第9話 行きますか
「人を好きになるって、すごいことなんだね。」
美術室でスケッチブックに線でも円でもない何かを描きながら、私は呟く。
「どしたの、急に」
隣の席で同じようにぐるぐるさせているみのりが言う。
「だってさ、本堂さんは穂積が好きで、それが勢い余って、
あんなことをしたわけでしょ。
普通に考えたら、ブレーキがかかるはずじゃん」
あの日指導を受けた本堂さんは、人を傷つけたわけでは無いという酌量もあり、二週間の停学という処分が下されていた。
これについては、まあそんなものだろうという意見と、退学処分が妥当だという意見とがあった。
私は前者で、みのりは後者だった。
「みんなの心に深い傷を残したんだから、退学すべきよ」
その内容を中標津先生が知らせた直後、憤然となったみのりは、なんだかたくましく見えたものだった。
「ブレーキが壊れちゃうのが、恋ってやつですよ、お嬢さん」
みのりがにやりと笑って私を見る。
「それじゃ、アイディアのアクセルが壊れてる今の状態は、なんて言うんですかね、お姉様」
そう言いながら、私は黒板の隅に貼られた紙を見る。
そこには、夏の展覧会、テーマは「動」、〆切は7月中旬と書かれている。
「スランプ……とは違うか。バーンアウト、ってやつかな」
「展覧会のあとはいつも燃え尽きた感があるけど、今回は大きいなぁ」
私はペンを置いて天井を仰ぐ。
「なんか、こう、刺激というか、気分転換というか、何かが必要だね」
「そう言われたら、あそこに行くしかないね」
私とみのりは目を合わせて、お互いににんまり笑った。
「行きますか、ミルフレ!」
校舎から徒歩五分の距離にあるミルキーフレンド、通称ミルフレは、私達グドコー生御用達の、憩いのスポットだ。
せいぜい5、6人しか入れないくらいの小さな小屋で、学生向けの値段設定をしたソフトクリームやスイーツ、軽食などを提供しているミルフレには、私達も例に漏れずお世話になっている。
中標津先生に一言伝えて、私とみのりは気分転換に出かけた。
お店にはいつものおばちゃんがいて、私達を見ると手を振ってくれた。
ここに来ると、私はいつもソフトクリームを大きめのカップに入れてもらう。
なにせ、ここではコーンフレークやらチョコスプレーやらが無料で掛け放題なのだから、頼まない手はない。
みのりはみのりで注文するものが決まっていて、ソフトクリームにホットコーヒーをかけてもらう。アフォガードというスイーツなのだそうだ。
いつものを食べながら、私達は初夏の暑さを口の中の冷たさでごまかす。
もちろん、この時間を過ごしたからといって、すぐにクリエイティブな発想に恵まれるわけじゃないことは、私もみのりもわかっている。
でも、たまにはこんな時間を過ごすのも青春っていう感じがして、私は好きだった。
それぞれが心を元気にさせるための時間が流れる。
「転校生らしいよ」
お店の前を通る生徒の話し声が耳に入る。
私とみのりは顔を見合わせて、つい聞き耳を立て始める。
「すごかったね」
「モデルみたいだった」
声の主たちは遠ざかって行って、それ以上の言葉は聞き取れなくなった。
「年度が変わって間もないのに、転校生が来ることなんてあるんだね」
みのりの言葉に、私は同意した。
「グドコーは、夢がある若者だったらどんどん受け入れちゃうから、そんなに珍しいもんじゃないよ」
おばちゃんだった。
「去年はいなかったから、あんた達にとっては珍しいだろうけど、私らみたいに昔からグドコーを知っている人間からすれば、去年が珍しかったって感じだね」
へぇ、と答えながら、私とみのりはまた顔を見合わせる。
「ついでに、そのモデルさんを見てから戻る?」
みのりの提案に、私は頷いて応えた。
どこにいるのかまでは聞き取れなかったけれど、まあ、学校に戻れば人だかりが出来ているだろうし、すぐに分かるだろう。
おばちゃんにお礼を言って、私達はお店を出る。
ものの数分で校舎に戻ると、噂の主は体育館にいるらしいことが分かった。
小屋に道具を探しに来たついでに、体育館を覗いたっていうていにしようと企てて、私達は
足を向ける。
体育館の非常口はいつも通り開放されていて、そこに人だかりが出来ているのもいつも通りだった。
この前来たときと違うのは、本堂さんの姿がないことくらいだろうか。
いや、雰囲気も、少し違う感じがする。
女の子たちが、騒ぎ声をあげていない。
私とみのりは人の壁の隙間から、体育館の様子をうかがう。
「見えないねー」
「う~ん……」
背伸びしてみたり、角度を変えてみたりしても、それらしい人物の姿が見えてこない。
諦めようかな、と思ったそのタイミングだった。
スラリと長い手足に、汗に濡れたショートカット。
見覚えのない女子が見えた。
なるほど、画面や雑誌で見るようなモデル体型だった。
体型もそうだが、ちらっと見えた顔は小さくて、可愛らしい感じだった。
みのりを見ると、どうやら同じタイミングで目にすることが出来たらしく、私達はそそくさと小屋に入る。
とは言っても、特にすることもないので、当てのない物色で少しだけ時間をつぶし、今度は掃除と整理に来ようね、と心にもないことを言って私達は小屋を出た。
小屋から出たところで、非常口から外に涼みに出ていた穂積が見えた。
そういえばハンカチ、早めに返さなくちゃ。
そう思ったときだった。
スッと、モデルが現れた。
彼女はタオルで汗をぬぐいながら、穂積の横に並んで立った。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。




