第七章 朝鮮通信使の歴史
万松院を後にした八人は、来た道を戻った。少し歩くとすぐに、朝鮮通信使歴史館という看板のついた建物の前についた。
「朝鮮通信使。
対馬の歴史、特に鎌倉以降、宗家が対馬を治めた六百年間の歴史を語る時、これをなくしては語れない。
朝鮮通信使歴史館の建設はな、もともと松原さんという方が考案されたのを対馬市がひきついで建てたんじゃ」
真剣な表情の崎村老人を見て、わいわい騒ぎながら歩いていた子ども達も、しんとなった。
少し坂になった入り口の階段を登り、建物の中へと入った。
ドアを開けると、男性がいて、にこやかに挨拶をした。
「おお、崎村さん。今日は大勢子どもたちを連れて来てくれてありがとうございます」
「こんにちは」
まず、大きな声であいさつしたのは、剣道一家で育ったみつる。
「ははは。元気がよいですねぇ」
「こんにちは」
「こんにちはー」
みんな、みつるに続いて元気よくあいさつした。入口にはいると、赤い衣装を着た人形がいた。
「当時の通信使の着ていた衣装を復元したものです」
一つ目の部屋には、朝鮮通信使の歴史について、またそれについて関連のあるものが展示され、説明文が書いてあった。
宗太はじっくりと読みながら進んだが、他の子ども達は、すぐに次の部屋に進んだ。
奥の部屋はビデオが流れていて、通信使についての説明の映像が繰り返し流れていた。
「おれは、テレビっ子だから、やっぱりこれじゃないと、よぉわからん」
「わたしもー。難しい漢字がいっぱいだから、ここで勉強するー」
真理子と雄太はすぐにビデオの部屋で、通信使についての説明を聞いていた。
みつるは、宗太とともに通信使の資料や展示物を興味深く見て、時々うなずいたりしている。
「宗太君」
「ん? なに、みつる君」
「ぼく、宗太君にあやまらないといけない」
「えっ! なんで」
「......」
「今度、ゆっくり話すね」
「えー。なんだよ。もったいぶって」
「うん。ごめん」
「わかったよ」
宗太はいぶかしげにみつるを見た。
「宗太にみつる、たくさんの資料があるが、わかるか? さっき 行った万松院に眠る方々のした偉大な仕事じゃ。本当にすごいとしか言いようがない。
わしは、これを大河ドラマにしてもらいたい。それがわしの夢じゃ」
崎村老人は、突然二人の間に入り、両方の顔を見ながら言った。
側にいた歴史館の男性も笑いながらうなずいた。
「対馬は朝鮮との交易で成り立ってきた島じゃ。しかも、日本の島として、朝鮮半島との外交のほとんどを担ってきた。
政権が変わるたびに、その方針にも合わせないといけない。外交貿易。侵攻と防衛。諸刃の刃となる場所に対馬はあるからこそ、利も得るが、痛手も負う。
そんな中を生き抜いてきた対馬藩。そこには優秀な人材もたくさん集まった。
その中でも雨森芳洲先生は最大の偉人であると思うとる」
「あめのもりほうしゅう?」
「そこのコーナーに説明もあるが、滋賀県長浜市のご出身だ」
「滋賀県 」
「そうだ!」
「様々な勉学を積み、外交の重要な拠点である対馬藩の役に立ちたいと対馬にきてくださった。
雨森芳洲先生がいなかったら、もしかしたら対馬藩も日本もあやういところだった。それほどの人物だ。
そして、何十年もかけて、この朝鮮通信使の歴史を掘りおこした方がいる。さっきも言うたが、朝鮮通信使歴史館を建設しようと動きだされた松原さんという方だ。」
「へー、松原さんて、どんな方なんですか?」
みつるが、興味深そうに崎村老人の顔をみてたずねた。
「松原さんは、対馬出身で、対馬と福岡の航路を結ぶ商船会社の創立者じゃ。そして、この朝鮮通信使という史実の素晴らしさを世界にしらしめた方でもある。」
「松原さんて、すごい方ですね」
二人は神妙な顔で崎村老人の話に耳を傾けた。
「1990年というと、お前さんたちは、まだ生まれておらんな。
その年に、当時韓国の大統領だった盧泰愚氏が日本を訪れた時、晩さん会でのスピーチの中で、対馬の朝鮮通信使のことに触れた一文がある。
『対馬とは、歴史的に長い交流を重ねてきた。朝鮮通信使が行われ てきた時代は争わず平和的な交流が築けた。
それは、雨森芳洲の信条である「誠信外交」があったからであり、これからも両国にとって大切である』と。
これを聞いた松原氏は「これだ これからの 時代はこれが重要になる!」と、ひらめいたそうだ。
それから、朝鮮通信使に光をあてる活動を開始された。
はじめは、日本と韓国において、朝鮮通信使に縁のある土地や人を訪ねた。一つずつ、一人ずつ、まるで点をさがす地道な活動だったという。
それが、いつしか線となり大きな渦となって、2019年にはユネスコ記憶遺産登録という大偉業を達成されたのだ。
ん? ところで他のもんはどうした?」
「あちらの部屋です」
宗太とみつる以外の五人は、ビデオの部屋で流れる映像をじっと見ていた。
「どうだ? 少しはわかったか?」
「うん。よくわかった! 宗家のお殿様は本当にご苦労されたんだねー」
真理子の妙に大人っぽい言いかたに崎村老人は思わずふふと笑った。
「崎村のおじいちゃん、なにがおかしかとね」
少しふくれたように真理子がいうと、まわりにいた子どもたちも笑った。
「八幡神社に行く前に、朝鮮通信使の接待役として、宗家の方々が、おもてなしに使ったお城跡や庭園があるから、そこも見ていこう」
朝鮮通信使歴史館を出て、来た道を戻ると、左側に近代的な博物館がすぐに目に入る。
博物館の手前には広場があり、お城の門のようなものが建っている。
「これは、ここにあった金石城(金石じょう)というお城の門だ。
一度は火災で焼 けたが、最後の通信使を対馬で接待するときに再建された歴史ある櫓門だ。
さぁ、ここをくぐろう。城跡と旧金石城庭園があるぞ」
「わー、すごい! 立派な門だねー。ここには秘宝の石のヒントがあるかもねー」
たけるが、目を輝かせながら小走りで先を行く。
「まってー」
真理子はあとを追っていった。道なりに進むと受付があった。
「今は無料で入れますよ。どうぞー。庭園内は道が狭いから気をつけてくださいね」
受付のおじさんがにこやかな顔で子どもたちを見ながら言うと、パンフレットを渡してくれた。
庭園の入り口のドアを開けて進むと、岩がいくつも施された池が真ん中に見えた。回りに植えられた木々の緑と、岩と水が調和した美しい庭だ。
「この庭園を、朝鮮通信使でやってきた朝鮮王朝の人たちもながめていたのかぁ」
宗太がぽつりとつぶやく。
みつるは万松院を出てからあと、宗太の側から離れない。
崎村老人は庭園の中を眺めながら「そろそろだな」とつぶやいた。
庭園の中の道を歩いて外にでると、
「あー、さっき行ったところだ」
みつるが指をさした。
「そうじゃ。万松院だ。
この横に流れている川が金石川と言う名前で、この川沿いに建てられた城だから金石城というんだ。そしてこの庭も金石城庭園という。
さっきくぐった櫓門から庭園の間の周辺にお城があった。万松院で参った義智公は、このお城で亡くなられた」
「ここで亡くなったと?」
「そうだ。御殿はこの隣にあるグラウンドのところにあったそうだ」
珍しく真剣な真理子の顔。
真理子は、目を閉じ手を胸の前で組んだ。
「真理子ちゃん、なんしよっと? お祈りのまねー? あはは。おもしろー」
雄太がふざけて言っても、真理子はだまったまま祈っている。
「真理子ちゃん......。どうしたと」
みんなの驚きの視線が真理子に注がれた。
時間が止まったかのように祈り続ける真理子。
「まりこ、どうしたの?」
心配そうにワン・ルイファが真理子に声をかけた。 何が起きたのかわからないみんなは戸惑うばかりだ。
それから10秒くらいの静かな時間が経ったあと、ぱっと目を開けた真理子は無邪気に笑った。
「へへ。ごめーん、宗家の皆さんに秘宝の石が見つかりますようにって祈ってたのー」
「もう、びっくりさせんなよ。真理子ちゃんがおかしくなったかと
思って、マジおどろいたけんねー」
雄太が腕を組んでにらむように笑った。
崎村老人は何も言わず子どもたちを見つめると、ふっと笑顔になり先に進んだ。
「博物館の前に出たよ」
たけるが指をさし、崎村老人のほうを見た。
「ん、今日は先に、この上にある清水山城跡に行こうと思う。朝鮮通信使にも関係あるからな。
博物館はまた今度にしようと思うが、雨森芳洲先生の『誠信之交隣』の碑があるから見ていこう」
庭園からの道を進むと、先の方に大きな丸っこい石に文字が刻まれた碑が見えた。
「せいしんのこうりん?」
たけるが声を出してよんだ。
「ここに説明が書いてあるよ」
宗太が優し気にいうと、みんながその周りを囲むように集まった。
崎村老人は、コホンと小さく咳ばらいをすると話し始めた。
「雨森芳洲先生は、さっきも話したが、今の滋賀県長浜市という所でお生まれになった。家業は医者で、幼いころから勉学に励まれた優秀なお方だ。
七歳で江戸に行き木下順庵という学者の元で儒学を学び、師の勧めもあり、対馬藩に仕えたと書いてある。
芳洲先生は相手を知るには、相手の国の言葉や文化を知る事が重 要と考え、朝鮮語、中国語を学ばれた。言葉においてもとても優秀で、第9回朝鮮通信使のときの旅を記録した「海游録」に、芳洲先生の活躍ぶりが書かれているそうな。
「交隣提醒」(こうりんていせい)という先生が書いた本があってな、そこには、互いにあざむかず、争わず、誠実と信頼が大切、と書き記されておる。
人も国も同じだ。相手の立場を尊重して、理解し、大切にしあうということじゃ。それが、今新しい時代になっても大切であるからここに碑を記すと書いた文章じゃ。
今日は、今から清水山城跡に登って、そのあと八幡神社へ行く。
そして、いったん帰ってご飯を食べたら、雨森家の菩提寺の長寿院へ行き、みんなでお墓に参ろう。」
博物館の前の道を戻ると、『マツモトキヨシ』という薬局がある。 その手前の道を左にはいると、左手に急な坂道が見え、『清水山城跡』と案内の標識が見える。
ちょうど、博物館の裏手を登っていく道だ。
「ひゃあ! すげぇ坂道」
雄太がのけぞりそうになった。
コンクリートで舗装はされているものの、すごい急こう配だ。
「真理子ちゃん、大丈夫? 登れるかな?」
たけるが心配そうに真理子の顔をのぞきこんだ。
「大丈夫だ! この前登った時は、五歳くらいの子もおったぞ」
崎村老人が不安そうな顔をした真理子を見て肩をポンとたたいた。
真理子はなにかを決意したように、崎村老人の顔を見てうんとうずくと、たったったっと登りはじめた。
「第一号の秘宝に会えるかな」
張り切って歩く真理子を見ながら、崎村老人が小さくつぶやいた。