンは恨みがましく睨みつける。見れば、ついいまさっき千景が撃ち抜いたのは仮面と攻殻の隙間だったようで、どくどくと血が流れていた。そんな幸運もあるんだと他人事のように振る舞う千景を他所にカニ型のフォールンは前足改めハサミを振り上げ、勢いよく千景目掛けて振り下ろした。


 予想されうる攻撃、避けるのは容易い。難なく千景は影槍を避け、渓流の斜面の側に降り立った。いそいそと濁流に抗いながらフォールンは姿勢を転換する。そこへ間髪入れずに銃弾を放った。その弾丸は残る最後の眼球を撃ち貫き、たまらずフォールンは大きく仰け反った。


 大仰、しかし確かな隙だ。さすがに視力を奪われてはどんな生き物も立ち行かない。無造作に振るわれるハサミを避け、千景は濁流の中に浮かぶフォールンの頭部へ飛び乗った。


 「往生しな!!」


 そのまま彼はライフルをフォールンの眼孔へ捩じ込んだ。直後、発砲(ファイア)。続いて発砲。二発続けての発砲は確実にフォールンの脳へと達し、それを吹き飛ばした。


 振るわれていた両腕はだらりと力を失い、ドシャンと音を立てて崩れ落ちた。事切れたフォールンの上で大の字になり、千景ははぁーっと大きく息を吐いた。


 見上げた空は太陽がゆっくりと西に傾き、うっすらとオレンジ色の雲に彩られていた。


今話で登場したフォールン


 オーラカブリ:中位種。千景が退治した個体は全高20メートルを超える超大型で、覇種の一歩手前にまで差し掛かった稀有な個体。


 普段は泥や落ち葉、草木に岩と自然界にあるものはなんでも纏って生活している。纏っている植物群や泥はカモフラージュであると同時に後述する菌糸によって操る武器でもある。


 体内に放射線を発生させるF器官を有しており、これによって菌類を培養し、栄養分とするとともにいくつもの菌糸を束ねて体にまとっている泥や植物群を操るための筋肉としても扱うことができる。


 脱皮を繰り返すことで体を大きくしていくフォールンで、千景が相対した個体は10年以上の長い年月を経た姿である。通常種はせいぜい全高10メートル前後。

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