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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第五十四話「ヒーローは、遅れてやって来る」

 荒く上下していた堕神の呼吸が、不意に止まった。

「憂鬱……ああ……憂鬱だ」

 両手で顔を覆い、縋るような声で。

「なぁ、教えてくれ……」

 指の隙間から覗いたのは、底知れぬ業。

「お前を喰らえば、気持ちは晴れるか?」

 そこに映るのは殺意ではない。

 憎悪でもない。

 憤怒とも違う。

 憂い。

 苦悩。

 そこにあるのは──

 

 飢え。

 

 狂おしいほどの、


 渇望。

 

 暗い碧眼は、たしかな“救い”を求めていた。

「我が(まなこ)に映るは遠き感傷」

 乞うように、堕神は言葉を紡ぎだす。

『まずいぞ!』

 ダイアンの叫びに、足を踏みしめた。

 

 走れ、前へ──ッ!

 

「憂いに嘆き、あの日を描いた」

 ぼそりとした詠唱が、沈黙を侵す。

 その声を振り払うように、叫んだ。

身体強化(ブースト)思考加速(アクセル)ッ!」

 

 考えるな。


「我思う」

 

 動け。


「故に世界は」


 届けッ!

 

「──美しい」


 横薙ぎ一閃──ッ!

 細い首筋に、刃が食い込んだ。

 

「≪遠き残響の幻香(レゾナンス)≫」

 

 ザンッ。

 

 刃が触れた直後、霞むように堕神は散った。

 濃紫の霧が、視界を呑み込んでいく──

 見渡せど、人影はない。

 地の底から、潜んだ声が響く。

身体強化(ブースト)に、思考加速(アクセル)。頼みの綱は、ろくに使えもしない剣」

 懐から黒銃を抜いた。

 装填、回転、異常なし──

 煙の向こうに、わずかな気配。

 揺れる影に、引き金を絞った。

 

 ダン、ダンッ!

 

 金の弾丸が紫煙を貫く。

 が。

 影はかき消えた。

 手ごたえはまるでない。

「ああ。そんな玩具(オモチャ)も、持っていたな」

『後ろだ!』

 背後から剣閃。

 咄嗟に身体をひねった。


 ザシュッ!

 

 肉を裂かれる鈍い手応え。

 一拍遅れ、焼けつく痛みが右腕を駆け上がった。

「っ……クソ……」

 右上腕が、燃えるように熱い。

「くく……」

 堕神の(あざけ)る声が反響した。

 まるで気配を掴めない。

 この紫煙を、どうにかしなければ。

『この煙は、魔力の塊だ』

「どうすりゃいい」

『より強い力を、当てるしかないだろう。いけるか?』

 俺は、深く息を吸った。

「やるしかないだろ……いくぞッ!」

 ありったけの魔力を、短剣に流し込む。

 刃は沈黙を裂き、光と成して散っていく。

 砕けた破片の輝きが、雪のように流れ出した。

 

 一か八か、だ。

 

停天光輝(アストレイン)!」

 震う叫びに、剣が呼応した。

 光が世界を塗り潰し、視界が白に焼ける。

 凝縮された光が、輪郭を持っていく。

 真の形が、定義される。

 虚空が歪み、透き通る刃に星が沈んだ。

 顕現せしは──

 闇喰らう青光の大剣。

 幾重にも刻まれた紋様が、脈のように淡く明滅した。

 荒れ狂う魔の奔流に、紫煙が押し広がる。

 紛れた気配が浮かんだ。

 右。

「そこだッ!」

 質量すら感じぬ巨刃を、肩口へ引いた。


 閃──ッ!

 

 圏域ごと裂く一振りに、濃霧が割れる。

 

 ギィンッ!

 

 確かな手応えが、骨まで響いた。

 青光の神剣を止めたのは、蒼に透ける水晶剣。

停天光輝(アストレイン)。法則を曲げ、万物を断つ──神意の具現」

 激突する青と蒼。

 刃が噛み合うままに、視線が交錯した。

「なぜお前なんだ……レスターではなく、なぜ……」

 深い蒼眼が、覗くように迫る。

 

 ピキッ──

 

 水晶剣に亀裂が走った。

「チッ」

 砕け散る刀身とともに、堕神は後ろへ弾けた。

「逃がすか!」

 追撃に飛んだ俺を、ダイアンの声が追う。

『一瞬でいい。動きを止めてくれ!』

「了解ッ!」

 剣柄を握る指が、じわりと痺れた。

 マナを喰い尽くそうと、神剣が鳴動している。

 急げ、早く。

 

 速く──ッ!

 

 堕神は、ゆっくりと嗤った。

 唇の端が持ち上がり、白い歯が覗く。

 その笑みは軽やかでありながら、まとわりつくような不快さがある。

「どうした……焦っているのか」

 絡みつく低声を払うように、刃を上段に掲げた。

 叩き斬る。

 それだけでいい。

 それだけで。

 だが。

 意志に反して、腕が小刻みに震えた。

 構うものか。

 渾身の斬撃を、放つ──ッ!


 ダァンッ!


 床石が弾けるように舞い上がった。

 衝撃が遅れて両腕を駆け上がり、視界が白く霞んだ。

 堕神は──

 身を半ばよじり、躱していた。

 胸の奥がひやりと沈む。

 振り抜く刃が、わずかに鈍ったのだ。

「おいおい」

 息混じりの声をこぼし、堕神はゆらりと手首を返した。

 その手に蒼光が集まると──

 砕けたはずの刀身が、瞬時に再生した。

「腕が、震えているぞ!」

 蒼光の刃が振り上がる。

 地を抉った神剣を、俺は、

 

 だめだ、

 

 間に合わない。


 死──


 刹那。

 胸の銀輪が光を放った。


 ブシュッ!


 肉を裂く斬音が、頭の芯まで響いた。

 顔を上げると──

 視界に、紅が散っていた。

 俺の血、ではない。

 横へ目をやると、蒼刃をぐっと掴んだ手。

 刃を指に食い込ませ、それでも、止めていた。

 黒いローブが揺れ、茶髪がなびく。

 そこには、白い魔気を纏った一人の男。

 挿絵(By みてみん)

「妙な気配がすると思えば……お前、誰だ」

 蒼刃をなおも前へ押し込み、堕神は目を細めた。

 押し揺れる剣圧に、漆黒のローブが波打つ。

「ダイアン・フォレスター。ただの──」

 男は微笑み、空いた左手を挙げた。

 人差し指を堕神へ向け──

「魔法使いさ」

 指先に、紅が煌いた。

 

 ダァンッ!!!!

 

 轟音とともに、赤熱の魔弾が炸裂した。

 堕神は闇の奥まで吹き飛んだ。

 ダイアンは指先を吹き、笑みを浮かべた。

「お待たせ!」

「……もっと早く出てこいよ」

「ヒーローは、遅れてやって来るんだ」

 軽口の裏で、咳き込むような呻きが響く。

 勝負は、ここからのようだった。

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