第七十九話「死の箱庭《デッドリーガーデン》」
試験当日、演武場にて。
見渡す限りの草原は、いつのまにか深い森へと姿を変えていた。
──景色が、変わっている。
俺は、入口に集まった生徒を見渡した。
人数は六十名──四人一組、全十五班だ。
みなの服装は、いつもの実習着ではない。軽装の鎧を纏う者、長い外套を羽織る者、魔術師らしいローブ姿まで──それぞれが思い思いの装備に身を包み、武器を携えている。
俺は黒革の短いジャケットに、履きなれたパンツ、革のブーツ、腰には短剣──停天光輝。
──やっぱ、これが一番落ち着く。
ミレイユの方を見ると──白を基調とした法衣に身を包み、藍色の髪を背に流していた。短い外套には金糸の縁取りが入り、手には細身の杖。今日はすっかり魔術師の装いだ。
その隣にはイルゼ──黒の戦装束は、体の線がはっきりと出ている。腰には、小さな鍔をもった黒鞘の剣。装飾らしい装飾もなく、いかにも彼女らしい格好だ。
ノエルは──白銀の軽鎧に身を固め、長柄の十字槍を背負っている。普段のおどおどした雰囲気とは裏腹に、絵に描いたような騎士だった。
──さすがに本番ともなると、雰囲気が違うな。
生徒たちの前には、軍人めいた深緑の服を着たマツ先生がいた。赤茶の短髪はオールバックで、ゴツい顔はいつもより凛々しい。
その横にはキミドリ先生。冒険者姿のポーニャとクラリッサも並んでいる。
あとは──牧師のような黒の長衣を纏う、黒髪オカッパの男が立っていた。
パンッ!
マツ先生が手を叩いた。
「ちゅうも~く! これより、野外試験のルールを説明する。試験の目標はひとつ! 演武場の中央にある白い塔──“白亜の塔”に辿り着き、頂上まで登ること!」
マツ先生が示した先──森の中には、天まで伸びる白い巨塔が見える。
「ただし──試験に合格するには、班全体で六点以上を所持する必要がある。そして、お前たちが今つけている幻身環──それが一点だ。開始時点では各班四点。他班の幻身環を奪えば、そのまま自分たちの得点になる。どうやって奪うかは自由だ! 六点以上もっている場合は、余剰点数の分、成績を加算する! 六点に満たない場合、ゴールすることはできない。基本のルール説明は、以上だ!」
──つまり、ふたり倒せってことか。
そう思ったとき、黒髪オカッパの男が歩み出た。
「設備面については、あらためて私から。魔導工学担当教師──ムーア・トラーティだ」
痩せた頬はわずかにこけ、細い目元は神経質そうだ。年は四十代くらいだろうか。
「今さら言うまでもないが……キミたちの肉体は、“幻身体”へと変換される」
トラーティ先生は、右腕をスッと横へ伸ばした。
腕の後ろにいたマツ先生が、腰をかがめ──右手を頭上に振り上げた。手刀の構えだ。
「フンッ!」
振り下ろされる剛腕──ッ!
ブシュッ!
生々しい音と同時、トラーティ先生の右腕が吹き飛んだ。
血は出ておらず、断面から光の粒子が零れている。
「このように身体を損傷しても、本体には一切影響しない。ただし──キミたちには痛覚も再現されるため、承知しておくように。そして、致命傷を検知した場合、その時点で脱落──演武場の入口へと転送される。幻身環はその場に残るので、回収した班の得点となる。自分で取り外すことは、原則できない。最後に──演武場には、あちらに見える天文台を基点として、特殊な結界が張られている」
学府中央にある巨大な塔は、天文台というらしい。天球儀のような三つの銀環が、今日もゆっくりと回っている。
「キミたちが装着している幻身環は、結界と同期して効果を発揮している。演武場外に出ると、幻身体が解けてしまうので注意してくれ。万一、装置に異常が発生した場合は、警報と同時に試験は中止される。心にとめておくように──質問はあるか!」
金髪碧眼の男が手をあげた。深緑の戦装束に身を固め、左肩にだけ鎧を備えている。背には、赤い意匠を走らせた大振りの長剣を負っていた。
「はい、そこのキミ──なにかな」
「致命傷の定義を教えてください」
「良い質問だ。この試験では、胴体への深い一撃、首の切断──通常であれば死に至る負傷を、致命傷と呼ぶ。また──ダメージはデータとして蓄積され、一定値に達した場合も脱落だ。現状のダメージについては、幻身環のボタンを押せば分かる。補足として──幻身体は生身ではないため、治療はできない。他に質問があるものは?」
──回復縛りのゲームみたいだ。
「……いないようだな。私からは以上だ」
トラーティ先生と入れ替わるように、マツ先生が前に出てきた。
「言い忘れていたが、道中には障害も配置している。不測の事態が起きた場合は、オレたち試験官に加え、ポーニャ先生たちが即座に介入する! 心おきなく、試験に取り組んでくれ!」
──点を奪い合いつつ、ゴールを目指す。シンプルなルールだ。
反則事項が少ないということは、別班との共闘などもアリということになる。
乱戦になることもあるだろうし、目立てば叩かれる確率も高いだろう。
──単純な試験ではなさそうだ。
ザッ。
前に踏み出てきたのは、キミドリ先生だ。
授業中と同じ教師服を着ており、手には黒革の本を持っている。
「では、ここからは私が」
細い眼鏡をくいと上げ、懐から取り出したのは短い杖。
キミドリ先生は本を掲げ、杖を振り上げた。
深緑のボブがふわりと舞ったとき、
ゴゴゴ……。
大地が震えた。
そして──唸るような地響きとともに現れたのは、巨大な白い門。
重厚な扉が、大地を削りながら開いていく。
扉の中は、油膜のような虹色の光が揺らめいている。
「演武場にあるスタート地点は、全部で十五か所。転移門をくぐると、そのいずれかへ転送されます。試験開始はアナウンスで伝えます」
キミドリ先生は、黒革の本を閉じた。
「では、これより──野外試験──“死の箱庭”を開始します。一班から順に、門の中へと進んでください!」
俺たちは、第三班だ。
ふと横を見ると──ノエルは唇を結び、震えていた。
死なないとはいえ、これから始まるのは殺し合いだ。
──緊張するのも、無理はないか。
俺は、ノエルの肩へ手をやった。
「わっ」
「練習通りいこうな」
「う、うん……」
放課後を使って、ノエルとは連携を何度も確認した。
ノエルの腕は悪くない。むしろ、槍の技術だけならかなりのものだ。
問題は──実戦になると、視野が狭くなること。
──ヤバくなったら、俺が何とかすればいい。
「次、第三班──前へ!」
キミドリ先生の号令に、ミレイユは真っ先に踏み出した。
「よーし。気楽にいきましょ!」
「死ぬ気で働け。姫さまのためにな」
そういってイルゼが続き、ノエルもその背を追う。
「が、頑張ります……!」
両手で頬を叩き、俺は前を見据えた。
──よし。気合十分だ!
俺たちは扉へ──光へと、足を踏み入れていった──。




