表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/36

第26話 今はまだ

 手に持っていたスマホのバイブレーションに気付き、乃愛は画面を見る。


 表示された文字を確認して、驚いた表情になった乃愛は、指で画面に触れてすぐデバイスを耳に当てた。


「もしもし、乃愛です」


 その一部始終を見ていた私は、にやにやしながら歩いて近づく。


「もしもし、小麦です。急にごめんね」


 乃愛は背筋を正しながら、いえ、大丈夫です、と言う。


「実は、乃愛にすごく似ている子がいたから、もしかして……と思ってさ」


 私が言うと、乃愛は「そうなんですか」と言い、辺りをきょろきょろ見回し、電話をかけている私に気が付いた。


「えっ、あれ、小麦さん?」


 私は通話を切り、手を振りながら乃愛の方に歩いて行く。


「久しぶり、奇遇だね」


 乃愛はベンチから立ち上がって、私の方に向き直った。


「お久しぶりです。えっと、彼氏さん、ですか?」


 乃愛が私の少し後ろに立つのっぽを見上げて言葉を紡ぐ。


「違う、かな」


 今はまだ、と心の中で付け加えながら、穂積の顔は見ないでおく。


「乃愛は、一人なの?」


 私の問いに、乃愛は力なく頷いた。


 元気がないな、と思った。


 私は乃愛の腰に手を当てて、ベンチに座るように促した。


 乃愛は促されるままに腰を下ろし、私も横に座る。


「売店見てるぞ」


 私が穂積に目をやるよりも早く、のっぽはそう言って私達の所から離れた。


「すみません、せっかくの……デートというか、お時間だったのに」


 気にしないで、と私は笑って応えた。


「実はご飯食べる前にも見かけてたから、さすがにどうしたのかな~って思って。

 そのまま帰っても、やっぱり気になっちゃうから」


 次の瞬間だった。


 乃愛の目に涙がたまったかと思うと、あっという間に大粒で流れて落ちる。


 私は小さなショルダーバッグから肌触りのいいハンカチを取り出して、乃愛の手にそっと握らせた。


 乃愛はそれを手にとって、目に当てる。


 そういえば、前は私が、穂積にこうしてもらったっけな。


 横に座る小さな美術家が落ち着くまで、私は何も言わないで、ただ待った。


 すん、と鼻をすすりながら、乃愛が前を向く。


「ごめんなさい、みっともないところをお見せしてしまって」


 声が少し震えていた。


「もう大丈夫です、ありがとうございました」


 そう言いながら乃愛がハンカチを返してきたので、私は彼女の指を折ってあらためてハンカチを握らせた。


「持ってていいよ」


 なるべく優しく見えるように、笑顔をつくってみる。


「なんなら、話も聞いちゃうよ」


 意識して口角を上げる。


 乃愛は私の表情につられたのか、小さく笑って、それから前を向いた。


 ふーっ、っと息を吐く乃愛を、私は横目で見る。


「小麦さんは、制作が苦しいときってありますか?」


 問われて、私は前を向いて口を開く。


「あるよ」


 そう言いながら、私はたくさんあった辛い時期の思い出達と、頭の中で再会する。


「それこそ、乃愛の作品を見るまでは発想のスランプだったし、何回つくっても納得いかないっていうこともあったし、完成する前に小馬鹿にされたこともあったなぁ……」


 そんなことの連続だよ、と笑う私に、乃愛はまた笑顔を見せた。


「小麦さんみたいに、私も強かったらいいんですけど」


 同意しかねる言葉に、う~んと唸る。


「強くは、ないかなぁ。周りの誰かのおかげで、どうにかなってきたってだけだと思う」


 そうなんですか、と呟く乃愛の手に、私は自分の手をそっと重ねた。


「その誰かに、私がなれたりもするかも」


 乃愛がはっとして、私の方を向く。


「何があったの?」


 私が乃愛を見るように、乃愛が私を見る。


 小さな口だな、と思った。


 そういえばさっき、にんにく食べちゃったな、とどうでもいいことが頭をよぎる。


「部の雰囲気が、好きじゃなくって」


 ふむ、とひとまず頷く。


「なんだか、夏の合同展覧会の勝ち負けばかり話題になっていて……グドコーって、どうなんですか?」


 そう言われて、私はここ数日の美術室の様子を思い浮かべる。


「基本的には、みんな無言だなぁ。休憩時間と終わってからはおしゃべりするけど、たぶん、ルカデンがどうこう言ってる人はほとんどいない気がする」


 私が気付いてないだけかもしれないけどね、と付け足してから、私は乃愛にターンを譲った。


「うらやましいです。

 筒巻先輩も含めて、乃愛は優勝を狙うべきだとか、グドコーに負けちゃ駄目だとか……私はただ、創りたいものを造れたらそれでいいのにって思うんですけど……それで、気持ちがどうしても制作に向かなくて、気分転換に、ここに来たんですけど、あんまり……」


 言葉に詰まった乃愛を見る。


「グドコーは、学長が悪ノリして、優勝賞品まで付けちゃったから、それを狙ってる人はいると思うけどね。口に出して言わないだけで」


 乃愛がその具体を聞いてきたので、私は内容を教えてあげた。


「小麦さんは、その視察旅行に行きたいとは思っていないんですか?」


 う~ん、と苦笑いを浮かべて、私は言葉を紡ぐ。


「そりゃまぁ、タダで行かせてもらえるとなれば喜んで行くけどね。

 でも、今回行けなくても別に、っていう気持ちが強いかな。

 行きたきゃ自分の力で行ってやる、ってなもんよ」


 そう言いながら、左腕でたいしてない力こぶをつくってみせる。


 乃愛が声をあげて笑うので、私もつられて笑ってしまう。


「それに、夢を叶えるためにそれが必要なら、近道でも遠回りでも、いつかそうするしね」


 私がそう言うと、乃愛は笑いを落ち着かせて、息を整えて口を開いた。


「小麦さんの夢って、なんですか?」

作者の成井です。


今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

下の☆☆☆☆☆欄で評価していただけると幸いです。


では、また。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ