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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第五十七話「黒蛇印」

 俺はアナスタシアを促し、木椅子へ座ってもらった。

 長机に置かれた三つの木椀から、湯気と甘い香りが漂っている。

 無表情のまま、彼女はただそれを見つめていた。

「食べないのか?」

「……必要ない」

 うーんと小さく唸り、俺は銀の匙をとった。

 透明なスープをすくい、金葉を舌の上に転がす。

 ──あたたかい。

 金葉はほろ甘く、すぐにとろけた。

「おおっ。美味い!」

 敵意がないことを示さねば。

「今日のスープは、“採れたて金葉スープ”。マルタさんの自信作らしい」

「マルタ?」

「宿の給仕さんだよ──君のために作ってくれたんだ。できれば、食べて欲しいんだけど……あっ、フィオナも起こさないと」

 席を立った時、

「その前に──」

 アナスタシアは低く言うと、素早い動きで席を立った。

 銀の長髪が鋭く揺れる、次の瞬間。

 彼女は俺の首を掴み、床へ押し倒してきた。

「ぐ……ッ!」

 冷たい美貌が、真上から俺を見下ろしている。

 まさか──

 ドレスを勝手に脱がせた件、か──?

「違うんです。脱がせたのは、フィオナですっ……」

「何を言っている。知っていることを、話してもらおうか」

「っ……苦しっ……」

「油断させ、毒を盛り、剣を抜いた者が、どれだけ居たと思う」

「ちょ、待っ……」

「お前は何者で、なぜ、私はここにいる。言え──」

 首はさらに絞められ、重圧が増していく。

「……っ、……」

 潰れた息が零れた時。

 

 バチ──ッ!


 アナスタシアの胸元で、黒い火花が散った。

「がッ……!」

 彼女は胸を押さえ、仰向けに倒れ込んだ。

「ァァアアアアッ!!!!」

「ごほっ……げほっ。おい……どうした」

 身を起こして寄ろうとすると、彼女は震える手を挙げた。

「来るなっ……」

 そう言うと、前開きのシャツを裂くように開いた。

 胸の上に浮かんでいるのは──黒鎖の紋様。

 谷間の奥まで絡みつくように、蛇のように黒い鎖が侵している。

 挿絵(By みてみん)

「ッ……黒蛇印(サバディーラ)……」

「サバ?」

 アナスタシアは忌々しげに顔を上げ、再び俺を押し倒した。

 馬乗りになって、俺のシャツを乱暴に開き──

「ちょ、何をっ」

「見ろ」

 示された場所──鎖骨の下には、小さな紋様。

 黒蛇の円環だ。中心を縦に貫くように、一本の白剣が刻まれている。

「えっ。何これ」

 息を荒げながら、アナスタシアは続けた。

「制約であり、(とが)であり、最上級の──呪い──」

「えーっと」

「しかも……私が、下……この、私がッ……」

「つまり?」

「私は今、お前の下僕──奴隷ということだ。主人を害せば、罰を食らう」

 アナスタシアは手で顔を覆ったまま、体を震わせている。

 下僕。

 奴隷。

 耳慣れない言葉に、思考が追いつかない。

「あーっ!」

 ベッドの方で、弾ける高い声。

 顔を向けると──

 フィオナが口を開け、信じられないという顔をしていた。

「ふたりで遊んでる! ずるい!!」

 勢いよく、こちらへ駆け──

 飛んだッ!

 アナスタシアの背へ──ッ!


 ドンッ!

 

「ぬあっ!」

「お゛っ、ふッ……!」

 二人の身体に、俺は押し潰された。

 

 バチ──ッ!

 

「ァァアアア゛ア゛ッ!!!!!!」

 アナスタシアの胸元が、再び黒く弾けた。


 ──。


 騒ぎが収まった後、俺たちは食卓を囲んだ。

 長机を挟んで、ここまでの経緯を順に話した。

 アナスタシアは唇に手を当て、下を向いている。

「あと、もうひとつ問題があって──」

 俺の背後には、鼻歌まじりのフィオナ。

 飯を食い終えたと思えば、街で買った整髪料で、俺の髪を滅茶苦茶にいじっていた。

「動かないでっ。今、作ってるの!」

「はい」

「できた! 爆発ヘアー!!」

 俺の髪は、爆発したようだ。

「ご覧の通り──幼児退行? しちゃってるみたいで」

「……カリオスの影響だろう」

 アナスタシアは腕を組み、フィオナを見た。

「うーん。やっぱ、ドラゴンにしよっと!」

 フィオナは再び、俺の髪を崩し始めた。

「これ、治りますかね。病院には、まだ行けてないんだけど」

 このままでは、頭髪が限界を越えてしまう。

「心配ないだろう。カリオスの力が弱まった今──数日もあれば、元に戻るはずだ」

「できた! ドラゴンヘアー!」

 俺の髪は、龍になったようだ。

「数日……、数日も……?」

 きゃっきゃと騒ぐフィオナを見て、俺は深く息を吐いた。


「ふん、ふん~♪」

 髪をいじるのに飽きたのか、フィオナは床に寝そべり、白紙にペンを走らせていた。

 謎の宇宙人を描いている。

「ダイアンは、なんで呪いをかけたのかな」

「主従契約を結ぶことで、堕神を私の中へと押し込めたんだろう」

「でも俺、何もしてないんだけど」

「だろうな。お前はただの、後釜だ」

「後釜?」

黒蛇印(サバディーラ)は、絶対遵守の制約魔法──半永久の隷属紋だ。主人が死ねば、伴侶、子供──もっとも近しい者に、鎖のように継がれていく」

「じゃあ、ダイアンは──」

「……」

 無言のまま、アナスタシアは席を立った。

「どこ行くんだ」

「外の空気を、吸ってくる」

「俺も行っていいかな。聞きたいこともあるし」

「あたしも行くっ!!」

 フィオナはペンを放って立つと、飛びつくように俺の手を握った。

「……好きにしろ」

 アナスタシアは呟き、部屋を出ていく。

 俺はフィオナを見た。

 白シャツ一枚、だけ。

「服……着替えよっか」

「やだッ! これがいい!!」

「恥ずかしいだろ。俺のシャツだし、ちょっとパンツ見えてるし」

「やー!!」

 部屋の隅にかけていたフィオナの服を、俺は手に取った。

「こっちの方が可愛いって」

 白いワンピースを、ひらりと見せた。

「ほら、着替えよう」

 ごねるフィオナをなだめ、着替えさせていく。

 年頃の娘がいる父というのは、こんな気持ちなのかもしれない。

 あっ。

 恐る恐る、俺は自分の髪に触れた。

 前衛的。いや、宇宙的とも言える造形だ。

 ドラゴンヘアー、直さねばなるまい。

 俺は文字通り頭を抱え、髪を整えるのであった──。

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