華麗なる変身?
「日高、お前から言ってくれよ。今朝の俺はかっこよかったって」
「あ、あの、ど、どちら様ですか?」
明らかに戸惑っている健心に彼は肩を震わせて笑う。
「ひどい後輩だな。今朝だよ、今朝。俺と話しただろ? この前だって賄賂を持っていってやったのに」
健心は混乱しきっている様子で、他も首を傾げているのだから璃沙は助け船を出してやることにした。
「あー、そう言えば、蔵重ってこんなんだった」
新聞部部長の蔵重はクラスメイトだ。つまり、星河もわかるはずなのである。
「そういや、確かにいたな、こういうヤツ……蔵重だったか」
「く、蔵重先輩……?」
健心が蔵重をじっと見ている。顔に鬱陶しそうにかかっていた髪をきちんとして、眼鏡を取っただけでこうも変わるとは詐欺だ。最初の変身の時には何があったかと思ったくらいである。
「蔵重勇司、新聞部部長だ。改めてよろしくと言っておこうか」
「ちゃんとしたら、イケメンなんだろうな、とは思ってましたけど、何で汚い格好を?」
「俺だって好きで汚くなってわけじゃない。仕方ねぇだろ、初対面がたまたまあっちだったせいで、美空が俺を認識しなくて大騒ぎになるんだから」
「あの女のせいで、イケメンからキモメンへ転身ですか、可哀想に」
「少しも心が籠もってないな」
蔵重にも海里は容赦なかった。彼も素顔を知らなかったようだ。
「ほとんど眼鏡なんかかけてなかったものね」
璃沙の中で記憶が蘇りつつある。どうして、彼がああなったか知りもしなかった。
「コンタクトだからな、調子悪い時だけだ」
「でも、あんなダサ眼鏡じゃなかったでしょ」
「壊しちまったんだよ。まあ、この伊達眼鏡ともおさらばだ。記念にやろうか?」
「呪いのアイテムお断り」
「おいおい、呪いとか言うなよ。いや……俺にとってもある意味呪いの眼鏡だったな」
蔵重の手にあるのは確かにあの黒縁の大きなフレームの眼鏡だった。本人ももう二度とかけたくないのかもしれない。
「璃沙先輩って、蔵重先輩と、仲良かったんですか?」
不思議そうにする海里が聞いてくる。
「同じクラスだから」
「パパラッチと同じクラスって大変ですね」
「元々は写真撮りまくるだけだったし、みんな結構喜んでたわよ?」
「変わりゆくものを記録しておくのが、俺の役目だ」
「写真部泣かせたわよね。いい写真が撮れるのに、何で新聞部なんだって」
「彼らの良い写真は買ってやってる」
どちらにしても、この蔵重もかなりの曲者だ。
「どうせ、お前が雇ったんだろう? 神木」
「まあな」
光明に問われ、奏人は頷く。一番の曲者は彼に違いない。残念な分、蔵重よりも評価が低い。
「本当に怖い男だな、お前は」
彼の怖さは別のところにある。しかし、それはやはり口を噤むしかないのである。
何を考えているかよくわからないし、普通の生徒会長ではない。権力を持ちすぎている。厳しい処罰を進言するほどの力をどうして彼が持っているのか。彼の裏の部分と関係があるのか。
もっと怖いのは彼が厳罰を通せない美空更紗ということになってしまうが。
「でも、俺は味方だ。最高に頼りになる男だと思わないか?」
「冥加君がいなければ、助けようとも思わなかっただろう?」
「変態棒女がいるからここまでしたんだろうが」
「僕が辱めを受けても、璃沙先輩がいなかったら、ここまで真剣にならなかったですよね」
オカ研における奏人の信頼度は微妙だ。一々自分の名前が出るのは璃沙として不本意だが、この神木は公平であるべきところで贔屓は絶対にしない。
「天神には嫌われているが、俺とお前はダチだろ?」
「そう思いたかったが、冥加君の接待を対価として要求してくる男をどこまで信用していいのか」
絶対に敵に回したくないと光明は感じているのだろう。だから、璃沙を餌として押さえている。璃沙を賄賂で動かし、その璃沙を賄賂に奏人を動かす。
「俺だって、何も失わないわけじゃない。ただで動くわけにはいかないさ。でも、これからはもっと信用しろよ。大きな実績ができただろ?」
「昨日の妨害工作、妙に対応が早かったのはこのためか?」
「俺は未来を読める男だからな」
ニッと奏人は笑う。それがどこまで冗談かわかったものではない。
「そろそろ、戻らないとな……現場監督を火爪と黒土に任せてある。何かあったら、彼らに言ってくれ」
彼は何がそんなに忙しいのか。しかし、長居をされても困る。
廊下からは相変わらず罵声が聞こえてくるが、最早女子の声は聞こえなかった。
それで出て行くかと思えば、彼はくるりと振り返る。じっと璃沙を見てくる。これまで彼は真面目だった。今までの軽薄さが悪い冗談だったのではないかと思うほどに。
「あ、そうそう。璃沙」
「な、何よ?」
彼が余計なことを思い出してしまった気がする。あるいは、これは演出なのか。
「週末、俺とデートしてくれ」
そう言ったのは奏人ではなく、蔵重の方だった。その言葉に全員が固まった。璃沙も奏人の発言に身構えていただけに驚いた。
「君のデート相手は俺と決まってる。だから、週末の予定は俺のものだ。そうだろう?」
さっと璃沙は顔を背ける。彼の目を見たら駄目だと思う。彼らのせいで部室は異様な空気に包まれ始めていた。
「どうせ、あたしのデート権なんてそこの変態眼鏡が安売りしてるじゃないの」
「それは俺でも買えるということか。宮地、いくらだ?」
蔵重はポケットから財布まで出している。
「そのやっすいデート権を買う男も安いってことよね」
「俺はこの一年プライドのない男役だったからな、動じないぜ?」
「俺の愛が伝わらないなんて、残念だ……」
蔵重は笑っていたが、奏人はなぜかガックリと肩を落とし、そのまま失意の様子で出て行った。なぜかダメージがあったようだ。それに焦ったのは光明だ。
「冥加君、あいつの気が変わったらどうしてくれる? 予定はこちらで調整する」
「見返りは?」
「この平和以外に何が必要だと言うのだ?」
「一時的なものかもしれないじゃない。雑草は死なないんだから」
「……君の欲しい画集を一つ、買っていいぞ」
璃沙にはまだ不満があった。やはり奏人自身への怒りなのかもしれない。光明が折れる以上、これ以上の反論は許されないだろう。
「てめぇは巣に帰らねぇのかよ?」
星河が未だ帰らない蔵重を睨んだが、彼は肩を竦める。
「このうるさい中、帰れるわけないだろ? 今日はこっちに混ぜてくれよ。俺だって功労者なんだ。デートに比べたらましだろう?」
「あんた、陰湿なのが抜けてないわよ。染み着いたんじゃないの?」
「かもしれないな。でも、冥加は染み抜きが得意だろう?」
今度は璃沙が蔵重を睨む番だった。
「睨むな睨むな。ちょっとくらい羽目外させろよ。こっちは今日からやっと自由なんだから。ストレスでハゲるかと思ったぜ」
「お楽しみだったんじゃないの?」
璃沙が問えば、蔵重以外の全員が頷く。楽しんでやっていたようにしか見えない。彼に言わせれば楽しまなければやりきれなかったということかもしれないが。
「《呪術師》――この話、聞きたくないか?」
ニヤリと彼が笑った瞬間、ガタッと音がした。
「お前っ、聞き耳立てていたのか!」
「それは、昨日、ここで話してたって認めることになるが」
「くっ……」
光明の反応はあまりにもわかりやすかった。星河は落ち着いているようで眉間の皺が濃くなり、冷静でいるのは海里と璃沙だけだ。健心もまた明らかに顔に出ていると自分でもわかる。
「おいおい、俺はジャーナリストだぜ?」
肩を竦めるには盗聴対策に抜き打ちチェックを頼んだことなどお見通しだろう。オカ研が興味を持つ話題も知り尽くしていると考えて間違いない。
「なんてな、《呪術師》とかいう奴が作ったらしい都市伝説しか知らない」
蔵重は懐から黒い手帳を出し、そこからメモを一枚取って璃沙に差し出してくる。受け取って確認もせずに星河へと渡す。それは彼の管轄だからだ。
「蔵重」
「礼ならいらない。どうせ、俺らが勝手にしたことだ。せいぜい、活動を楽しんでくれ」
星河の呼びかけに蔵重は一瞬だけそちらを見ると、ひらりと手を振って出て行った。
「それで、情報は?」
メモを開いて目を通す星河に光明が問う。その声は硬い。
「……確認が必要だな。俺だってここまで把握できてねぇのに」
星河はじっと目を通してそれからパタンと畳んでポケットに押し込んだ。彼の体は強張って見えた。先を越されたのが悔しいというようにも見える。都市伝説は彼の専門分野であり、調べていたのだから。




