第26話 今はまだ
手に持っていたスマホのバイブレーションに気付き、乃愛は画面を見る。
表示された文字を確認して、驚いた表情になった乃愛は、指で画面に触れてすぐデバイスを耳に当てた。
「もしもし、乃愛です」
その一部始終を見ていた私は、にやにやしながら歩いて近づく。
「もしもし、小麦です。急にごめんね」
乃愛は背筋を正しながら、いえ、大丈夫です、と言う。
「実は、乃愛にすごく似ている子がいたから、もしかして……と思ってさ」
私が言うと、乃愛は「そうなんですか」と言い、辺りをきょろきょろ見回し、電話をかけている私に気が付いた。
「えっ、あれ、小麦さん?」
私は通話を切り、手を振りながら乃愛の方に歩いて行く。
「久しぶり、奇遇だね」
乃愛はベンチから立ち上がって、私の方に向き直った。
「お久しぶりです。えっと、彼氏さん、ですか?」
乃愛が私の少し後ろに立つのっぽを見上げて言葉を紡ぐ。
「違う、かな」
今はまだ、と心の中で付け加えながら、穂積の顔は見ないでおく。
「乃愛は、一人なの?」
私の問いに、乃愛は力なく頷いた。
元気がないな、と思った。
私は乃愛の腰に手を当てて、ベンチに座るように促した。
乃愛は促されるままに腰を下ろし、私も横に座る。
「売店見てるぞ」
私が穂積に目をやるよりも早く、のっぽはそう言って私達の所から離れた。
「すみません、せっかくの……デートというか、お時間だったのに」
気にしないで、と私は笑って応えた。
「実はご飯食べる前にも見かけてたから、さすがにどうしたのかな~って思って。
そのまま帰っても、やっぱり気になっちゃうから」
次の瞬間だった。
乃愛の目に涙がたまったかと思うと、あっという間に大粒で流れて落ちる。
私は小さなショルダーバッグから肌触りのいいハンカチを取り出して、乃愛の手にそっと握らせた。
乃愛はそれを手にとって、目に当てる。
そういえば、前は私が、穂積にこうしてもらったっけな。
横に座る小さな美術家が落ち着くまで、私は何も言わないで、ただ待った。
すん、と鼻をすすりながら、乃愛が前を向く。
「ごめんなさい、みっともないところをお見せしてしまって」
声が少し震えていた。
「もう大丈夫です、ありがとうございました」
そう言いながら乃愛がハンカチを返してきたので、私は彼女の指を折ってあらためてハンカチを握らせた。
「持ってていいよ」
なるべく優しく見えるように、笑顔をつくってみる。
「なんなら、話も聞いちゃうよ」
意識して口角を上げる。
乃愛は私の表情につられたのか、小さく笑って、それから前を向いた。
ふーっ、っと息を吐く乃愛を、私は横目で見る。
「小麦さんは、制作が苦しいときってありますか?」
問われて、私は前を向いて口を開く。
「あるよ」
そう言いながら、私はたくさんあった辛い時期の思い出達と、頭の中で再会する。
「それこそ、乃愛の作品を見るまでは発想のスランプだったし、何回つくっても納得いかないっていうこともあったし、完成する前に小馬鹿にされたこともあったなぁ……」
そんなことの連続だよ、と笑う私に、乃愛はまた笑顔を見せた。
「小麦さんみたいに、私も強かったらいいんですけど」
同意しかねる言葉に、う~んと唸る。
「強くは、ないかなぁ。周りの誰かのおかげで、どうにかなってきたってだけだと思う」
そうなんですか、と呟く乃愛の手に、私は自分の手をそっと重ねた。
「その誰かに、私がなれたりもするかも」
乃愛がはっとして、私の方を向く。
「何があったの?」
私が乃愛を見るように、乃愛が私を見る。
小さな口だな、と思った。
そういえばさっき、にんにく食べちゃったな、とどうでもいいことが頭をよぎる。
「部の雰囲気が、好きじゃなくって」
ふむ、とひとまず頷く。
「なんだか、夏の合同展覧会の勝ち負けばかり話題になっていて……グドコーって、どうなんですか?」
そう言われて、私はここ数日の美術室の様子を思い浮かべる。
「基本的には、みんな無言だなぁ。休憩時間と終わってからはおしゃべりするけど、たぶん、ルカデンがどうこう言ってる人はほとんどいない気がする」
私が気付いてないだけかもしれないけどね、と付け足してから、私は乃愛にターンを譲った。
「うらやましいです。
筒巻先輩も含めて、乃愛は優勝を狙うべきだとか、グドコーに負けちゃ駄目だとか……私はただ、創りたいものを造れたらそれでいいのにって思うんですけど……それで、気持ちがどうしても制作に向かなくて、気分転換に、ここに来たんですけど、あんまり……」
言葉に詰まった乃愛を見る。
「グドコーは、学長が悪ノリして、優勝賞品まで付けちゃったから、それを狙ってる人はいると思うけどね。口に出して言わないだけで」
乃愛がその具体を聞いてきたので、私は内容を教えてあげた。
「小麦さんは、その視察旅行に行きたいとは思っていないんですか?」
う~ん、と苦笑いを浮かべて、私は言葉を紡ぐ。
「そりゃまぁ、タダで行かせてもらえるとなれば喜んで行くけどね。
でも、今回行けなくても別に、っていう気持ちが強いかな。
行きたきゃ自分の力で行ってやる、ってなもんよ」
そう言いながら、左腕でたいしてない力こぶをつくってみせる。
乃愛が声をあげて笑うので、私もつられて笑ってしまう。
「それに、夢を叶えるためにそれが必要なら、近道でも遠回りでも、いつかそうするしね」
私がそう言うと、乃愛は笑いを落ち着かせて、息を整えて口を開いた。
「小麦さんの夢って、なんですか?」
作者の成井です。
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では、また。




