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後編


「こんな呪いを小さな体に封じたのか・・・・・・。なんという娘だ。眠り続けるのも仕方がない」


その呪いは恐ろしいものであった。

この呪いを受ければ人間族ならば半日でもがき苦しみ死に絶える。

今は、娘の体内で呪いは浄化されつつあるが、それでも完全に効力が無くなるまでは危険な呪いであった。

手から感じるイメージでは娘の生み出す月光の鎖に縛り付けられ小さな球の状態だった。


呪いは明らかに海の彼方、魔王が支配する大陸の魔族達が使う術によるものだった。

魔法族が使う月光の魔力よりもさらに闇が濃い、深闇の魔力を持つ種族。

姿形こそ、一見人間族と何ら変わらない。

だが、その姿は魅せられるほどの美しさを放ち、内に秘めた闇の魔力は全ての物を狂わせる。

一度、捕らえられれば逃れられない。


「すぐにでも、取り除こう。今、目覚めさせる」


そう言って、彼は一度安らかに眠る娘の顔を見てから、頬に触れた手に力を集中させた。

どんな条件があろうと、神光の力を注ぎ込めばおのずと綻びが生じるはずである。

彼は添えた手に力が流れていくのを感じた。

月光の鎖が包んでいる呪いの闇により白く輝く光が注ぎ込まれていくのが分かった。


と、その時。


『何故、我に触れる』


彼の耳に突然、声が聞こえた。

それは、恐ろしく低い呟きだった。

だが、けして不快ではない。

しかし、この部屋には彼と娘以外は誰もいない。

部屋の中は天窓からの雪に反射し照らされた暖かな光が入り、静寂だけが広がっている。

彼は不思議に思いつつも、また娘の体に力を注ぎこんだ。

すると、あの呟きが聞こえた。


『何故、我に触れる』


また、同じ事を囁く声は彼に語りかけてくる。


「『触れる』?・・・・・・まさか」


もしかしてと思い、彼は力を注ぎ込んでいる呪いの闇に意識を向けた。

だが、鎖に縛り付けられた闇はいくら見ようとも静寂を保ってる。

と、またあの声が聞こえた。


『何故、我に触れる』


その声と同時に、闇を包み込む鎖が僅かに鼓動のような躍動をしていた。


「娘の封印が語りかけてきているのか?」


まさかと思いつつ彼は闇を縛り付ける月光の鎖に意識を向ける。

鎖はわずかばかり先ほどよりも光が強くなっているように見えた。

すると、目を見張る彼にまたあの声が呟きかけてきた。


『神光を持つ者、何故、我に触れる』


それは、紛れもなく闇を縛る鎖の囁き声であった。

彼は驚きに目を見張った。

封印は娘の魔力が織りなす術であるのに、意識があるはずがない。

それとも、魔法族にはこのような術があるのだろうか。

彼はもう一度娘の顔を見た。

だが、やはり娘は相変わらず静かに眠り続けるばかりである。

彼は娘から目を離し、もう一度、月光の鎖に意識を向けた。

そして、静かに語りかけた。


『我は神に仕える騎士である。この娘を目覚めさせるため、お前の封印を解く』


すると、月光の鎖は静かに答えた。


『神に仕えし騎士よ。何故、我の封印を解こうとする』

『私に封印を解ける力があるからだ。封印を解き、この娘を目覚めさせる』

『何故、娘を目覚めさせる』

『それは・・・・・・、娘の仲間に依頼されたからだ・・・・・・』


本当は別の理由がある気がした。

だが、違和感を感じていても彼はそう言った。

すると、鎖は答えた。


『ならば、そなたに封印を解くことは出来ない』


彼は目を見張った。


『何故だ。封印の鎖よ』

『神に仕えし騎士よ。何故、娘を目覚めさせようとする。会ったばかりの、話した事もない娘を何故目覚めさせようとする』

『・・・・・・』


彼は何もいう事ができなかった。

何故、娘を目覚めさせたいのか。

つい数刻前に会ったばかり、いや、会ったというより見ていると言ったほうがいい。

声を聞いた事も、話した事もない。


『何故・・・・・・、私はこの娘を目覚めさせたいんだ』


それは、魔女達に頼まれたから。

そう、初めはそうだった。

だが、それだけでは無い気がした。

天窓の光に照らされて、ガラスの寝台に眠る娘の姿を見た時から。

娘に触れ、その内に眠る美しい月光の魔力を感じた時から。


「ああ、そうか・・・・・・」


彼は穏やかな顔で鎖に語った。


『たしかに、私は娘の声も聞いた事がない、話した事もない、共に歩いた事もない、だから・・・・・・、見てみたいのだ、彼女の瞳の色を』

『ならば、もう一度問う。神に仕えし騎士よ。何故、我の封印を解く。何故、娘を目覚めさせる』


彼は言った。


『私は・・・・・・、娘の瞳の色を見たい。そして、見つめて欲しい。娘の声を聞き、共に語らい、そして、共に歩みたい。・・・・・・娘を愛したいのだ』


そうだ、私は娘を愛したい。

一目見たとき、そして、その美しい力に触れた時から。

穏やかな、だけど確かな声で彼がそう言った。

すると、鎖は静かに答えた。


『ならば、その思い。娘に吹き込むがいい。さすれば、我の封印が解けるであろう』

『吹き込む?それは、いったいどういう事だ』


彼の声に応える声はなかった。

鎖は沈黙した。

もはや、月光の鎖は当初の輝きに戻っていた。


「思いを吹き込む・・・・・・」


彼は頬から手を離して、娘の顔を見つめた。

娘は薔薇色の頬をしたまま、相変わらず規則正しい息をして、眠っている。

その瞳は閉じられたままであった。

彼は娘の目蓋に触れた。


「吹き込むとはどういうことなんだ・・・・・・。早く、その瞳の色を見たい。その口から声が聞きたい」


目蓋に触れた指はそのまま、唇へと移動する。

ふっくらとして柔らかい、だが、頬の温かさとは違って氷のように冷たかった。


「・・・・・・早く、封印をといて目覚めさせる。ここに、私は誓おう」


そう言って、彼は娘の唇を暖めるように静かに口付けた。

しんと静まった室内で、天上の光に照らされガラスの寝台で眠り続ける美しい娘に、真っ白な美しい天使が口付ける。

その光景はまるで神話に出てくるような荘厳さと美しさであった。


どれくらいそうしていたのか。

彼は静かに唇から離れた。

と、その瞬間であった。

ふと、娘の唇から吐息が漏れた。

彼は驚いて顔を上げると、娘の唇からポロリと何かの欠片が零れ落ちた。


「これは、林檎?」


彼が欠片から娘に目を向けると娘の瞳がゆっくりと開いた。

黒く長いまつげの下から鮮やかなオリーブ色の瞳が現れる。

暫くぼんやりとした娘は視線を巡らし、彼に目を留めた。

その目に捉えられた瞬間、彼はその瞳に魅入られた。


娘は彼に目を留めたまま、静かに起き上がった。


「・・・・・・天使様、ここは何処ですか」


静寂な部屋に響いたその声は鈴を転がすうな、小鳥のような声であった。

彼は娘の声に聞きほれつつも側に近づき、寝台の側に膝をついて言った。


「ここは、神の山にある神殿だ。私は神に仕える天翼族の騎士。魔法族の魔女達にあなたの封印を解くよう依頼された」

「私の封印を・・・・・・あなたが?」

「はい」


娘はどこか驚いた様子で彼を見つめてきた。

だが、彼が娘の質問に答えると、その美しいオリーブ色の瞳を見開き薔薇色の頬をさらに紅くして俯いてしまった。

急に俯いた娘に彼は具合が悪くなったのかと心配になった。

慌てて、娘の顔を覗きこむ。


「大丈夫か?あまり無理をするな。あの呪いをその小さな体で抑えていたのだ。まだ、動いては駄目だ」

「いえ・・・・・・、その、大丈夫ですわ。あの・・・・・・助けていただいて有難うございます」


そう言って、娘は恐る恐る顔を挙げ、彼の顔を見つめた。

顔はまだ紅く色付いているが、元気そうな様子に彼は微笑んだ。


「ならば良かった。その・・・・・・ところで、あなたの名前を聞いてもいいだろうか」

「はい・・・・・・。私の名前は・・・・・・」


そう、少し恥らいながら話す娘の声に彼はいつまでも耳を傾けた。

そして、心の中で願った。


『神よ。願わくは、いつまでもこの娘と共に語らい、共に歩み続ける事を許したまえ。欲深い私を許したまえ』




***********************************************



娘は、白雪と呼ばれていた。

黒炭のように黒い髪、薔薇のように紅い唇、オリーブのような緑の瞳、そして、雪のように白い肌。

美しい白雪は、その類稀なる封印の魔女として、魔法族の女王の娘として人々に慕われていた。


そんな、白雪はある日、七人のドワーフ族にかけられた呪いを封印する事になった。

しかし、その呪いは死を招く強力なもので、到底普通に封印できるものではなかった。

だが、このままにしてもおけない。

白雪は自らの体に取り込んで呪いを封印し浄化することにした。

呪いを一旦林檎に封印し、その封が破られる前に白雪は呪い事林檎を食べ、自らの体を封印した。

眠りに着いた白雪は、闇の中、呪いが浄化される前に封印が解かれる事を考え、それに条件をつけることにした。

そう、簡単には解けないような条件を





『私を真に愛する殿方の口付けで封印は解かれる。次に目を覚ました時、目の前には私を愛する者がいる』





次に、白雪が目覚めた時。

ぼんやりとした意識の中で、目に移ったのはそれは美しい真っ白な天使の騎士だった。


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