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第8話 気にするよ

 展示物が撤去され、講堂が殺風景な空間に復元されるのはあっという間だった。


「小麦ちゃん、元気出してね」

「誰も責めてないから、気にしちゃだめだよ」

「むしろ、東さんがアイディアを出すきっかけをつくったんだから、バカだよね」


 片付けながら、みんなが声をかけてくれた。


「みんなで泣かせに来るの、やめてほしいんだけど」


 私が半泣きになってみのりに訴えると、みのりは黙ってハンカチを差し出し、にやっと笑って見せた。


 私は首を振って優しい提供をお断りした。


「美術部のみなさん、ちょっと集まってくださーい」


 声の主は、南さんだった。


「中標津先生からの伝言で、今日はこのまま解散にするそうです。

 気をつけて帰るように言って欲しいということで、伝えにきました」


 その言葉を受けて、私達はあらためて集合し、部長の号令で解散となった。


「東さん、ちょっといい?」


 バッグを背負うと、南さんが声をかけてきた。


「なんていうか、その、大丈夫かい?」


 頬を掻きながら、言葉を紡ぐ。


「大丈夫、だと思います。

 南さんも、ありがとうございました。

 美術部の関係者じゃないのに、たくさん動いてもらって」


 私が言うと、今度は頭を掻きながら、南さんが言う。


「まぁ、なんていうか、曲がり角でぶつかった縁だからね」


 照れながら話す顔は、五つも上のはずなのに、そんなに年上に見えないな、と思った。


「縁ついでに、送っていこうか?」


 唐突な言葉に、私は思わず、いえ、と断った。


 同時に、本堂さんの言っていたことを思い出す。


 色目。


 尻軽女。


 男の人と一緒にいるっていうのは、よくないことにもなり得るんだ。


「みのりと帰るので」


 私があらためて断ると、南さんは、それじゃ気をつけて、と言った。


「気にしてる」


 玄関に向かって歩きながら、みのりが言う。


「そりゃ、気にするよ。

 考えたら、人生で初めてだよ、面と向かってブスなんて……」


 私はわざとらしく肩を落として見せる。


 みのりはポンポンと私の肩をたたいて言葉を紡ぐ。


「色目とかなんとか言ってたけど、そういう発想が出てくるってことは、自分がそういうことをしてるっていうことだからね。

 小麦にそんな発想力はないよねぇ」


「慰められてるのか、けなされてるのか……」


 みのりはまた、私の肩をポンポンたたく。


「あ……」


 みのりを声に顔をあげると、玄関に穂積がいた。


 思わず周りに誰がいるか、確認してしまう。


「よう」


 私に気付いた穂積が手を挙げる。


「……おう」


 私も小さく手を挙げる。


 周りには、私達美術部に、バスケ部、それに他の部活帰りの生徒が大勢いた。


「あ、私、忘れ物した! みのり、ちょっと付き合って!」


 私はみのりの手を引き、私達の教室がある方に小走りで進んだ。


 だいぶ走ってから、私は足を止めた。


 はぁはぁ言いながら、みのりの恨めしそうな視線を受け止める。


「気にしてる」


「そりゃ、気にするよ……」


 同じ会話を繰り返した。


「小麦と穂積くんが幼馴染みなのは今更変えられないし、今まで通りでいいじゃん」


 みのりの言葉に、私はう~んと唸ってしまう。


「部のみんなは気にしないって言ってくれたけど、私が穂積と話したりしてたから作品が壊されたっていうのは事実じゃない?

 穂積のファンは多いし、それでまた同じようなことがあったら、嫌だもんなぁ」


 みのりは首を振る。


「やっぱりいっそのこと、穂積くんとそういう関係になっちゃえば解決するんじゃないの?」


 今度は私が首を振る。


「食パン登校してる途中で穂積にぶつかったら、申し込んじゃうかもね」


 私達は他愛のない話をして、時間を潰した。


 こんな私に付き合ってくれるくらいのみのりだから、彼氏が出来るのも納得だ。


 そろそろいいかな、というくらいに時間が経って、私達は玄関に向かう。


「よう」


「……何してんの」


 玄関には、穂積だけがいた。私の肩ががっくりと落ちる。


「最近物騒だからな」


 私はまた、周囲を見渡した。どうやら、穂積以外の生徒は既に出て行ったようだった


「小麦の周りは特に物騒だからね。送ってもらおう、そうしよう」


 みのりが笑って言う。


 それじゃあと、私達は帰路についた。


 いつものようにみのりとはすぐに別れ、二人になってしまった。


 何を話していいものやら、言葉を探してしまう。


 少なくとも、一連の騒動で穂積の名前が出てきたことは、言わないでおこうと思った。


 この気ぃ遣いが、変に気に病んでしまうのは避けたいな。


「見に行ったよ、今日」


「そっか」


 どうだった、という言葉が頭に浮かぶ。


 でも、なんとなくふさわしくないような気がして、口をつぐむ。


「その前のも、見た」


「そっか」


 そういえば、春展の日程について聞かれて、教えてやったっけ。


 くすぐったいような、誇らしいような、不思議な気がした。


「つらかったな」


 少し間をおいてから、穂積が不意に言葉を紡いだ。


「うん」


 答えて、びっくりした。


 まさか、こんなに瞬間的に涙が出てくるなんて。


 そう。


 つらかったんだ。


 頑張ったんだよ。


 完璧に満足のいく作品ではなかったけど。


 妥協して終わらせた部分があるのも事実だけど。


 それでも、材料選びから始まって、ずっと時間を注いできた作品だったんだ。


 美術部のみんなも、同じように頑張ってきた。


 それが理不尽に壊されて、つらくないわけがない。


 でも、言えないじゃん、あの展開の中で。


 ぐしぐし言う私の鼻からは、鼻水が止まらないで出てくる。


 なんで私、穂積の前でこんな風になってるんだ。


 慌てて制服のポケットに手を突っ込んだけれど、そこに期待したものはなかった。


「ほら」


 穂積が差し出したのは、ハンカチらしかった。


 鼻水つけちゃうな、と思いながら、私は顔を覆った。


 タオル地で、ふわふわだった。


 でも、すぐに私の涙やらなにやらで、しっとりしていった。


 落ち着くまで、けっこう時間がかかってしまった気がする。


 はぁ、と息をついて、私は前を見る。


「ハンカチ、ごめんね。洗って返す」


 穂積は、おう、とだけ言った。


 こういうのが、誤解を招いてるんだと分かってる。


 でも、今はハンカチのやわらかさにすがりたかった。


作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

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