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World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)  作者: 緋色牡丹
第二章「残り火の街」

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第五十一話「忘却の図書館」

 暗い。

 何も見えない。

 自身の輪郭すら、分からない。

 俺はあたりを見渡した。

 ……見渡している、はずだ。

 はっきりと意識はある。

 ただ、暗闇の海を彷徨っていた。

 闇を漂っていると、一筋の光が飛んできた。

 ふわりと浮かぶ黄金。

 それは俺の近くで一周した。

 小さな鳥だった。

 現実味のない、不思議な光景だ。

 やがて鳥は、ゆっくりと前へ飛び始めた。

 その姿を見て、気づいた。

 鳥の体は薄く透けており、白い文字が刻まれている。

 祈りの壁に吸い込まれていった、あの光鳥だ。

 何が起きているんだ。

 そう思ったとき。

 ぼんやりと、光の塊が見えてきた。

 闇の中で、そこだけが光を放っている。

 ──光鳥の群れだ。

 無数の光鳥が渦を描いては、闇へと消えていく。

 

 誰か、いる。

 

 光鳥たちが舞う中心には、ひとりの男。

 柔らかな茶髪に、金装飾が施された黒い外套。

 グレーの瞳は、踊る鳥たちを眺めている。ただ、ずっと。

 俺の近くにいた光鳥は、男のもとへ飛んだ。

 男が手を差し出すと、鳥は静かにそこへ降り立った。

 挿絵(By みてみん)

 そして──

 男はこちらに視線を向け、微笑んだ。

「やぁ、また来たね」

 優しい声だった。

 俺は口を開こうとしたが、音にならない。

「ああ。体がないのか」

 そう言って、パンと手を叩いた。

 直後。

 男の全身から、純白の魔気が溢れた。

 白の奔流が、闇を押し潰すように広がっていく。

 やがて──

 白が、一面に満ちた。

 真っ白な世界で、男だけが佇んでいる。

「今日は黒コートか。似合ってるじゃないか」

 俺は視線を落とした。

 体が、ある。

「あの……初対面、ですよね?」

「いいや。一度だけ、会っている」

 男は薄く笑った。

「もっとも……二度ここに訪れたのは、君が初めてだ」

「それは、どういう──」

「まだ、彼女を探しているんだね」

「……フィオナを、知っているんですか」

「ああ。知っているとも」

 胸の奥が、わずかに揺れた。

「どこに居るんですか」

 男の真っすぐな灰眼には、敵意はない。

 むしろ、慈愛の気配すらある。

「彼女を愛しているんだな」

「愛……」

「照れるなよ」

「いや……本当に、分からないんです」

 大切なものは、いつも手からこぼれ落ちてきた。

 うまく言葉に、できない。

「俺は……ずっと、自分のことばかり、だったから」

「そんなの、昔の話だろ」

「……」

「誰かを好きになるのに、過去も未来も、関係ないよ」

 男は穏やかに微笑んだ。

「さて、あまり時間がない。彼女の居場所を教えよう。ただ……教える代わりに、僕を助けてくれ」

「助ける?」

「正確には、助けて欲しい人がいる。うーん、説明が面倒だな」

 男は歩み寄り、ゆっくりと手を伸ばしてきた。

 体が、動かない。

 男の指先が、眼前に迫った。

「思い出して」

 掌の闇に包まれた時。

 視界が、ぐにゃりと歪んだ。

 

 ──雨が、降っていた。


 冷たい雫が、頬を打ち続けている。

 すぐ前には、祈りの壁。

 白光が滲み、闇へと飲み込まれていく。

 光鳥が舞う漆黒の中には、黒い外套を着た茶髪の男。

『やぁ。はじめまして、だね』

 そうだ。

 俺は──

 この男を、“ダイアン”を知っている。

 導かれるように、雨の夜街を歩いた。

 右へ、左へ、幾度も角を曲がっていく。

 細い小道を抜けると、雨がすっと晴れた。

 雨上がりの月光に照らされたのは、銀の扉。

 押し開けると、オルガンの荘厳な音が響いていた。

 左右には書棚が広がり、その列は果てなく続いている。

 天井は闇に溶け、聖堂めいたステンドグラスから、月の光が静かに降り注いでいた。

 奥。

 闇の中に沈んでいたのは、巨大なパイプオルガン。

 演奏が、止まった。

 

 カツ、カツ。

 

 足音が響いた。

 現れたのは──

 深い蒼のドレスを纏った、紺碧の魔女。

 月光を溶かす銀の長髪には、小さな青薔薇。

 長い前髪の隙間から、冷たく澄んだ青眼が覗いた。

「彼女の名は、アナスタシア」

 どこからか、ダイアンの声がした。

 アナスタシアの左手には、一冊の青い本。

 重厚な装丁の本が、ひとりでに開かれていく。

「ファンタジア最古の魔女にして──」

 めくられ続けていたページが止まった。

 その瞬間。

 最古の魔女は、呻き、瞳を歪めた。

 顔を半ば手で覆い、指の隙間から赤い光が滲む。

 唇が、不気味に歪んだ。

 得体の知れない“何か”が、そこにいた。

「僕の、最愛の女性(ひと)だ」

 挿絵(By みてみん)

 そこから先は、何も覚えていない。

 

 ああ。

 

 俺は、知っていたのだ。

 

 “忘却の図書館”を──。

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