ブレイク・ライクⅡ
「なんの話ですか?」
言っている意味がわからないクリスティナは首を傾げ、眉をひそめた。質問に質問で返す彼女に嘉鈴はほのかな微笑を浮かべた。
「例え話よ、例え話!クリスちゃんはなんかの依頼で三日三晩戦えって言われて戦えるタイプかーって質問」
「え?えーっと。まぁ内容は確認しますけど、多分やるんじゃないですか?」
小休止を挟めばできるだろう、と心の中でつぶやき、彼女は首肯する。できると語る彼女の弁を受け、満足げに嘉鈴は頷いた。
「うん。多分、そこでパフェ味のスティックかじってる朱燈ちゃん以外は大抵の傭兵はそれができる。あーちなみになんで朱燈ちゃんが無理かって言うと、この子はそういう依頼は受けたがらないから。千景くんがいるなら話は変わるんだろけどねってぐぎゃ」
軍用ブーツではなく普通のスニーカーだが、ヴィーザルの強化兵に蹴られれば常人では足の骨が折れる。同じ強化兵でも痛いと感じるほどなのだから。
「話を戻すね。えーっと。そんな長期間の戦闘の依頼を受けました!そして依頼終わりました!その時の体のコンディションってどう?」
足をさすりながら涙目で嘉鈴はクリスティナを見る。少し考え、クリスティナは答えた。
「普通に考えれば疲れてるんじゃないですか?」
当たり前だが、影槍遣いと言えどロボットではない。疲労は蓄積するし、休み休み戦わなければパフォーマンスに支障が出る。
答えたクリスティナを指差し、まさしくその通り、と声を大にして嘉鈴は叫んだ。喫茶店内の何人かが振り返ったが、気にするそぶりを彼女は見せなかった。
「つまり、今のあたし達はまさにそういう状態なわけ。連日の任務、連日の出勤。出番がなくても心はすり減る。そういう精神的な不調とか、体調の悪化とかって仕事場に持ち込みたくないでしょ?つまりこれはガス抜きなの、ガス抜き」
真面目すぎるのも考えもんだもんねー、と嘉鈴は付け加える。
「屁理屈っぽくありません?実際、今日も千景とミリアーゼ隊員は狙撃訓練に出てるじゃないですか。確か、今日はあの二人も休みですよね」
早朝、ヴィーザルタワーのエレベーターで千景と出会した時のことをクリスティナは回想する。右脇にクーミン、左脇に彼女のライフルが入ったバッグを抱え、右肩に自身のライフルが入ったバッグ、左肩に大型の登山用バックパックを背負った過積載状態で入ってきた彼はクリスティナとは入れ違いにエレベーターへと入り、地下訓練場のボタンを押していた。
クリスティナが街に繰り出さねーかねーちゃんと朱燈、嘉鈴の二人に誘われたのはその直後のことだった。休みの日ではあったが、やることもなかったのでフォールンの分布図を作ろうと出社した矢先のことだった。
出社していた証拠に他二名が私服なのに対して、クリスティナだけは白い防寒ジャケットを羽織った仕事着だ。あまり街中を散策する格好ではなかったが、替えもないし嘉鈴セレクションの耽美系スタイルも気に食わなかったので、今の今まで彼女は着替えていない。
「まー千景はクーのお師匠様だからねー。心配なんでしょー」
オーバル端末を覗きながらけだるそうに朱燈が応える。見れば、片側のイヤーキャップを切っていた。無線通話モードでもないのに声が聞こえたのはそのためだ。
「お師匠?それは狙撃のということですか?」
「そそ。一番弟子って感じ?ま、無理やり狙撃科に転向させたくらいだもんねー。思い入れも人一倍あるんでしょ、きっと」
なんですそれ、と興味が惹かれたクリスティナは真顔で問う。問いかけられ、朱燈は考え込むそぶりを見せる。話すべきか、話さないべきか。少し考えた後、朱燈が口を開きかけた時、二人の会話に嘉鈴が割って入った。
「ちょっとちょっと!あんまり野郎の話しないでよ。どーせならガールズトークしましょ」
「がーるずとーくぅう?なに話すの」
「んー。最近気になってるアイドルとか?」
「今時アイドルって。あーまーそれでもいーけどさー」
相手の顔色を伺うように朱燈はクリスティナを一瞥する。口を閉したまま、瞑目する彼女はどうぞ、と言いたげに左手を振った。
「じゃぁお許しも出たことでアイドルについて話そうか!」
「アイドル、ですか」
渋面を浮かべながらクリスティナはうーんと唸った。アイドルと言われてパッと思い浮かぶ人間がいない。強いて言うならアザリャ・リガースギルドとかかな、とこぼすと、案の定嘉鈴は食いついてきた。
「いいね!アザリャ・リガースギルド!確か、北欧のお姫様でしょ?」
「あー。なんだっけ。今ワールドツアーやってんだっけ」
アザリャ・リガースギルドという名を聞いて朱燈も反応を示す。さして他人の予定に興味を示さない朱燈がイベントごとを記憶しているほど、有名な人物だからだ。
北欧風味を感じる明るいメロディを主軸とした歌声の力強さと美しさが際立つアザリャ・リガースギルド。歌声の素晴らしさもさることながら、何より大衆の心を鷲掴みにしたのはその天性の美しさだろう。それは顔に限らず、肉体美という意味での美しさだ。メイクや整形技術が発展した23世紀にあって、なお際立った美しさが彼女にはあった。
白銀の長髪、均整の取れた顔立ち、海の泡いを削り取ったかのような薄蒼の瞳、唇は小さく、首は細い。手足の長さは言うに及ばず、引き締まった張りのあるプロポーションは見るものを魅了する。
加えて旧北欧王国の姫であるというバックグラウンド、慈善事業に自ら参加する利他の精神、多数の言語をマスターする博学な人物性。美点を挙げれば数限りなく、その影響力は世界の垣根を超えている。
「そーいや、今度東京サンクチュアリにも来るんだっけ?」
「ええ。函館サンクチュアリでの公演を終えた後に。確か、一ヶ月後とかだったかと」
コンサート楽しみです、とクリスティナは素直に答える。実際、アザリャのコンサートは魅力的な面が多い。
まずコンサート会場に入るためのチケット代がかからない。会場に入るためのチケットは全て抽選サイトでランダムに決められ、申請者の手元に届く仕組みだ。加えて、コンサートそれ事態はライブ配信される。コンサート当日になればサンクチュアリ内のホロディスプレイにコンサート会場のステージが映し出される仕組みだ。
いつでもどこでもアザリャのライブを。そんな謳い文句で瞬く間に人気を博した彼女のコンサートだが、しかしまるっきりタダというわけでもない。
「利権団体とか、人道支援グループとかとズブズブだからね」
「そうなんですか?」
説明を求めるクリスティナに嘉鈴は冷笑を浮かべながら、そーだよー、と返す。
「コンサート会場で売られてるグッズとか、飲食物とか。あれ、定価よりも高いんだよねー。知ってるやつはそうそういないけど」
「その口ぶり、一度行ったことが?」
「いや、スタッフとしてね。警備的なやつ」
フェアトレード・マネジメントという人道支援策の一種だと嘉鈴はその時にコンサートスタッフから聞かされた。曰く、持つ者から持たざる者へ、と。
「だからあーいうのはあたしは」
「——好きじゃない?」
嘉鈴の声に被せて別の声が聞こえてきた。振り返るとそこには濡羽色の長髪を後ろで束ねた少女、朝宮 竟ともう一人、黒髪でミディアムボブの少女、久慈潟 玲が立っていた。




