第八十二話「H.N.Y.01《ハニー・ワン》」
岩と土の巨体──土人形が踏み込んだ。
「来るぞッ!」
振り上げられた太い腕が、頭上から一気に落ちてくる。
俺たちは一斉に飛び退いた。
ドォン──ッ!
土塊の拳が地面を抉り、舞う砂塵。
「アンネ!」
いうより早く、アンネは紺色の本を開いていた。
「流れ流れて満つ大河、重ね重ねて成る千波──」
彼女の左右に現れたのは、激流を閉じ込めた水球。
「呑み込め──≪千流鎖≫!」
二つの水球は弾け、水の柱となって放たれた。
荒れる水勢、津波の如し──ッ!
うねる水流は土人形へ絡みつき、腕から胴へ、喰らうように覆っていく。
土人形の肌が緩み、ぼろぼろと剥がれ落ちた。
土は水に弱い。〈水術師〉──アンネなら難しい相手じゃない。
「委員長だ! 後ろを狙え!」
坊主の戦士が叫び、大剣を手に走り出した。
──詰められれば不利か。
「前に出る。アンネを守れ、アフロ」
「へいへい~。早く倒してもろて」
ジョイの気抜けた返事を背に、俺は前へと駆けた。
正面──戦士が、猛りを叫んだ。
「ウォオオオ!!!!」
振り上げる大剣の、斬り落とし──ッ!
身をひねり躱した。瞬間、横から重盾使いの突進──ッ!
叩き込まれる重盾。衝撃に合わせ、後ろへ跳んだ。
さらに黒髪の細目──槍使いが踏み込み、鋭い穂先を突き出した。
炎竜剣で長槍を弾いた直後、
「ッ……!」
首を傾けると、頬を矢じりが掠めていった。
支援術士は、すでに次の詠唱を始めている。
『負傷率八%』
幻身環の無機質な声に、俺の口元は緩んだ。
──面白い。
猛攻をいなすレオルドに、激流を操る委員長。
ふたりを見ながら、オレはほくそ笑んだ。
くく──圧倒的ではないか、我が軍は。
みなに任せておけば、このジョイさまが苦労することはない。
そのとき、奥の岩場で黒衣が揺れた。
赤い長髪の女術士が手を掲げている。
「ゆらり煌めく火影の明かり、駆けて堕ちゆく赤明星──」
女の手の上で、炎が渦を巻くように膨らんでいく。
あいつは、隣のクラスのミランダ・ルーヴェル!
クソデカおっぱいサイズ測定不能ワガママお・姉・さ・んッ!
めっちゃ揺れとる──ッ!
直径一メートルほどの炎の球を手に、ミランダは勢いよく腕を振り抜いた。
「焼け落ちろ──≪星炎球≫ッ!」
「ヤベェッ!」
燃え盛る炎球が一直線に飛んでくる。狙いはアンネだ。
オレは背中のバッグを下ろした。
ダンッ!
「起きる時間だよぉ、マイ・ハニー!」
ガシャンッ──!
甲高い音と同時に、バッグから漏れたのは無機質な女の声。
『Humanoid Neural Yoke展開』
背負っていた機装が左右へ展開し、内部の歯車が高速で噛み合った。
折り畳まれていた白銀の四肢が伸び、腰、胸部、頭部が次々と組み上がっていく。
目元から頬にかけて継ぎ目が走り、淡いピンクの短髪が揺れた。
膝をついたのは──豊満な肢体(特に胸)を持つ、美少女型の機械人形。
『魔装具・H.N.Y.01──起動』
低姿勢から即座に加速──飛来する炎球の前へ。
足を踏みしめ、ハニーは両腕を突き出した。
『≪光子障壁≫展開』
前腕部の装甲が扇状に開いた──レーザーめいた光が走り、六角形の光片が連結していく。
ハニーの前方を覆うように、巨大な光の壁が展開した。
炎球が迫る──ッ!
轟ッ!
爆ぜる炎が障壁いっぱいに広がり、灼熱が岩場を駆け抜けた。
火の粉散る、花ちる紅は、雨あられ。
黒煙が噴き上がる奥──ネオンピンクの瞳が煌めいた。




