30.お供は必須
エリザベスに連れられてテレジア王立貴族学院の本殿の廊下を歩く。
エントランスから奥まった所にあった大きなお部屋にはカウンターがあって、私が書類を差し出すと受け取ってくれた。
気のよさそうな地味な制服の中年のおじさまが笑ってくれる。
「ようこそ本科へ」
「よろしくお願いします」
軽く礼をとる。
もう癖になってしまった。
貴族女性ってそういうものだと叩き込まれたから。
前世の人の学校生活の記憶が邪魔して、慣れるのに随分かかった。
「ではこれを」
おじさまが渡してくれたのは大人しめな赤色のショールだった。
これが身分証明になるのか。
テレジア王立貴族学院には制服などないので、女性はショールで区別されるらしい。
ドレス姿でもショールがなかったら生徒ではない。
訪問者か教師か、とりあえず目上の人だ。
貴族令嬢らしく礼をとってから下がり、早速ショールをまとった。
これで私も学院生だ!
それからとりあえず案内して貰った。
まず連れて行かれたのはちょっとした広間だった。
長机が並んでいるだけのだだっ広い部屋だ。
「ここは?」
「食堂」
なるほど。
ちなみに食堂と言っても配膳設備があるわけではない。
壁際に大きな樽がいくつかあって、水は飲み放題だそうだ。
それ以外は長テーブルと椅子しかない。
私の前世の人の読んだ小説では貴族が通う学院内にレストランがあって一流のシェフがお昼を作っていたりしたけど。
「みんなお弁当なの?」
「普段はね。もちろんお食事のマナーの練習は別の所でやるけど」
そうか。
貴族なんだから食事も立派な教養科目なのだ。
ここは授業以外の食事場所ということね。
それにしても殺風景な。
「ああ、勘違いしているかもしれないけど、ここは下位貴族専用だから」
エリザベスが教えてくれた。
「そうなの」
「当然でしょう。伯爵様以上の子弟は毎食が正式な昼餐や正餐よ。専用の食事室があるに決まっている」
「そうか。お付きの人やメイドがいるような人はここじゃ無理だもんね」
「というよりは私らはそこまで求められていないから」
エリザベスが教えてくれたところによると、テレジア王立貴族学院の本科自体も高位貴族家用と下位貴族家用に分かれているそうだ。
授業内容は同じだけど、高位貴族しか受けられない、というよりは下位貴族が受けても意味がないものがある。
両者は入れる場所や設備自体が完全ではないにしても隔てられているとか。
「このショールは下位貴族子弟の印ね。目立つからすぐに判る」
「そうなんだ。高位貴族の方は?」
「何もつけてない。それに侍女やメイドを連れているからすぐに判るわ」
そういうことか。
ショールがない人は生徒以外にもいたわけね。
そして取り巻きというか使用人を連れているから間違えようがないと。
ふと思いついて聞いてみた。
「男性の方は?」
「下位貴族の男は胸にバッジをつけているはずよ。どんな服を着ていても同じ」
「高位貴族は?」
「ない。それにやっぱりお付きがいるから」
「ああ」
そうなのである。
私の前世の人の記憶だと、小説の中で貴公子たちは一人でフラフラ彷徨いていたりガゼボで昼寝していたりしていたけど、それはあり得ない。
どんな時でも侍従か使用人を連れている。
だってそういう人たちって生活に必要なことが何も出来ないんだよ。
噂だと服を着るのも手伝って貰うとか。
「それは眉唾らしいわよ」
エリザベスが呆れたように言った。
「そんなの、よっぽどの高位貴族の公子だけなんじゃないかなあ。
公爵とか王族とか」
「そうなの?」
「私が直接知ってるのは侯爵の子弟までだけど、結構自分のことは自分でやれるよ。
騎士団関係だったら当然だし」
「ああ、それはそうか」
アウトドア(というらしい)関係の貴族は遠征とか野宿とかするだろうし、そんなところでまで誰かに手伝って貰わないと生活出来ないとしたらすぐに詰む。




