第八十一話「炎竜剣マグニス」
深い森の中──ダニーは手に持ったリンゴに、突き出た前歯を食い込ませた。
葉を重ねたような布地は森に溶け込み、腰の左右には短剣が一本ずつ下がっている。
短い茶髪に葉影をちらつかせ、ゆるりと木々の間を進んでいく。
森を抜けると、深い谷が口を開けた──中央には、細い岩道が伸びている。
俺は谷底を見下ろした。
──かなり深いな。
ダニーは足を止め、リンゴの芯を放り投げた。
「レオルドさん、どうしますか。この先は地形が悪いッスけど」
ダニーは探索に長けた斥候だ──忠告は無視できない。
だが──この程度で止まっていては、ゴールには辿り着けないだろう。
「関係ない。進むぞ」
「かしこまりやした」
びゅうっ──
乾いた風が、岩肌の間を吹き抜けていく。
周囲に広がったのは、森に囲まれた岩場だった。
切り立った岩壁と深い谷が複雑に入り組み、その合間を縫うように道が続いている。
場所によって高低差も激しく、少し先さえ岩壁に遮られて見通せない。
──峡谷地帯か。
ダニーが口笛を吹いた。
ぴゅうッ♪
「嫌なとこッスねぇ~」
あたりを見回していると、背後で息をつく気配がした。
目をやると、濃紺の三つ編みが左右に揺れた──アンネ・ウィットだ。
白と紺を基調とした法衣を纏い、胸には一冊の魔導書を持っている。
眼鏡の奥の瞳が、入り組んだ岩場を静かに見渡した。
「待ち伏せには持ってこい──って感じですね」
遅れて、褐色肌のアフロ──ジョイ・ハリスが気だるそうに歩いてきた。
黒の野外服に身を包み、人ひとり収まりそうな白いバックパックを背負っている。
「あぁ~ッ!!!!」
ジョイは天を仰いだ。
「男くさすぎる──なんで女子がいないんだッ!」
「レオルドさんと一緒の班なんて、光栄に思った方がいいッスよ~」
ダニーが呆れたように言うと、アンネがおずおずと手をあげた。
「あの、私……生物学的には女子、なんですけど……」
眼鏡のそばかす顔から、ジョイは視線を下へと滑らせていく。
「委員長は──顔は、いいんだけどなァ」
「えっ、あっ、ありがとう──ございます?」
「あとは、胸があれば──くぅ──ッ」
「セ、セクハラですよっ!」
──緊張感のない奴らだ。
聞き流していると、ジョイは俺の前へとスッと回り込んできた。
「つか、なんで肩パッド片方だけなん? ダッセェの~」
「肩パッドではない──肩鎧だ。利き手を空けることで、大剣の可動域を高めている。そんなこともわからんのか、変態アフロ」
「カッチーン! アフロは馬鹿にしちゃいけないって、ママに教わらなかったんですかァ~? アァ~ン!?」
「変態はいいんスね」
ダニーは呟いた。
「あぁ~もうやる気なくしちゃったなぁ。お姉さんのパイパイとかないと、これは動けな──」
ジョイは半開いた口のまま──
「あ、あのぉ……なんか、囲まれてませんッ?」
──ようやく気付いたか。
「ああ。わかっている」
両側を切り立った崖に挟まれた、狭い岩場。
前方の岩陰から出てきたのは──巨大な盾を構える重盾使いの大男。
もうひとりは、黒髪で細目の青年──槍使いか。
二人の背後には、黒衣を纏う赤い長髪の女術士。高い崖の上にも、弓兵の男がひとり。
まだ出てくる。横手の岩棚から二人──大剣を構えた坊主の戦士。
その後ろには、法衣を纏う茶髪の男──おそらく支援術士。
さらに後方には、魔女帽を被った紫髪の少女──長い杖を手に、すでに詠唱を始めている。
大がかりな魔法陣を見るに──召喚士か。
──ここまで、七人。
どこだ──近くにもう一人いるはず。
「組んでやがんのか──テッメェら、卑怯だぞッ!」
ジョイが叫ぶと、アンネは眼鏡をくいと上げた。
「成果を分ければ合格ラインですからね。理に適ってます」
「いってる場合かよッ!」
ダニーは前歯を下唇に引っかけ、にやりと笑った。
「塞がれちまいやしたねェ、道」
「どうすんの!? ねぇ、どうすんの!?」
俺は背負った大剣の柄を握り、
「決まっているだろう」
静かに引き抜いた。
「──皆殺しだ」
沈黙が落ちた。
「……ッビビんな! こっちは八人だ。負けやしねぇ!」
坊主の戦士が声を張り上げると、後方にいた支援術士の杖が掲げられた。
「バラグナよ、戦神バラグナよ──折れぬ魂を我らに。不屈を灯せ──≪勇気の息吹≫!」
輝かしい黄光が敵陣へと広がっていく。
強化系の範囲魔法──並の攻撃では、手こずりそうだな。
「ウォオオオッ!!!!」
真っ先に仕掛けてきたのは、重盾使いの大男。
その後ろからは戦士と槍使いが続き、頭上では弓兵の男が弓を構えている。
即席にしては悪くないが──
「足りるのか。たったの、八人で──」
俺は剣先をゆっくりと上げ、前へ構えた。
「お前ら、下がってろ」
──試し切りだ。
「〈炎竜剣マグニス〉──吠え猛れ」
起動詠唱と共に、刀身へ魔力を流した。
次の瞬間。
ボウッ!!!!
剣を包むは烈火の炎──ッ!
龍が如く燃え猛る刃を、腰に溜め──薙いだッ!
ゴォ──ッ!
灼熱の斬剣──唸る炎竜の斬撃が、大気を焼いて駆けていく。
先頭の男が、咄嗟に大盾を構えた。
「ぐあ──ッ!」
轟音と共に盾が弾かれ、巨体が後ろへ吹き飛ぶ。
盾の陰から戦士と槍使い、頭上からは銀矢。
返す刃で、天降る矢ごと正面を薙ぎ払う。
ゴウッ──!!
炎熱の奔流に銀矢は呑まれ、槍使いと戦士は一斉に後退した。
槍使いの青年は細目を見開き、坊主の戦士は息を呑んだ。
「なんだ、あの剣……!」
神話の怪物〈紅蓮龍イグニス〉を模したという魔装具──商人の誇張だと思っていたが、性能は伊達ではないらしい。
直後、ジョイが悲鳴を上げた。
「ギャーッ! あちっアチチチ! 髪、髪燃えてねッ!?」
アンネが慌てて手をかざす。
「ああっ、消しますっ、消しますっ」
淡い青光が灯った掌から、水流が弾けるように飛んでいく。
顔まで水を浴びたジョイは、ぶはっと息を吐いた。
「レオルドこのバカッ! 火の粉が飛んでんだよッ! こっちまで燃やしてどうすんだアホ!」
「下がれと言ったろう」
その時。
奥から、膨大な魔力が噴き上がった。
遠くから聞こえるのは祝詞の断片。
「──ラン・ドル・ヴァ──ディ・ガエラ──」
召喚士の少女が言葉を紡ぐたび、大気が揺れていた。
「岩は骸と成りて、土は肉を成す──我が声は魂の息吹、汝に命あらんことを」
魔法陣の下──地面が隆起し、土が膨れ上がっていく。
吹き荒れる突風。
少女の魔女帽が弾け飛び、紫の長髪がぶわりと舞った。
隆起した土塊へ岩が次々と吸い寄せられ、腕、胴、頭部へと形を変えていく。
そして現れたのは、俺たちを見下ろすほどの岩石の巨像。
「いけ──≪土人形≫!」
頭部の奥で、赤い双眸が鈍く光った。
──チッ、面倒だな。
こうしている間にも、炎竜剣に凄まじい勢いでマナを吸われている。
──燃費が悪い。悠長にしている暇はないか。
大地を震わせる土人形を前に、俺は剣を握りしめた。




