第七十八話「ノエル」
青髪の青年は、言葉を探すように唇を震わせた。
「あ、あの……おれは──ノエル・フェルゼンです。よろしく、お願いします」
こちらを窺うような淡い灰色の瞳は、目が合うと逃げていく。
「フェルゼン──」
イルゼは青年を見て、ぼそりと呟いた。
「お友達ですか」
「いや。フェルゼンは──代々王家を守っていた、騎士の家と同じ名だ。以前から思っていたが、お前は嫡子なのか」
「それは……」
ノエルは目を伏せた。あまり気乗りする話題ではないようだ。
「それは頼もしいな。よろしく、フェルゼンさん」
「あっ……ノエルで、いいです」
「そうか。よろしく、ノエル」
手を差し出すと──ノエルはおずおずと、俺の手を握った。
女のような手だ──戦えるのか、この子。
そう思ったとき、イルゼは腕を組んだ。
「先に言っておくが、私は姫さまの護衛だ。試験に興味はない──勝ちたければ、お前らでなんとかしろ」
「えー……」
どう返そうか迷っていると、ミレイユが前に踏み出た。
「大丈夫。私もフォローするから」
「フォローって、戦えるのか」
「戦闘は微妙だけど、支援魔法なら得意よ」
風に揺れる藍色の長髪を押さえ、ミレイユは周囲を見渡していく。
「ざっと周りを見た感じ──ひとりは支援に特化したメンバーがいるみたい。試験はサバイバル形式っていってたから──支援役を崩せば、有利になりそうね」
「なるほど……」
要するに、ミレイユは狙われるポジションにいるということだ。
そうなると、イルゼが横についておくのは必要なことだろう。彼女が言うとおり、勝ちにいくなら俺とノエルで前線に出る必要がある。
ん、待てよ。
もしかして、状況によっては──。
遠くにいるフィオナを見ると、楽しそうに手を振ってきた。
彼女に小さく手を振り返し、俺はこれまでの戦闘を思い返す。
──厄介な敵になることは間違いない。アナスタシアも同様だ。
可能な限り、戦いは避けるべきだろう。
考え込んでいると──ミレイユは暗紅色の実習服から、リモコン装置を取り出した。
ピッ。
平原の底から、灰白色のゴーレムたちが這い出てくる。
「とりあえず訓練しましょう。私を狙うように設定して、っと……ノエルと緋色が前衛で、私は後ろから支援、イルゼは漏れた敵を担当──そんな感じでいいかしら」
「ああ」
「訓練ゴーレム如きに、遅れを取るなよ」
イルゼがそういうと、ノエルは銀の槍をぎゅっと握った。
「が、頑張ります」
──めちゃくちゃ不安そうだ。大丈夫かな。
背後で、ミレイユが短い杖を掲げた。
「二人とも、いくわよ。風よ──風の大精霊エルゼよ。祝いたもうて春爛漫──≪風迅礼装≫!」
杖の先から、優しい風が吹き抜けてくる。
春色の光が地面を撫で──どこからともなく現れた花びらが、俺とノエルの体を包んだ。
「おお……」
溶けるように消えた花びらを見ながら、腕を回した。
──身体が軽い、ような気がする。
劇的な変化はないが、悪くはないな。
ザッ!
四体のゴーレムが、こちらへ向かって走り出した。
俺の方に二体。もう二体はノエルの方へ。
鈍重そうな見た目に反して、それなりに動きが速い。
──とはいえ、思考加速を使うほどじゃない。
一体目が、右腕を振りかぶった。
踏み込んで懐へ潜り、短剣を顔の赤核へと突き立てる。
ギンッ!
すぐに刃を抜き、膝へと蹴りを叩き込んだ。
沈んでいくゴーレム。横を抜けようとした二体目の進路へ、ステップで滑り込む。
頭部の側面めがけ、腕を振り抜いた。
勢いのまま弾ける前腕打ちに、地へと激突する灰白の体。
胸の赤核を狙い、とどめの刺突──ッ!
鈍い音とともに、ゴーレムは静かに動きを止めた。
よし。あとは──
「はっ!」
銀閃が薙いだ。ノエルの槍はゴーレムの拳を払い、その勢いのまま穂先が返る。
足元を薙いだ一撃に、膝の核が砕けた。
おお、見事な槍さばきだ。
しかし──その横を、残った一体が駆け抜けていく。
「あっ、待って……!」
ノエルが慌てて追った。
──間に合わない。
ゴーレムは一直線に、後方のミレイユへ迫った。
チンッ。
剣を収める音が聞こえた。
直後。ゴーレムの胴体が真っ二つになり、駆ける勢いのまま崩れていく。
イルゼは腰の剣に手を添えている。平静としており、黒い短髪は乱れひとつない。
──抜いていたのか、あの一瞬で。
「何をしている。情けない」
見下すような灰青の瞳をみて、ノエルは肩を落とした。
右目を縦に走る傷も相まって、普通に怖い。
「ご、ごめんなさい。思ったより速くて、その……」
「チッ。私はお前のような、ナヨナヨした男が嫌いなんだ。恥を知れ、愚図めが」
──相性は、最悪みたいだ。
「ま、まぁまぁ。始まったばかりだし、そう怒らず」
軽く嗜めるように言うと、ミレイユがイルゼに詰め寄った。
「そうよ。仲間なんだから、仲良くしてよね!」
「それは命令ですか」
「もうっ……そうよ。命令! 仲良くすること! わかった?」
「……姫さまが、そう言うのでしたら」
無愛想にイルゼは言った。
はぁ、先が思いやられるな──。
三、四限を通した訓練が終わる頃には、昼を回っていた。
マツ先生の号令とともに、集った生徒がまばらに散っていく。
今日の授業はこれで終わりらしい。
ミレイユは俺の方を向いた。
「それじゃ、みんな──また明日ね」
「ああ、また」
イルゼを後ろに引き連れ、ミレイユは去っていく。
護衛は課業中だけなので、今日の仕事は終了だ。
横に立っていたフィオナは、ぐったりと肩を落とした。
「うぁー……おばあちゃんのとこ行かなきゃ」
「なんで」
「だって野外試験、戦闘だよ。魔法使っていいか聞かないと」
「そういや──Cランクまで魔法禁止、だったか」
「そ。結構みんな強そうだし、ちょっとぐらい許してもらわないと……許可もらいに行く。あとでバレたら絶対怒るもん」
笑顔で咎める金髪エルフが、容易に頭に浮かぶ──エリンさん、恐るべし。
「緋色は帰るの?」
「んー。学内をちょっと見ていこうかな」
アナスタシアは無言で歩いていく。
と思えば──すぐに足は止まり、顔だけこちらを向いた。
「私は本屋に行く。ついて来るな」
再び歩きだすアナスタシアを追って、フィオナは腕を絡めていく。
「途中まで一緒に行こ~!」
「……ついて来るな」
ふたりが去っていくと、ノエルは静かに逆方向へ歩きはじめた。
──今のうちに、仲良くしておくか。
ポンッ。
ノエルの背を軽く叩くと、彼はびくりと体を震わせた。
「あっ──山田さん」
「緋色でいいよ。敬語もいらない」
緊張が解けたように、ノエルは小さく笑う。
「わかりました、緋色さん。あ、じゃなくて──わかった」
「帰るのか」
「ううん、ひとりで練習しようと思って。今日、全然だめだったから……」
「俺も一緒にいいかな」
「え、でも……迷惑かけちゃうかも」
「いいさ。仲間だろ」
「──うん。よろしく、お願いします」
白い頬はほんのり染まり、艶のある唇は優しく上がっていた。
ドキッ。
って、なんでや──相手は男だぞ!
だが、ノエルの顔と声は中性的で、パッと見たら女子にしか見えない。
俺の体が反応するのも無理はない。無理は、ないのだ。
誰かに心中で言い訳をしつつ、俺はノエルと歩いていく。
野外試験は来週──祝日は休むとして、練習に使える時間は三日だけだ。
出来るだけのことをしよう。
何だか嬉しそうなノエルの横顔をみて、俺はそう思った。




