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Vain  作者: 賀田 希道
【見知らぬ大地と獣たちについて】
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ブレイク・ライクⅢ

 現れた竟と玲はどちらも私服姿だった。竟はカジュアルでボーイッシュな雰囲気を感じさせる服装、玲は肩を覗かせた長袖のトップスとロングスカートというイケイケなファッションスタイルの服装だった。


 どちらも柔和な笑顔を浮かべ、両手にいくつもの手提げ袋をぶら下げていた。買い物帰りであることを伺わせる二人は「ご一緒しても」と聞いてきた。にべもなく嘉鈴はうなずくが、うなずいた直後に四人席であることに気がついたのか、バツが悪そうに口をへの字に曲げた。


 「ああ、それなら私帰りますので」


 好機とばかりにクリスティナは自身の荷物を持って席を立とうとする。しかし彼女を竟が制し、近くの八人用の半円型の席を指さし、そこに移動しようと提案した。じゃぁそうしよう、と嘉鈴は頷き近くの店員に席を移動する旨を伝えた。


 ガヤガヤと騒ぎながら少女達は移動し、どかりと席を占領する。新しく注文した代用紅茶を待つ傍ら、改まって竟は自身と玲について、クリスティナに紹介した。これまで顔を合わせる機会は何度かあったが、ちゃんと話したことがなかっただけにクリスティナにとってはありがたい配慮だった。


 「改めて、朝宮 竟です。言葉をかわすのがこれが初めてかな?よろしく、クリスティナちゃん」


 屈託のないひまわりのような笑顔を浮かべながら竟は右手を差し出した。その手を握り、クリスティナはその違和感に眉を顰めた。


 まるで銃器など握ったことがない、と言わんばかりの柔らかい手。兵士に見られる掌や関節の硬さ、肌荒れなどはなく、まるでぬいぐるみを握っているかのような暖かさを感じた。


 「こちらこそよろしくお願いします、朝宮隊長」


 軍階級の上で竟とクリスティナは上官と下僚の関係にある。本来なら常時敬語でしかるべき立場のはずなのだが、それを煩わしいとでも思っているのか、竟はいーんだよ普段通りで、と軽い調子で断った。


 「私は久慈潟(くじかた) 玲です。よろしく、クリスティナさん」


 対照的に竟に続いて握手を求めてきた玲はどこか他人行儀でお堅い雰囲気を漂わせていた。上司に比べればとっつきにくいが、むしろクリスティナからすればありがたい気質の人物だった。彼女とも握手をかわし、その手が兵士の手であることをクリスティナは確認し、心の中で安堵の息を漏らした。


 「にしてもアレだよね。随分な偶然もあったもんだよね」


 運ばれてきた代用紅茶、茶葉ではなくブロックフード系列の技術を用いた液体飲料を飲みながら、ふと竟がそんなことを口にした。どういうこと、と聞いたのはパフェ味のブロックフードを齧っている嘉鈴だった。


 彼女に問われて、竟はだってさー、と前置きをしてその理由を答えた。


 「私と玲ちゃんがアザリャのこと話してたら、ちょうど朱燈ちゃん達もアザリャのこと話してるんだもん。これは運命感じちゃうよね」


 「そー?よくあることだと思うけど?」

 「まぁ、なくはない確率ですよね」


 朱燈がぶっきらぼうにいちゃもんをつけ、それに玲が同調する。あんまり運命とか占いとか信じてなさそうな二人に否定され、困ったように竟は肩をすくめた。


 「お二人はどんな話を?」

 「んー?いやワールドツアーのコンサートチケット当たればいいなーって。前みたくスタッフとして会場入りできればいいんだけどね」


 ねー、と竟は笑顔で嘉鈴に同意を求める。しかし、嘉鈴はむすっとした表情を浮かべ、うーん、と低い声で唸った。普段明るいばかりの彼女を見てきただけにクリスティナはその豹変ぶりに瞠目する。竟は「あ、やべ」と藪蛇を突いた高校生のように視線を逸らそうとした。


 ——しかしテーブルを跨いで伸びてきた嘉鈴の手に頬を捕まれ、強制的に彼女と目を合わせられてしまった。


 ギュオっという空気を切る音が聞こえた気がしたクリスティナは思わず「ほへ」と間の抜けた声を漏らし、二人を交互に見た。


 片や血管が浮きでるんじゃないかってくらい、顔を真っ赤にしている嘉鈴。片や真っ青でだらだらと汗をかく竟。そして我関せずとばかりに世間話を始める朱燈と玲を尻目に、火中の二人に挟まれたクリスティナはどぎまぎしながら、ことの成り行きを見守った。


 「いーい、竟。ファンっていうのはね。そういう裏技を使っちゃいけないの。わかる?一度でもその歌声に魅了されたら、数多いるファンと同じ土俵でその声を聴くために努力しないといけないの」


 「あ、あい」


 「推しのストーリーにファンは関与しちゃいけないの。ファンが関与していいのは推しがファンの方を向いてくれた時だけ。それわかってるよね?」


 「あい」


 「スタッフとして潜り込むとか一番やっちゃいけないことだかんね?そんなことしてまで推しの声聴きたい?仕事の片手間に?それって不誠実ってもんじゃない?失礼でしょ、推しに。それから同じファンに」


 「あい」


 むぎゅっと掴まれてタコみたいになった唇を必死にパクパクさせてものすごい剣幕の嘉鈴に対して、竟は必死になって肯定し続ける。あほくさー、と朱燈がぼそっとこぼし、まーわからんでもない、と玲は腕を組みながら嘉鈴の意見に同意した。


 その後もクリスティナを挟んで嘉鈴による竟への推し語りは続いた。大体二時間半くらいで、その間クリスティナはほとんど身動きが取れなかった。


 ——ああ、もうこいつらとショッピングとかしたくねー。


 次からは千景とかクーミンを誘おうと固く誓った。冬馬は着任早々しょうもない下ネタを言ってきたからそもそも候補に上がらなかった。


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