26-触れてはいけないもの
弁当を持って三人で職員席へ来た。何やら生徒が誰かを囲み騒いでいる。
「おお、山田に西川、龍造寺じゃないか。どうした?」
飲み物を飲んでいた田辺先生が私たちに気づき声をかけてきた。
「先生たちとご飯食べようと思って! 楠本先生と佐仁田先生はどこですか?」
夢乃さんが元気に答える。
「おおそうか。楠本先生はお手洗いで……佐仁田先生はそこで生徒に囲まれてる」
田辺先生が示す先では佐仁田が生徒達に質問攻めにされている。恐らくは先程の競技での振る舞いについてだろう。
……面倒だな。私がここにいて、一緒に食事をとろうとしているなんて知れた日には私もあの輪の中に取り込まれてしまうのは目に見えている。田辺先生と楠本先生だけでもいいか。
「ど、どうしよっか……」
佐仁田とその周りの生徒達を見た後、私の様子を窺うように声を潜めて言う幸恵さん。似たようなことを考えているらしい。
「田辺先生、申し訳ないですけれど、楠本先生が戻ってきたら佐仁田先生も連れて私たちの教室に来てもらえません? あれじゃあ、食事をとるのもままならないですし……」
佐仁田の周りに目を向けて言う。
「分かった。任せてくれ」
大きく頷く田辺先生。
「ありがとうございます。じゃあ、私たちは先に行って待ってますね」
社交的な笑顔を浮かべて答えてから、立ち去ろうとする。その時、
「あまり女子にこんなことを聞くべきじゃないかもしれないが……龍造寺、それ全部食べるのか?」
私の抱える大きな弁当箱を見て言う田辺先生。
「ああ、これですか。屋敷のメイドが少し張り切りすぎたもので。食べるのを手伝ってもらおうと思い、先生方に声をかけたところなんです」
事情を説明する。
「ああ、なるほど。正直、昼を一緒に食べたいなんて言われないと思ってたから意外だったんだが、そういうことか。任せてくれ。俺は結構大食いだ」
大柄な田辺先生はサムズアップをして答えた。
「ええ、とっても頼もしいです。では私たちは一旦これで。自分の教室で待ってます」
そろそろ見つかってもおかしくはない。足早にこの場を去る。
「いやー、凄い人気だね佐仁田先生!」
程よく離れた頃、夢乃さんが口を開く。
「そうだね……やっぱり私なんかじゃ相手してもらえないかな……」
自信なさげに呟く幸恵さん。
「……」
コメントし難い。事実を言う訳にも行かないが、かといってありもしない希望を持たせるのも不憫だ。
「そんなことないよ! 幸恵ちゃん可愛いし! そりゃ、倍率は高いだろうけどだからって諦めることないよ!」
バシバシと少々強めに幸恵さんの背中を叩く夢乃さん。
「そ、そうかなあ……」
「まあ、少なくともここに一人ライバルはいるけどね?」
悪戯っぽく言う夢乃さん。
「……何度も言うけど私は別に何とも思ってないわよ」
全く、油断するとすぐこうだ。
「ま、そういうことにしとこっかー」
にしし、と笑う夢乃さん。
「……もう。人の事からかってばかり。ひどいと思わない? 幸恵さん」
本音半分、冗談半分で幸恵さんに聞く。
「そうだね……からかわれてばかりってのも、確かに不服かな。そうだ、夢乃ちゃんは好きな人とかいないの?」
「えー? こないだも言ったけど、今は別にいないかなー。年上の人はあんましだから、先生とかにはそんなに惹かれないし、かといって先生以外だと男の人と知り合う機会って無いし」
「なるほどねえ。私たちも夢乃さんの事、からかってやりたいものだけれど」
「そうなったらいいなー。恋したら幸せだろうし!」
恋したいなー、と呟く夢乃さん。
恋。私とは縁遠い単語だ。佐仁田を好いてはいるが、それは所有物に対するもの。恋なんていうのはある程度対等でないと生じない現象だと私は思う。身分を超えた恋なんていうのは幻想だ。だってそうだろう。私に近づく男は皆金や地位が目当てだったのだから。そして私と対等な男なんて言うのはほとんどいない。
「朱音ちゃん? どうしたの?」
「いえ、なんでもないわ」
幸恵さんの心配そうな声に慌てて取り繕う。そこまで遠い眼をしていただろうか。
話しているうちに教室に着いた。教室には数人の生徒が。
「さて、と。開けてみましょうか」
机に弁当箱を置き中身を見てみる。弁当箱の中身はからあげ、ハンバーグ、とんかつ……
「お肉が多いわね……」
その時、教室のドアが開いた。
「来たぞー」
田辺先生達だ。当然、佐仁田もいる。
佐仁田の登場にクラスメイト達は沸く。
「佐仁田先生! 龍造寺さんとお昼食べるんですか⁉」
「ええ、誘われたものですから。ああでも」
佐仁田は一旦区切り、
「他の方々には内緒ですよ?」
ウィンクをして言った。腹が立つ。案の定、クラスメイト達は沸き立った。……これは学校中に広まるな。
「先生方、どうぞこちらへ」
あれ以上佐仁田がサービスをしないうちに佐仁田を含む先生方を呼び寄せる。
「どれどれ……おおー、旨そうだなあ」
田辺先生が感心したように言う。
「ええ。見ての通り、私たちじゃ食べきれないのでいくらでも食べてください」
祁答院は本当にこれを一人で食べるつもりだったのだろうか……?
「じゃあ食べましょう先生!」
夢乃さんが促す。
「じゃあ……いただきます」
田辺先生が手を合わせたのを皮切りに食事が始まる。
「それにしても佐仁田先生は凄いよなあ。こんな微妙な時期に赴任する先生って、言っちゃ悪いけどそこまでデキる人はそういないってのに。授業内容を少し耳にしたけど、生徒に合わせて宿題の組み合わせ変えてるんですって?」
「ええ。その方が生徒のためでしょう」
田辺先生と佐仁田が楽しげに会話する。
「それはそうだけども。そこまでするのは中々いませんよ。俺も見習わなきゃなあ」
部活の顧問やら担任業務やらでそこまで手が回らんですよ、と田辺先生。
「まあ、私は顧問業務も担任業務も無いですし。これくらいしないと歴史あるこの学校の教師として胸は張れないでしょう」
事も無げに発言する佐仁田。ここで誇らず株を上げるのも織り込み済みなのだとしたら本当に天才的な世渡り上手だ。
「そんな謙遜しないでくれよ佐仁田先生。それじゃ俺らの立つ瀬がない」
なあ、と他の教師陣に同意を求める田辺先生。同意する他の教師たち。
それにしても、この弁当、かなり美味しい。恵の料理に引けを取らない美味しさだ。祁答院の家もいい使用人を雇っているらしい。それは皆も感じているらしく、
「幸恵ちゃん! 朱音ちゃんのお家のご飯美味しいね!」
「うん! こんなにいいお肉食べたの初めてかも! ありがとね、朱音ちゃん」
私を褒める形で祁答院家の食事を褒める二人。
「ええ、二人ともいっぱい食べてね」
私はというと一通り料理を食べたらそれだけで満腹だった。この後も運動することを考えたらこれ以上の食事は避けるべきだろう。
「それにしてもさー」
夢乃さんの目がいたずらっぽく光る。これは……
「借り生徒競争で朱音ちゃん、真っ赤だったねー。やっぱり、佐仁田先生の事……」
少し嗜虐的な笑みを浮かべて夢乃さんは言った。
「ゆ、夢乃さん! からかうのはやめてくださる⁉」
本人の目の前でからかうのは少し度が過ぎている。夢乃さんの悪いところだ。
「えー、でもでもー、満更でもなかったんじゃない? 佐仁田先生だって、綺麗だと思ってるんでしょ? それに、朱音ちゃんと結ばれれば逆玉の──」
「夢乃さん!」
夢乃さんのからかいは一線を越えた。それは。それだけはこの男と結びつけたくない。
「あ、ごめん……」
楽しげに話していた夢乃さんは私の表情を見てすぐに萎れた表情へと変化した。
「……少し席を外します。お弁当は自由に食べてもらって構いませんので」
頭をクールダウンさせる時間が必要と判断し、部屋を飛び出した。しばらく走って息が切れ、立ち止まった。
「待ってよ!」
「……」
後ろから夢乃さんの声がした。でも、それに応える気分では無くて。聞こえないフリをしてそのまま渡り廊下に出ようとしてしまった。
「待ってってば! ごめん、ちょっとふざけすぎた。朱音ちゃんが家の事そんなに気にしてるなんて、思ってもいなくて、さ。嫌だったんなら謝るから、そんな顔しないでよ。ねえ」
仕方なくそちらに目を向けると、そこには泣きそうな顔の夢乃さんが。
……こんな顔をされると、弱い。からかったこと自体は夢乃さんが悪くても、それに過剰に反応しすぎたかもしれない。
「……これからはああいうからかい方はやめてくれる?」
あんな風に思いつつもこんな突き放した言い方をしてしまう辺り私もまだまだ子供だと思う。でも、そう軽々しく扱っていい問題ではないのだ。
「……うん」
心から許されていない事が伝わってしまったのか、私たちの間の空気は重苦しいままだった。




