第3話 ノーカン
「いや、本当にごめんね、ちゃんと前を向いていなかったよ」
そう言った男性は、パーマのかかった髪をかきあげる。
服はぱりっとした黒のスーツで、オトナな雰囲気だ。
「道に迷ってしまってね……あれ、君達、高校生?」
問われて、私は穂積を見る、いや、見上げる。
穂積は頷いて応える。
「グドコーです」
「グドコーって、求道高校かい。
それはよかった、僕もそこに行きたくて迷ってたんだよ。」
男性はパッと明るく笑った。
穂積が私と男性の間にスッと入る。
「じゃ、行きましょう」
私の前を二人の巨人が歩く。
前が見えない。
「僕は南。南 光雲だ。光に雲と書く。変わってるだろ」
「自分は西です。西 穂積。稲穂を積むって書きます」
それを聞いた南さんとやらは大きく驚いてみせた。
「南に西か。これは運命的な出会いじゃないか」
どきりとする。
運命的な出会いという言葉にも、方角の話にも。
「それで、君は……」
やっぱりこうなるよね。
この先の展開も見えてる気がするけれど。
「東 小麦です。ひがしに、パンの小麦です」
「こりゃすごい、あとは北がいれば完璧じゃないか。
東西が歩いているところに、南がぶつかっちゃったわけだね」
南さんはその後も、結構な勢いで喋り続けた。
自分が求道学院大学4年生であること、
そこで護身術サークルの長をやっていること、
実家が合気道の道場で、腕にはかなりの自信があること、
昨日の不審者騒動を受けて、発足学園長直々にお呼びがかかったこと、
今日から希望する生徒に護身術を教えることになったこと。
「小麦ちゃんには運命を感じるから、ぜひ習いに来てね」
学校に着くと、南さんはそう言って職員玄関の方から入っていった。
「あれが運命の人か」
穂積が呟く。
「やめてよ。食パンかじってなかったから、今日のはノーカン」
教室に入ると、仲良くしているクラスメイトもそうでないクラスメイトも、私の無事を喜んでくれた。
小麦という名前は、両親が「世界中の人の喜びになるように」と願ってつけたと聞いたけれど、これはこれで役目を果たせているのかも、と思った。
涙目になって喜んでくれたみのりに感謝を伝えたあと、私たちの朝は始まった。
1時間目は緊急の全校集会になった。
「多くの生徒が聞き及んでいるように、昨日、不審者の侵入があった」
壇上で、学園長が直々にスピーチだ。
始業式でも映像だったのに、今回は集会なのか、と思う。
それだけ重大な事案だったのか、とあらためて怖い気がしてくる。
「本校キャンパスは、緑豊かな立地であるがゆえに、警備上の穴は否めない。
不安で心配な生徒も多くいることだろうと思う。
そこで、求道学院大学から護身術の臨時講師をお招きし、希望者に受講してもらうことにする。」
そしてステージに招かれたのは、あの南さんだった。
登校中に私と穂積が聞いた話をして、集会は滞りなく終わった。
「めっちゃカッコよかったんだけど!」
「絶対講習受けに行く!」
「現役大学生が教えてくれるなんて、ほんとグドコーって最高だよね!」
教室の女子の多くが大興奮だ。
「小麦は受けるの?」
みのりが言う。
「パス」
私は短く言い放つ。
「一番受講しなきゃならないのは小麦じゃない。何かあったの」
「ん~……なんか、苦手なタイプ。軽いって言うか」
ふむ、とみのりが言う。
「それだけじゃ、なさそうだけど」
付き合いが2年目にもなると、些細な変化も読み取られてしまうらしい。
いや、繊細な観察力をもっているみのりならではなのかもしれない。
「今朝、曲がり角でぶつかった」
私の言葉を聞いて、みのりが口を手で覆う。
「それって、つまり……?」
「食パンかじってなかったから、ノーカン」
私は、本日二度目になるセリフを口にして、今朝の顛末を教えた。
「なるほどねぇ。運命の出会いは、見事穂積くんに阻まれたってわけだ」
それも違う気がするんだけど、と私は笑って返した。
授業が終わって、念願の放課後が来た。
体育館で護身術のオリエンテーションがあるとのことで、結構な人の波が体育館へ向かう。
私とみのりは美術室に直行する。
いつもの座席に、自分のつくりかけを運ぶ。
明らかにいつもよりも丁寧にカバーのかけられた作品未満を見て、私は笑う。
みのりにお礼を言おうと声をかけかかるが、みのりの意識は既に作品に向かっていた。
よし、負けていられないな。
作品を完成させることで恩返し、ってことにしよう。
私は削りの甘い部分に刀を当てながら、着色のイメージを膨らませる。
顧問が用意してくれた不要なストーンに様々な色の実験をし、角度も変える。
あれこれやっていると、部活の時間なんていうのはあっという間だ。
「あと3日で出来そうですか、先輩」
荷物をバッグにしまいながら、みのりが茶化してくる。
「何が先輩よ。みのりの方が誕生日は先だし、後輩はまだ一人も入ってきてないじゃん」
私も帰り支度をしながら答える。
「でも、んー……3日か。まぁ、なんとかなる」
去年もそうだったが、作品の出来は求めたらきりがない。
どこかで妥協点が必要になるものだ。
いつか、妥協せずに満足のいくものがつくれたら、と思うが、今回ではなさそうだ。
みのりと二人で階段を降りていくと、玄関には黒山が出来ていた。
「随分混んでるね」
例の護身術教室だろうか。
ジャージを来たそのほとんどは女子生徒で、疲労感と充実感の両方を顔に浮かべている。
オリエンテーションと聞いていたから早々に終わるのかと思っていたが、初日から本格的にやったようだ。
なかなか進まないな、と思っていると、にょきっと突き出た頭が見えた。
作者の成井です。
今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。
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では、また。