29.本科生
廊下ではエリザベスが待っていてくれた。
「どうだった?」
「何とか」
笑い合う。
「これで一緒に勉強出来るね」
「よろしくお願いします」
そう、エリザベスは本科の生徒だ。
知り合った時からそうだった。
私がお昼を食べる場所を探して中庭でウロウロしていたら声を掛けてきたのよ。
その時は同じ「始まりの場所」の生徒だと思ったんだけど、お金があるエリザベスは入学前に家庭教師についていたおかげで入学試験に合格して直接本科に行ったのよね。
中庭は本殿と離宮の間にあって、両方から行ける場所だったから遭うことが出来た。
ていうか、私が小説のヒロインだったら偶然と思っただろうけど、もちろん私は知っている。
エリザベスは私を探していたに違いない。
今は吹けば飛ぶような男爵令嬢だけど、ひょっとしたら某高位貴族家の跡継ぎとして取り立てられるかもしれないということを。
もちろんエリザベスは私がそれを知っていることを知らない。
私も言ってないし。
ていうか本来なら私は自分の身分について無知なはずなのだ。
だって母親とは会ったこともないんだよ。
孤児院で育って男爵家の庶子ということで引き取られただけの元平民。
いや実際にもそうだし。
ところで今まで「私の前世の人」の記憶について色々言ってきたけど、実際には私にとってその人は他人だ。
物心ついた時には孤児院で生活していて、そのまま育ってきた。
自分も周りの人も特別ということはなかったし、子供の頃から変な記憶というか思い出はあったけれどそれが自分のものだとは思えなかった。
ただ、教えられてもいないし現実には存在していないような道具や状況をごく当たり前に思って育ったけど。
その分、普通の孤児よりは醒めた子供だったかもしれない。
でも私の前世の人の記憶ってちょっと変なのよね。
例えば自分自身や家族の事はほとんど覚えていない。
どんな生活をしていたのかとか、どういう性格だったとかの記憶もない。
ただ自分が「女子高生」という種族、じゃなくて身分だったことははっきりしていて、しかも通っていた「学校」という教育機関のことはかなりはっきり覚えている。
「学校」でのお友達もいたし、習っていた学問のことも思い出せるんだけど、その辺りはぼんやりしている。
授業があって同年代の男女が何十人も一緒に学んでいたことや、授業の他にクラブ活動や放課後の遊びについても何となく覚えている。
あくまで何となくね。
その代わりに趣味で読んだり見たりしていた「乙女ゲーム」については異様なくらいはっきり記憶にある。
むしろそっちの方が現実なんじゃないかと思えるくらいで。
前世の記憶があるといっても、それって長い長い物語をどこかで読んで覚えているようなものだ。
全体が小説みたいなもので、自分の事とは思えないのよ。
だからヒロインだと言われてもピンとこないし、特に恩恵があるわけでもない。
むしろその知識は邪魔になっている。
事あるごとに前世の人が通っていた「学校」と比較してしまったり。
自分は本当は高位貴族家の血筋なんだぞとか思ってしまったり。
男爵家の庶子としては余計な知識という他はない。
これまでは。




