第九章 涙の秘宝
真理子からの大発表! しかも秘宝に関係がある! みんな、真理子の背中を追って八幡宮へ急いだ。
道脇に立つ大きな鳥居の前にきた。
真理子は一礼をすると、鳥居をくぐり中に入っていった。
「ほー、感心だな。ちゃんと一礼して入ったぞ」
崎村老人と他の子どもたちも一礼をして鳥居をくぐると、真理子のあとを進んだ。
鳥居をくぐると、広い敷地は駐車場となっていた。入り口から続く敷石で造られた道を歩くと、先に見える鳥居に着く。
鳥居は二基建っていてすぐに階段がある。右側の鳥居の先には、 階段が右と左に分かれていて、真理子はその少し手前でみんなを待った。
真理子は、みんなが着くと、いつもの笑顔で口を開いた。
「崎村のおじいちゃん、この八幡神社はどんな神様が祀られてると?」
「この八幡宮のご本殿は、この鳥居をくぐった右側の階段を登った先にある。御祭神は、たくさんおられて覚えるのは難しいが、神功皇后、仲哀天皇、応神天皇、姫大臣、竹内宿禰だ。
由来は神功皇后が三韓征伐から帰られた時に、さっき登った清水山が神の山だと言われ、祭祀を行い、外国の侵入から対馬を守るために祈ったと言われている。
それと、鳥居の左側の階段を登ったところにも、いくつか鳥居と社殿がある。順番に参って行こう」
崎村老人の先導で、八人は鳥居をくぐり、まずは本殿で参拝を終えた。本殿を出ると、いったん階段を下りて鳥居の外に出た。そして、もう一度、鳥居をくぐると、今度は左側の階段を登った。
八幡宮とつながった山際の土地に、平神社があり、その隣に宇努刀神社がある。それぞれに二拝二拍一拝をして参拝した。
一番左側のお社に来た時に、
「ここには、宗義智の奥様、小西マリアが祀られてると」
突然、真理子がみんなの方を見て言った。
「小西マリアって、クリスチャンだよね」
宗太が小さくつぶやいた。
「そう。キリシタン大名として知られている小西行長の娘で、熱心なクリスチャン。
宗義智の奥様になり、この対馬に住んでたとよ。義智も洗礼を受け、洗礼名をダリオというの。
マリアは、対馬で幸せに暮らしていたんだよ。だけど、世の中は戦争ばかりの時代。
マリアのお父さん行長と、義智は豊臣軍を応援してたから、関ヶ原で豊臣が負けちゃった時、マリアのお父さんは処刑されて
......」
真理子は涙ぐんで言葉に詰まった。
涙がほほを伝う。何度、ぬぐっても涙が止まらない。
「マリコチャン」
ワン・ルイファが真理子の背中に手をあてさすった。
「ありがとう、ルイファ。
もう大丈夫……。
そして、マリアは長崎に追放されたと。その時に義智との間にできた子ども達も一緒に。
それが私のご先祖様」
「えーーーっ」
驚きのあまり、神社中に響き渡るかと思われ声で、みんながいっせいに叫んだ。
「マリアはそのあと、しばらくして病気で亡くなるんだけど、あまりに痛ましいマリアの死を悼んで、対馬の皆さんがここで祀ってくださった。
本当にありがたくって涙がこぼれると......」
そういうと、真理子はすすり泣いた。
「真理子ちゃん、よく頑張ったね。義智公のご苦労とマリア様の辛い身の上。
個人ではどうしようもない時代の大きな流れの中で、本当に辛い思いをされたお二人だ。
義智公とマリア様のことを、対馬の劇団の皆さんが「対馬物語」というミュージカルで上演しておるぞ。機会があると一度見て欲しい。
感動の舞台だ。その時代のことが、よぉ描かれておる。のちの朝鮮通信使につながる朝鮮との国交回復への努力もわかる」
「真理子、また対馬にきて、そのミュージカルをぜひ観てみたい。
今度はママや妹のマキちゃんも一緒に」
「真理子ちゃん、妹がいるんだ!」
「うん。八歳で、マキちゃんて言うと。可愛いとよ」
妹の話になって、やっと真理子に笑顔が戻った。
「それと、ママから預かって来た大切なものがあると」
「そ、それって、ひ、ひほう?」
ひっくり返しになりそうな声で、雄太が身を乗り出した。
真理子は大きくうなずいた。
みんなは顔を見合わせた。
真理子は、肩からななめにかけたバッグをあけた。
みんなの目は真理子のバッグに集中し、息がとまったかのように身動き一つしない。
「これよ」
真理子はバッグの中から、薄いむらさき色の袋をとりだした。
そして袋のひもをほどき、中から取り出して見せた。
「わー、豪華な十字架!」
ネックレスのようになった十字架には、宝石のようなきれいな石が埋め込まれ、輝きを放っている。
「ロザリオっていうとよ。お祈りの時に使うもの」
「そのロザリオは?」
「これはね......」
真理子は目を閉じて、また泣きそうになった。
「これは、マリアが対馬を離れないといけなくなった時に、義智さまがマリアに渡したものやと。自分の代わりに、マリアのそばにいつもいるからって......」
真理子はまたすすり泣いた。
みんなも真理子の涙にもらい泣きしながら、マリアを祀った鳥居の前で、手を合わせた。
「真理子ちゃん、大事なものだ。もうしまっておきなさい」
真理子はうんとうなずくと、ロザリオを袋に入れ、バッグの中にしまった。
「じゃあ、改めて参拝しよう」 八人は、マリアが祀られている祭殿の前で、いつもより長く手を合わせた。
「さぁ、いったん家へ帰って、今日は朝鮮通信使の歩いた道をたどろう」
厳原八幡宮神社をあとにして、みんなはいったん崎村老人の家へ戻った。
お昼ごはんをすませると、テーブルの席に集まった。
「真理子ちゃんが話してくれたおかげで、秘宝の一つが見つかった」
「わたし、これが秘宝の石って知らんやったと。だけど、みんなと対馬を回りながら、崎村のおじいちゃんの話を聞いてるうちに、 きっとそうだと思って、清水山城跡に登った時におじいちゃんに話したと。
おかあさんからは、義智さまのお墓で、ロザリオを見せてあげて ねと言われてたから、対馬にきた意味は、ただそれだけだと思ってたとよ」
「真理子ちゃんのロザリオを見て、義智公も嬉しかったと思うよ。
たぶん、涙を流して喜んだはずだ」
崎村老人は首をふりながら、真理子の方を見た。
真理子も嬉しそうに大きくうなずいた。
「じゃあ、まずは近くにある雨森芳洲先生のお墓から参ろうか」
崎村老人の家を出て、右に行くと、すぐに小さな橋がある。
橋を渡り、左に曲がったあとは、川沿いの道をまっすぐに歩いた。
しばらく行って、道にぶつかったところで崎村老人は立ち止まった。
「この道を右に真っすぐに行ったところに、長寿院というお寺がある。さぁ、行こう」
お寺はちょっと歩くと左手にあった。横に駐車場があり、その敷地内に『雨森芳洲の墓』と書かれた看板がすぐに目に入った。
敷地内を見渡すと、駐車場の奥にはお墓がいくつかあり、その脇に山に続く道が見えた。雨森芳洲の墓と書かれた矢印がついた案内板が立てられていたので。そこから登るのだとすぐにわかった。
「え! お墓は山の中にあるんですか?」
「そうじゃ。けっこう険しい山道だから覚悟して登れよ。あはは」
崎村老人はふざけたように笑いながら言った。