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チープ  作者: 京本葉一
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仕事で女を抱いたりはしない


 電話がジリジリと鳴りだした。

 いつもどおり、七度めのコールで呼び出しに応じた。

 十秒ほどで話はついた。


 今夜は少しばかり、楽しいドライブになる。





「そんなものあったんだ」


 出かける準備をととのえる俺に、『アール』が声をかける。

 気になったのは煙草のようだ。


「吸うの?」

「いいことをしたあとにな」

「いいこと?」

「この街の、ゴミを掃除したときだ」


 俺は『アール』に留守番を頼んだ。


「オーケー」

「まかせておけ」


 女ふたりの返事をきいて、俺は家を出る。

 愛車のベビージープに乗りこみ、パーティー会場へ向かった。





 呼び出された場所は、『蛞蝓(ナメクジ)』の領域にある工場跡地。

 俺は入口で愛車をおりて、目的地まで歩いた。


「久しぶりだね」


 モザイク野郎が待っていた。


「……念のため訊いておこうか」

「いいとも」

「どうしてお前がここにいる?」

「それはもちろん、あんたの死にざまを見学するためさ」


 気色悪い笑みを浮かべやがる。

 モザイク野郎を囲っている男たちも、似たような面だ。


「俺を殺す理由なんてあったか?」


「前に会ったときもいったとおもうが、あんたのことは『蛇』の幹部連中から話を聞かせてもらった……『シケモク』に危害を加えてはならない」


 仲介役は、利用する組織の代役ともいえる。

 それを害するというのは、その組織の顔に泥を塗る行為だ。

 組織から命を狙われる、殺されて当然の愚行。

 死と同義だ。

 組織ぐるみと判断されたなら、残りの組織が手を組んで、潰す。


「組織が関与したように偽装して、噂を流す手はずだが、そんな小細工などいらないかもしれない。いまの秩序は危うい……あんたを殺せば、戦争がはじまる」


 殺せば、ではない。


「お前は何も知らない……いや、知らされていない」

「なんのことかな?」


「『シケモク』に危害を加えるな。

 その警告は、俺に殺しの機会を与えるな、という意味だ」


 俺に危害をくわえる奴は、俺の敵、俺が自分で始末する。

 組織ぐるみというのなら、組織が敵だ。

 残りの組織と連携をとり、率先して、俺が動く。


「……あんたも、殺し屋のひとりなのか?」

「ただのゴロツキに、組織の仲介役ができるとでも?」


 野郎が合図を出して、私設部隊が銃をかまえた。

 段取りが悪い。


「……『蛇』の若いやつが混じっているな」

「さっきもいっただろう? いまの秩序は危うい。抗争をのぞんでいる連中は多く、秩序を保とうとする上層部に、不満を抱えている者も少なくない」

「それを取り込んだのか?」

「『蛇』だけじゃない。『蛞蝓(ナメクジ)』のなかにも僕の協力者はいる。あんたを呼び出したのは、『蛞蝓(ナメクジ)』の構成員だったはずだよ」

「ああ、そうだな」

「エンジェルをものにしていれば、『蛙』の不満分子も取りこめただろうさ」


 エンジェル?


「……エンジェル?」

「なぜわからない!? 僕からエンジェルを奪った男だろうが!!」


 どうやら、『蛙』のボスの娘のことらしい。

 いや、エンジェルはないだろう。

 どれだけ美女でも厳しいのがエンジェルだろう。


「……『蛙』のところに、ボスを裏切る奴はいないと思うぞ」

「どうかな」

「『蛞蝓(ナメクジ)』のところにも、ボスを裏切る奴はいないな」


 そうなりそうな奴は、みんな死んでいる。


「……なにをいっている?」


「『蛇』は、もっとも大きく、力のある組織だ。構成員の数も多い。現状に不満を感じているやつもいるだろう。抗争でも起こらないと、成り上がる機会もないわけだからな。お前につく連中もいるだろうさ」


「質問に答えろ! さっきからなにをいっている!?」


「お前の野心が強いのは知っている。財閥グループだけでなく、裏の世界でも成り上がろうとして、いろいろと画策したくなるのも理解はできる。

 だが……お前は知らなさすぎた。

 激しい抗争を生き抜いてきた組織の頭が、お前程度の男がやることに、揺らぐわけがないだろう」


 すべて見抜かれ、いいように利用される。


「お前は、身の程を知らなさすぎた」


 激昂するモザイク野郎が、俺を射ち殺すべく合図を出した。


 廃墟に鳴り響く、マシンガンの銃声。

 上方からの包囲射撃。

 硝煙の匂いがたちこめる。

 モザイク野郎を囲っていた、部隊の連中の息が絶える。


「周囲の気配もわからず、殺意にも気づけない。

 そんな素人連中を集めて、プロに喧嘩を売るほうが悪い」


 段取りはついていた。

 モザイク野郎が取り込んだ構成員の何人かは、『蛇』と『蛞蝓(ナメクジ)』の仕込みだ。

 野郎は、俺をこの地に誘いこむことを、自分の意思で決めたつもりだろうが、それは誘導された結果にすぎない。

 だからこうして、死地に立っている。


「あとは、お前だけだ」


 誰ひとり銃口を向けていない。

 見逃されている。

 つまり、俺の獲物ってことだろう。


 情けない悲鳴をあげて、モザイク野郎は逃げ出した。


 その往生際の悪さは、嫌いじゃない。

 小便ちびって縮こまれちゃ、追いかける楽しみがなくなる。





 獲物のあとを追う。

 車に乗られてはやっかいだが、そのあたりの段取りもついていたはず。

 だが、どうもおかしい。

 妙な気配だ。


 音を殺して獲物を追う。


 悲鳴? 野郎の?

 音。

 衝突音のような響き。地面との擦過音?

 吹っ飛ばされた?

 人間が?


「おいおい、嘘だろう?」


 大の字に横たわる野郎を見つけた。

 近づいてみる。

 顔面が大きく陥没している。

 拳の形に。

 こんなことができるやつを、俺はひとりしか知らない。


「よお、久しぶりだな、『スモーカー』。娘の件では世話になった」


 熊のような巨体。

 兇悪な面をした男が、俺のほうに歩いてくる。

 

「ここは『蛞蝓(ナメクジ)』の領域だ。なぜ、『蛙』のあんたがここにいる?」


 俺の獲物じゃなかったのかよ。


「もちろん、この糞野郎をぶち殺すためさ」

「ボスが直々に、よその組織の領域を犯してか?」

「おまえは知らないようだが、話はきちんとついてるぜ」


 あの怖い女が、もっとも嫌っているこの男の侵入を許可した?

 なぜ?

 どうやって?


「『蛇』も『蛞蝓(ナメクジ)』も腹黒いからなあ。おまえに説明する気はねえだろう」


 兇悪な面だ。

 笑ったところで悪鬼にしかみえない。


「いいぜ、俺様が教えてやる」


 二代目の『蛙』が経緯を語った。


 殺された財閥グループの男は、『蛙』の金づるだった。

 資金源のひとつを、モザイク野郎の依頼によって『クノイチ』に潰される。

 それは『蛇』と『蛞蝓(ナメクジ)』によって潰されたようにもみえる。


「最初は戦争を考えた。とりあえず『蛇』のところへ殴り込みに行こうとしたんだが、息子どもに止められた。もめている間に続報が入り、『蛇』の関与は薄いとわかった。今度は報復を考えた。『クノイチ』を捕えて、犯しつくしてから殺す」


「ところが、『クノイチ』はお前のところにいると知らされた。『クノイチ』だけでも難儀なところ、『スモーカー』まで敵にまわすとなれば、骨が折れる。さすがの俺様でも頭をつかった。少し落ち着けば、息子どもの言い分もわかる。『クノイチ』を襲えば、『蛙』と『蛞蝓(ナメクジ)』は戦争だ。そうなると喜ぶのは、あの気色悪いジジイだけじゃねえか」


「気に入らねえ。報復できないのも気に入らねえが、『蛞蝓(ナメクジ)』の利がわからねえことが気に入らねえ。どうみても『蛇』の利にしかなってねえからな。『蛙』の力を削るのはわかるが、それで『蛇』の力を増やしては意味がねえ。ありえねえとは思ったが、『蛞蝓(ナメクジ)』が『蛇』の下についた可能性も疑っちまう」


「とりあえずサンドバッグを潰していたら、『蛞蝓(ナメクジ)』から手紙がとどいた。『蛇』が糞野郎のもとに不満分子をあつめて、まとめて処分する気でいる。俺様のもとに糞野郎を導くよう段取りをつけるから、この時間に、ここに来いってなあ」


 こいつだけだ。

 この暴力親父だけが、長々と説明してくれる。


「『蛞蝓(ナメクジ)』の目的は、『蛙』と『蛇』、双方の資金源を潰すことか?」


「さあな。あの気色悪いジジイは、これを機に不満分子を始末して、組織の引き締めをはかった。資金源のほうも、財閥グループの上層部に近づくチャンスとみるだろうよ。『蛙』も、息子どもが動くがな」


「となると、『蛞蝓(ナメクジ)』も動くか」


 そこで『アール』をつかうのかもしれない。


「今回の流れ、『蛞蝓(ナメクジ)』に踊らされた形か?」

「だろうなあ」


 俺の家に『クノイチ』を置いたのは、俺を鬼除けに利用するためでもあった。

 俺もいいように利用されているわけだ。


「はあ……で、どうするんだ、報復のほうは?」

「だいぶすっきりしたからなあ、今回はこれで勘弁してやる」

「いいのかよ」


 さすがは暴力親父。

 殴り飛ばせば気が済むらしい。


「調子に乗らせて暴走させる。そういう流れにでもしねえと、この糞野郎を俺のところまで引きだせなかっただろうしなあ」


 たしかにそうだが……。

 野郎を始末する手助けをされたと感じているのか?


「あの女、いつか俺様のものにしてやる」


 女を女としか見ていない。

 相手の女の意向など微塵も考えていない。

 野獣のごとき男。


「せいぜい、殺されないよう気をつけろ」

「はっ、上等だ」


 本当に報復は考えていないようだ。

 とすれば、気になるのは、ひとつだけ。


「なぜ、あんたがここにいるのかはわかった」

「ああ?」

「あとは、誰が手紙を運んだかが気になるな」


 俺は動いていない。

 どうやって『蛞蝓(ナメクジ)』は『蛙』に話をつけた。


「そのうちわかるだろうよ」


 もったいぶるなよ、暴力親父。

 そして笑うな。

 夢に出たらどうするんだ。


「どこの組織も動いてはいるのさ。仲介役もどうなるかわからねえぞ? そのときは『蛙』に来いよ。俺様としても、お前なら歓迎するぜ、『スモーカー』」


「俺はどこにも入る気はない」


「そういや煙草の匂いが消えたな……サイレントキラーの『スモーカー』。煙草の匂いに気づいたら……そんな警告もいまでは無意味だな。おいおい、危険度が増してるじゃねえか」


「あんたの兇悪な面には負けるさ」

「荒れてるなあ」

「……煙草を吸いそこねただけだ」

「お前がその気なら、まかせたい仕事はあるぜ?」


 昂っていた自覚はある。

 血をみて昂ぶり、昔に戻れば覚悟も決まる?

 まったく、情けねえ発想をしたもんだ。


「……俺は、ただの『シケモク』さ」


 俺の返事を聞いて、暴力親父は去っていった。

 親父とは似ても似つかない、美形の息子が迎えにきていた。

 去っていく車を見送ると、『蛞蝓(ナメクジ)』の女たちがあらわれる。

 後始末は、俺の仕事ではない。

 俺も現場を離れた。


 俺の愛車のとなりに、ローティーンの少女が立っている。

 

「ボスがお呼びです」

「わかった」


 俺のほうも、段取りについて話がある。





 俺の寝室に女がいる。

 部屋にいるのは、俺と女のふたりだけだ。


「今夜も、私を視姦するのか?」

「服をぬがせてからな」


 ベッドに腰をすえる『クノイチ』が、俺をみている。


「裸にして、物騒なものがないか丹念に調べる」

「それだけか?」

「武器になりそうなものを処分して、こいつで縛る」


「そのロープで、私を縛るのか?」

「身動きすらとれないよう、厳重にな」


「そうやって、後ろから犯すのか?」

「あんたがそれを望むなら」


「乱暴に?」

「なるかもしれない」


「ひどい男だ」

「それは違う。ひどいのはそのあとだ」

「私をどうするつもりだ?」


「お互いが満足するまで徹底的にやる。そのあと殺人衝動があらわれたら、俺はあんたを縛りつけたまま放置して部屋をでる。そしてあんたがもがいているうちに、ほかの女を抱いている」


「ひどいな。それはひどい。最低の男だ」

「否定はしない。それでも俺は、あんたを抱く……いいか?」

「……ああ、それでかまわない」


 慣れてはいても、順序は大切だ。

 互いに理性があるうちは、やさしくていねいに肌をかさねる。


「途中で私が暴れても、最後までつづけてほしい」

「大人しくなるまでつづけるさ」


「仕事で妥協はしない、と?」

「仕事で女を抱いたりはしない」


 欲しいから抱くだけだ。

 そんな台詞は心にとどめて、俺はただ、女を黙らせた。

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