竜が去り、春が来る
手を取られた俺が、知らないはずのステップを優雅に踏んでいく。
身体が勝手に動く感覚、それは初めてのものではないが、いつもとは違う感覚だ。
身体が勝手に判断して、身体が勝手に知ってて、身体が勝手に躍動するのがいつもの感覚。
それに対してシュネー・ヴァイスと踊る感覚は、俺がなぜか知っている。
繋いだ手を通じて、触れた肌を通じて、ほろ酔う自分の頭の熱と同じように自分の中に『熱』が入り込んでくる。
雪が次第に溶けていくように、自分の身体の中が温かいもので支配されていく。
踊りながら、周囲の花弁が舞うのを見て、冷たい風が頬を撫でても、踊る度に熱を増していく身体がまったく気にさせない。
「アベル、見て、私、舞は合わせる、デス」
「シュネー、俺、変なんだけど!?身体が勝手に動いて、熱い!」
「いい調子、ってこと。いい感じに舞えてる、その調子ダヨ」
「熱いの、なんで!?」
「酔ってるの。魔力強い程、回りが良くなる、アベルはイイ感じだから、ノッて、溶けよう」
よくわからない、独特な言い回しで……自分とは世界が違うんだろう。
そうだと思って引いていた線、その境界線がだんだんと虚ろになって、消えていく。
触れたところがどんどん蕩けて、二人の身体が一つに交わっていく。
その中でもなんとか自分を保とうとするたびに、手を引かれて、シュネーと目が合う。
「そう、それでイイ。アベルは雪の中を歩いているの」
踊りながらわずかに保った自我の中で、俺に語り掛けてくる。
「雪……?」
「膝まで埋もれる深雪の中を、目的地へ向けて歩くんデス」
そんな豪雪の中、歩いたことはない。
ただ、自分の身体が埋もれてしまいそうなこの自我の比喩なのかな。
「それでも自分の足で前に、前に」
「前に、前に……」
その指示に従って、脚を前に運べば、上手だと褒められる。
そうするとどんどんとテンポが上がって、時に激しく、時にゆったりとテンポが落ちる。
「自分の持っている小さな灯を大切に握りしめて、それを無くせばアベルは雪に飲み込まれる」
灯は自我……何となく頭の中にその情景が映り込んでいく。
今まで自分が歩いたことの無い雪景色が、なぜかどんどんと浮かび上がってくる。
「……灯」
「そう、大事ナノ。それを抱えて、踊って、シカシ混ざり合うことを恐れないで」
そう言って手を握る力が強くなる。
汗がジワリと滲んできて、飾りがシャンシャンと音を鳴らす。
弾んだ息を整えようとする、激しく抱えて花を巻き込んで回る、揺れる衣装が竜の翼に見えて、自分の羽の小ささを再度感じていく。
魔術とも魔法とも、精霊の感覚とも違う、別の力の本流を感じる。
舞う中で、フローラリアの街並みが称えてくれるのを感じる。
花弁を浴びせて、シュネーの顔にも俺の顔にも花弁が触れても、踊りが止まらない。
気が付けば日が落ちて、空が暗くなっていく。
周囲に浮かんでいた街灯が回ると点の光から線の光に代わっていく。
景色を埋めていく花弁が、花吹雪が、本当の雪のように見えていく。
「イイネ、街が私たちを祝ってくれている。舞えば舞うほど雪に満ちていくね」
そんな話をしていて、さらに深く魔力が交わっていく感覚。
パッと急に視点が変わる。
雪の中本当に踊っている感覚……寒い。
雪が耳を切り裂くような寒さ、そして足を奪われるほどの深雪の中を踊るのはさっきよりもずっと疲れる。
「これ……が!疲れるって……こと!?」
「そうかも。アベル、見える?この雪景色」
「見える……けど……何これ?」
「私と一つになっている感覚。これがそうだってコト。踊ろう、舞おう、もっとペースを上げて」
「ま、待って!?」
迷宮の中を歩いているように世界が頻繁に移り変わっていく。
その世界に振り回されて、惑わされて、その中でも自分を保つために強く自我を持って踊る。
「アベルは、踊ったことある?」
「ないよ!初めて!!だからびっくりしてる!!?」
「……イイネ、どこか舞踏会のような優雅な踊りを身体が選んでいくのは……才能?」
「??わか……んっ、ないけど、これでいい、んだよね!?」
コクリと頷くシュネー。
世界の中の吹雪が、花弁になって、雪になって。
膝まで積もった雪は、時に疲労として目に見えなくても自分の身体に積み重なる。
ゴウゴウと吹き付ける吹雪の音は、群衆の歓声に変わったり。
吹雪の世界とフローラリアを行き来する不思議な感覚。
酔うって、こうなの……!?
* * *
日が完全に沈み切って、次第に人が減り、振りまかれる花弁も減れば吹き付けられる雪が収まっていく。
風の音が減って、それでも雪がどんどんと疲労と重なっていつしか自分自身を埋め尽くすこの感覚。
もう疲労が限界だと思っても、まだまだ踊りが止まらない。
シュネーの笑顔は疲れて苦しそうでも元気に笑っている、本当に楽しいんだろう。
俺もこんな経験、人生で何度できるだろうかと思いながら、全力で楽しむ。
いつしか雪が止んで、風も止んで、祭りの終わりを知らせる鐘の音が一気に現実に引き戻してくる。
シュネーは最後にポーズを取るために体重を預けてくる。
それの預けられたからだを受け止め、幕を下ろす。
「つっっか……れった……!!?!?」
そのポーズのまま、もう疲れて一切動けない。
シュネーも胸を上下させて息を整えようとしている。
「凄い……よく、付いてこれた……デスね……!」
周りは片付け始めて、街灯が消えて、まだ少し祭りの名残を感じさせて酒を飲んで顔を真っ赤にしてる男たちが楽しげに話している。
俺たちは地面に崩れ落ちるように座り込んで、息を整えた後、話す。
「……あれが、竜人の踊り?凄いんだね、あんな不思議な体験初めてした」
「よく、踊ってくれました……私楽しかった、アベルは?」
「俺も、楽しかった……!けど、もう当分はいいかな……」
「ソウダネ、私も全部踊り切れて楽しかった……」
「あれで全部なんだ、竜を降ろすっていうの結局よくわからなかったや」
「ソウダネ、今回は竜降ろしてないから、わかんなくって仕方ナシ。
アベルの灯と、竜人の世界、一緒に合わせた特別、デス」
「そっか、特別……楽しかった」
「私も。またナニカあれば嬉しいね、よかったらマタ舞おう。竜の墓場でマタネ」
「……その時、元気なら、また踊ろう……いや、舞おう」
そう言って、どこで再会できるかもわからない約束をする、
不思議な冬の祭りでの出会い。
結局竜人が何なのか、それにあの踊りで見た景色が何なのか、何もわからないのだが、疲労がそれを押し流す。
なんとか別れの言葉を吐きだし、帰っていった。
借りていた衣装を返すも、シュネーが俺の角に巻いたリボンやアクセサリーを返すのを忘れてた。
……今日は疲れたし、また今度にしよう。
お腹減ったけど、食べるのもまた今度にしよう。
とりあえず、眠りについて、明日以降に備えよう。
角に巻いたリボンや指輪やネックレスはそのままに、ベッドに倒れ込んで眠った。
* * *
次の日、夜遅くまで帰ってこなかった俺のことを二人が気にしてくれていた。
踊り回っていた俺の様子は祭りのなかでも注目を浴びていたので、何をしていたのかについて色々聞かれることが多かった。
しかし
「竜人について聞かれても俺もよくわかんないよ~!?突然出会って一緒に踊って、それだけだよ~!?」
これ以上に上手く説明できる言葉を持てなかった。
二人は興味津々で、シュネーを探そうとしていたがどこにも見当たらない。
俺もアクセサリーを返そうとしたのにどこにも見当たらなかった。
不思議な人だ、どこまでもわからない存在だった。
そんなまるで夢を見ていたかのような冬の祭りを終え、俺たちはフローラリアを離れていくことになった。
いつかまた、冬に彼女に忘れ物を返すために。
そして、リーリャさんに会いに来るまで、少しの間サヨナラだ。
ちなみに二人は祭りを楽しめたらしく、どうだったかと聞けばセオドールは顔を赤くし、エルナは嬉しそうにその日の話をしてくれた。
フローラリアから発つ時、ふと舞う花弁に目を奪われる。
それがもう雪に見えることなんてないのは、冬がどこかへ去っていこうとしているからなのかな。
* * *
旅を再開した俺たちは雪を忘れ、馬車に揺られ、あっという間に灰燼戦野にたどり着いた。
セオドールが言うには灰燼戦野の魔物の素材があれば、とりあえず旅の目的は果たせるらしい。
灰燼戦野はその名に恥じない、灰の積もった灰色の平野だった。
草木もどれも灰色で、乾いた風が吹くたびに大地の灰が撒きあがる。
つい最近まで戦争があったかのように地面が荒れて、朽ちた剣や盾が落ちていて、誰かの戦った痕が残っていた。
そしてその戦闘の痕は一部保存の意味を兼ねてそのままで、それ以外の部分は人が集まって地面を掘ったりして何かを探しているようだった。
「セオドール、あれって何してるの?」
「あれは『戦野漁り』って言われる人たちだね。
千年前のお宝がたまに見つかるらしくって、それを探しているんだって。
ただ、もう千年前の話だからそもそも朽ちてしまってたり、誰かがもう見つけてしまってなかなか見つからないらしいけどね」
「へぇ~……要はトレジャーハンターか」
「そうだね、けれど何かお宝があったとしても、もう朽ちてたらなんだかもったいない気がしちゃうね」
「そうね……それにこの土地はいつも灰色。
魔力が枯れた土地だから魔力が籠ったものも見つけやすいだろうけど、それは魔物も同じ。
けれどこの辺りでもまだ魔物の発見記録があるなら、それはこの土地にまだお宝が残っている証拠なのかもしれないわね」
「魔力感知……俺もできるようになりたいな……あ、二人ならお宝すぐに見つけれたりするの?」
「無理ね、地面の中にある物を探せるほどの精度はないわ。
それこそ、地中の魔物を捕まえるのに特化した魔物とかじゃないとダメね」
「そういった魔物の素材を使った魔法具なんかを使って彼らはお宝を探してますね」
「なるほど……そう言う生き方もあるんだね……」
冒険者として、未知を追いかける。
研究者として、可能性を追い求める。
そして、千年前に思いを馳せて、人生を賭ける価値がきっとここにはあるんだ……
セオドールが探しているのは、さっき話に上がった地中の獲物を探すことに特化した魔物の素材。
周辺を探していれば簡単に見つかったそれは、アリクイのような細長い口を持っており、舌を地面に突き刺し、その際に自身の魔力を波紋のように広げ、反射するものを探している。
必要な素材は舌の裏にある地中へ魔力を広げるための器官。
地上で生活している魔物だからエルナとセオドールの手にかかれば簡単に見つけられるし、そこまで危険な魔物でもないので簡単に倒せた。
「ありがとうございます!コレでこの素材を組み合わせて、魔力の流れをより正確に測れる魔法具を作成できそうです」
「流れを正確に測ることが、融合と関係あるの?」
「そうですね、細かいところを見れるようになれば何かしらの変化もすぐに分かりますから、それを確認出来れば今度は細かい修正……それについては僕の魔眼で上手く調節できますし、進歩に繋がります」
「へぇ、こういうのって売ってたりしないの?便利そうに聞こえるけど」
「こんなに細かく調べる必要が無いから、そもそも作る意味が無い、って感じですね。
僕みたいにもっと細かく見ようとする人には便利でしょうねぇ」
そう言って完成図を想像しているのか、セオドールは嬉しそうだ。
「それじゃ、素材は何とか揃ったし、ワタシ達は帰る準備始める?」
「……それなんだけどさ」
帰る方向へ話を進める二人の間に立って手を挙げる。
「首都の、アレーナに行ってみたいんだ」
「へぇ?闘技大会出たいとか?急にどうしたの?」
「いや……捕まっているって言ってた、無属性魔法使いの『ネネ・グレイ』に会ってみたいんだ」
「灰色の魔女、だったかしら?投獄されている犯罪者と会うのは簡単じゃないわよ?」
「わかってる。行って、もし会えなかったら諦めるよ……今度何とか自分で会ってみる」
「なんでそんなに会いたいの?無属性魔法について知りたいから?」
「……うん、俺ができることが増えたらなにかの役に立つかもしれないし、俺も強くなれる」
「……どうする?セオドール?アナタに任せるわ」
一言も発さなかったセオドールの方に視線を送るエルナ。
セオドールはずっと悩んでいたのか顎に手を当て、小さく唸ったあと、口を開く。
「ネネ・グレイ、研究のための面会だといえば、僕の身分と名前の力で行けるかもしれません。
僕も無属性魔法には興味があります、行ってみましょう」
「ホント!?いいの?ありがとう!!」
「いえいえ、僕の方こそ素材集めの旅やフィールドワークを手伝ってもらって感謝していますから、こんなことで恩返しができるなら、是非」
「大助かりだよ!」
「それじゃ、今度はアレーナ行くの?
あんまり灰燼戦野には長居できななかったけどいいの?」
「まぁ、元から素材目当てでしたし、そこまで観光するようなところもありせんから。
それよりも、素材を持って帰って早く魔法具を作って色々試したいです」
「そう?ならいいけど、それなら早く行きましょ~、ここに居たら髪の毛に灰がついて嫌なの」
「それじゃまた馬車で、今度はアレーナの方に向けて出発〜!」
一日足らずの滞在で去っていく灰色の平原。
決して魅力がないわけじゃない。
また来て、トレジャーハンティングなんてしてみるのも楽しいかもしれないな。
なんて思いながら歩いていれば、少し暖かい日差しに眠気がする。
もうすぐ冬がすぎて、春が来て、夏が来たら俺がこの世界で記憶を失って目を覚ましてから一年。
様々な出会いと、アルビレオとの大きな別れを経験し、沢山のことを色んな人から学んできた。
次は何が待っているのか、俺の失った記憶、次の夏が来る頃には前進してると嬉しいな。




