第5話 いっそのこと
講堂にざわめき、すすり泣き、その他いろいろな声が広がっていく。
でも、私の耳にはそれがうまく入ってこない。
春の展覧会がどうなるか、まで考えがいかない。
私の作品が、壊れている。
その事実が、私を麻痺させた。
「みなさん、一度私のところに集まってください。」
中標津先生は、普段は出さない大きな声でそう言うと、手招きしながら講堂の外に私達を出した。
「辛い状況ですが、確認します。昨日の最終確認者は誰ですか」
中標津先生の言葉に、おそるおそる手をあげる生徒がひとり。
部長だった。
「俺です。時間は19時でした」
「一人でしたか」
先生の言葉に、部長の顔が青ざめる。
「待ってください、部長のせいなはずはありません!」
部長と交際しているという噂のある副部長が弁護に入る。
それを皮切りに、あちこちでまたざわざわが始まってしまった。
「どうかしたんですか」
声がした方を振り返ると、そこに立っていたのは南さんだった。
「評判の展覧会を、ちょこっと覗かせてもらいたかったんですけど……」
その場にいた面々のただならぬ雰囲気を察して、南さんはばつの悪そうな顔をした。
「なんか、問題発生って感じなんですね」
中標津先生が大きくため息をつく。
「展示物が壊されていました。
誰がやったのかは分かりませんが、明らかに人為的なものでした」
あらためて事実を伝えられて、何人かが泣き出してしまった。
しゃがみ込む人もいれば、隣と抱き合う人もいる。
みのりは、ぎゅっと歯を食いしばっているようだった。
私は、私がどんな顔をしているのか、自分では分からなかった。
冷静でいられている気はするけれど、実際はどうなのか分からない。
「ってことは、夜の内に誰かがやったってことですよね。
防犯カメラついてるって話を聞いたんですけど、確認は?」
南さんの言葉に、中標津先生はハッとなった。
「南くん、ちょっとこの場を任せていいですか。
私は職員室に戻って、先生方に伝えてきます」
「えっ、いや、任せるって……」
慌てる南さんと陰鬱な美術部員達を置いて、先生は走っていってしまった。
見るからに困った様子の南さんを見ていてしまったせいで、目が合ってしまった。
気付いた南さんが、近くに来る。
「東さんの作品も、壊れていたのかい?」
聞かれて、私は頷いて応えた。
「つらくないかい?」
私は首を横に振った。
「つらくない」という意味なのか、「分からない」という意味なのか、自分でもはっきりは分かっていなかった。
「中止になっちゃうね」
いつの間にか隣に来ていたみのりが言う。
「うん。こればっかりは、なんとかなる、って言えないや」
言いながら、私は閉じられた講堂の扉を見る。
さっきのはみんなで見ていた夢で、今開いたら元通りになっていたりしないだろうか。
壊れたものを修復する魔法は、指輪の物語の映画にも出てきていなかった気がした。
「そういえば、南さんは、こんな朝早くからどうしたんですか」
ふと気が付いて、私が言葉を紡ぐ。
「今日一日は大学の講義がないから、朝から体育の授業を手伝うことになっててね。
それで、評判になってる展覧会が最終日だって言うから、朝の内に見せてもらえないかと思って来たんだよ」
南さんは、決まり悪そうに言った。
確かに、なんとも間の悪い話ではある。
曲がり角で人にぶつかってしまうあたり、間の悪いのはこの人の特徴なのかも、と思った。
「みなさん、もう一度集まって下さ~い」
他の先生方を連れて、中標津先生が戻ってきた。
先生は、講堂や周辺には監視カメラがついていなかったこと、そのため誰がやったのか確認することはできなかったこと、展覧会をどうするのかは生徒の判断に委ねることを告げた。
部員はお互いに顔を見合わせ、展覧会をすべきかどうか、結論が出るまでには時間がかかりそうだった。
部長を見ると、憔悴しきっている。
隣で副部長も、目に涙を浮かべている。
こんなに心が動くほど、みんなが制作に打ち込んでいたんだな、と思う。
映画でも、遺跡とか廃墟が出てくると、なんともいえない気持ちになるもんな。
そこに本気を感じるから、見る方も心が動かされるんだろう。
ん……待てよ?
「いっそのこと、壊れた作品の展覧会にしちゃうっていうのは、どうだろ?」
私が呟くと、みのりを含めた何人かがはっとして私を見る。
急に恥ずかしくなって、ひとまず、みのりに意見を伝えてみることにする。
「テーマが『命』なんだから、それが潰えた姿だって作品だって言えると思うの。
それを、一度見に来てくれた人たちを中心に見てもらえたら、この出来事自体に意味をつくることができるじゃん。ノスタルジーっていうか、わびさびっていうか……」
みのりは口元に手をやって、考え始めた。
あちこちでざわつきが増え、それは次第に明るい調子に変わっていった。
「先生、東さんのアイディアで、行かせてもらえませんか」
部長が言うと、中標津先生は笑った。
「高校生の発想力は素晴らしいね。面白い、やってみよう」
先生の号令で、表現者達は講堂になだれ込み、それぞれの作品のもとに駆けつけた。
みんなタフだった。
どうやれば「命のはかなさ」を表現できるか、それぞれに模索している。
中には、作品をさらに傷つけることを相談している人もいる。
私も自分の石の花の元に行き、見つめた。
修復を試みた、という跡があったほうがいいだろうか。
それとも、そのまま手つかずになってしまった雰囲気の方がいいだろうか。
「お邪魔していいかな」
「南さん」
「これが東さんの作品か。
僕は芸術が分からない人間だけど、もったいない、っていうのは分かるなぁ」
芸術が分からない、っていうのは、正直私も同じだな、と思う。
私は美術部にいるけれど、心のどこかの、映画のマスクをつくってみたいな、という気持ちの方が大きい。
それはきっと、みのりのように、他の人の作品からインスピレーションを得て、歴史的な作家にリスペクトを抱いてアートに立ち向かっている人から見ると、よくないのかもしれない。
「でも、さっきの東さんの意見で雰囲気が変わったのは、お見事だったね」
南さんが言う。
「僕もサークル内でもめごとが起きるときがあるけど、あんな風にムードを変えてくれる人がいたらなぁ、と思うよ。君はすごい人だね」
唐突に褒められて、私は照れを感じてしまう。
「それで、僕もひとつ思いついたんだけど、ちょっと聞いてもらっていいかい?」
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。




