仕事で女を抱いたりはしない
1
電話がジリジリと鳴りだした。
いつもどおり、七度めのコールで呼び出しに応じた。
十秒ほどで話はついた。
今夜は少しばかり、楽しいドライブになる。
2
「そんなものあったんだ」
出かける準備をととのえる俺に、『アール』が声をかける。
気になったのは煙草のようだ。
「吸うの?」
「いいことをしたあとにな」
「いいこと?」
「この街の、ゴミを掃除したときだ」
俺は『アール』に留守番を頼んだ。
「オーケー」
「まかせておけ」
女ふたりの返事をきいて、俺は家を出る。
愛車のベビージープに乗りこみ、パーティー会場へ向かった。
3
呼び出された場所は、『蛞蝓』の領域にある工場跡地。
俺は入口で愛車をおりて、目的地まで歩いた。
「久しぶりだね」
モザイク野郎が待っていた。
「……念のため訊いておこうか」
「いいとも」
「どうしてお前がここにいる?」
「それはもちろん、あんたの死にざまを見学するためさ」
気色悪い笑みを浮かべやがる。
モザイク野郎を囲っている男たちも、似たような面だ。
「俺を殺す理由なんてあったか?」
「前に会ったときもいったとおもうが、あんたのことは『蛇』の幹部連中から話を聞かせてもらった……『シケモク』に危害を加えてはならない」
仲介役は、利用する組織の代役ともいえる。
それを害するというのは、その組織の顔に泥を塗る行為だ。
組織から命を狙われる、殺されて当然の愚行。
死と同義だ。
組織ぐるみと判断されたなら、残りの組織が手を組んで、潰す。
「組織が関与したように偽装して、噂を流す手はずだが、そんな小細工などいらないかもしれない。いまの秩序は危うい……あんたを殺せば、戦争がはじまる」
殺せば、ではない。
「お前は何も知らない……いや、知らされていない」
「なんのことかな?」
「『シケモク』に危害を加えるな。
その警告は、俺に殺しの機会を与えるな、という意味だ」
俺に危害をくわえる奴は、俺の敵、俺が自分で始末する。
組織ぐるみというのなら、組織が敵だ。
残りの組織と連携をとり、率先して、俺が動く。
「……あんたも、殺し屋のひとりなのか?」
「ただのゴロツキに、組織の仲介役ができるとでも?」
野郎が合図を出して、私設部隊が銃をかまえた。
段取りが悪い。
「……『蛇』の若いやつが混じっているな」
「さっきもいっただろう? いまの秩序は危うい。抗争をのぞんでいる連中は多く、秩序を保とうとする上層部に、不満を抱えている者も少なくない」
「それを取り込んだのか?」
「『蛇』だけじゃない。『蛞蝓』のなかにも僕の協力者はいる。あんたを呼び出したのは、『蛞蝓』の構成員だったはずだよ」
「ああ、そうだな」
「エンジェルをものにしていれば、『蛙』の不満分子も取りこめただろうさ」
エンジェル?
「……エンジェル?」
「なぜわからない!? 僕からエンジェルを奪った男だろうが!!」
どうやら、『蛙』のボスの娘のことらしい。
いや、エンジェルはないだろう。
どれだけ美女でも厳しいのがエンジェルだろう。
「……『蛙』のところに、ボスを裏切る奴はいないと思うぞ」
「どうかな」
「『蛞蝓』のところにも、ボスを裏切る奴はいないな」
そうなりそうな奴は、みんな死んでいる。
「……なにをいっている?」
「『蛇』は、もっとも大きく、力のある組織だ。構成員の数も多い。現状に不満を感じているやつもいるだろう。抗争でも起こらないと、成り上がる機会もないわけだからな。お前につく連中もいるだろうさ」
「質問に答えろ! さっきからなにをいっている!?」
「お前の野心が強いのは知っている。財閥グループだけでなく、裏の世界でも成り上がろうとして、いろいろと画策したくなるのも理解はできる。
だが……お前は知らなさすぎた。
激しい抗争を生き抜いてきた組織の頭が、お前程度の男がやることに、揺らぐわけがないだろう」
すべて見抜かれ、いいように利用される。
「お前は、身の程を知らなさすぎた」
激昂するモザイク野郎が、俺を射ち殺すべく合図を出した。
廃墟に鳴り響く、マシンガンの銃声。
上方からの包囲射撃。
硝煙の匂いがたちこめる。
モザイク野郎を囲っていた、部隊の連中の息が絶える。
「周囲の気配もわからず、殺意にも気づけない。
そんな素人連中を集めて、プロに喧嘩を売るほうが悪い」
段取りはついていた。
モザイク野郎が取り込んだ構成員の何人かは、『蛇』と『蛞蝓』の仕込みだ。
野郎は、俺をこの地に誘いこむことを、自分の意思で決めたつもりだろうが、それは誘導された結果にすぎない。
だからこうして、死地に立っている。
「あとは、お前だけだ」
誰ひとり銃口を向けていない。
見逃されている。
つまり、俺の獲物ってことだろう。
情けない悲鳴をあげて、モザイク野郎は逃げ出した。
その往生際の悪さは、嫌いじゃない。
小便ちびって縮こまれちゃ、追いかける楽しみがなくなる。
4
獲物のあとを追う。
車に乗られてはやっかいだが、そのあたりの段取りもついていたはず。
だが、どうもおかしい。
妙な気配だ。
音を殺して獲物を追う。
悲鳴? 野郎の?
音。
衝突音のような響き。地面との擦過音?
吹っ飛ばされた?
人間が?
「おいおい、嘘だろう?」
大の字に横たわる野郎を見つけた。
近づいてみる。
顔面が大きく陥没している。
拳の形に。
こんなことができるやつを、俺はひとりしか知らない。
「よお、久しぶりだな、『スモーカー』。娘の件では世話になった」
熊のような巨体。
兇悪な面をした男が、俺のほうに歩いてくる。
「ここは『蛞蝓』の領域だ。なぜ、『蛙』のあんたがここにいる?」
俺の獲物じゃなかったのかよ。
「もちろん、この糞野郎をぶち殺すためさ」
「ボスが直々に、よその組織の領域を犯してか?」
「おまえは知らないようだが、話はきちんとついてるぜ」
あの怖い女が、もっとも嫌っているこの男の侵入を許可した?
なぜ?
どうやって?
「『蛇』も『蛞蝓』も腹黒いからなあ。おまえに説明する気はねえだろう」
兇悪な面だ。
笑ったところで悪鬼にしかみえない。
「いいぜ、俺様が教えてやる」
二代目の『蛙』が経緯を語った。
殺された財閥グループの男は、『蛙』の金づるだった。
資金源のひとつを、モザイク野郎の依頼によって『クノイチ』に潰される。
それは『蛇』と『蛞蝓』によって潰されたようにもみえる。
「最初は戦争を考えた。とりあえず『蛇』のところへ殴り込みに行こうとしたんだが、息子どもに止められた。もめている間に続報が入り、『蛇』の関与は薄いとわかった。今度は報復を考えた。『クノイチ』を捕えて、犯しつくしてから殺す」
「ところが、『クノイチ』はお前のところにいると知らされた。『クノイチ』だけでも難儀なところ、『スモーカー』まで敵にまわすとなれば、骨が折れる。さすがの俺様でも頭をつかった。少し落ち着けば、息子どもの言い分もわかる。『クノイチ』を襲えば、『蛙』と『蛞蝓』は戦争だ。そうなると喜ぶのは、あの気色悪いジジイだけじゃねえか」
「気に入らねえ。報復できないのも気に入らねえが、『蛞蝓』の利がわからねえことが気に入らねえ。どうみても『蛇』の利にしかなってねえからな。『蛙』の力を削るのはわかるが、それで『蛇』の力を増やしては意味がねえ。ありえねえとは思ったが、『蛞蝓』が『蛇』の下についた可能性も疑っちまう」
「とりあえずサンドバッグを潰していたら、『蛞蝓』から手紙がとどいた。『蛇』が糞野郎のもとに不満分子をあつめて、まとめて処分する気でいる。俺様のもとに糞野郎を導くよう段取りをつけるから、この時間に、ここに来いってなあ」
こいつだけだ。
この暴力親父だけが、長々と説明してくれる。
「『蛞蝓』の目的は、『蛙』と『蛇』、双方の資金源を潰すことか?」
「さあな。あの気色悪いジジイは、これを機に不満分子を始末して、組織の引き締めをはかった。資金源のほうも、財閥グループの上層部に近づくチャンスとみるだろうよ。『蛙』も、息子どもが動くがな」
「となると、『蛞蝓』も動くか」
そこで『アール』をつかうのかもしれない。
「今回の流れ、『蛞蝓』に踊らされた形か?」
「だろうなあ」
俺の家に『クノイチ』を置いたのは、俺を鬼除けに利用するためでもあった。
俺もいいように利用されているわけだ。
「はあ……で、どうするんだ、報復のほうは?」
「だいぶすっきりしたからなあ、今回はこれで勘弁してやる」
「いいのかよ」
さすがは暴力親父。
殴り飛ばせば気が済むらしい。
「調子に乗らせて暴走させる。そういう流れにでもしねえと、この糞野郎を俺のところまで引きだせなかっただろうしなあ」
たしかにそうだが……。
野郎を始末する手助けをされたと感じているのか?
「あの女、いつか俺様のものにしてやる」
女を女としか見ていない。
相手の女の意向など微塵も考えていない。
野獣のごとき男。
「せいぜい、殺されないよう気をつけろ」
「はっ、上等だ」
本当に報復は考えていないようだ。
とすれば、気になるのは、ひとつだけ。
「なぜ、あんたがここにいるのかはわかった」
「ああ?」
「あとは、誰が手紙を運んだかが気になるな」
俺は動いていない。
どうやって『蛞蝓』は『蛙』に話をつけた。
「そのうちわかるだろうよ」
もったいぶるなよ、暴力親父。
そして笑うな。
夢に出たらどうするんだ。
「どこの組織も動いてはいるのさ。仲介役もどうなるかわからねえぞ? そのときは『蛙』に来いよ。俺様としても、お前なら歓迎するぜ、『スモーカー』」
「俺はどこにも入る気はない」
「そういや煙草の匂いが消えたな……サイレントキラーの『スモーカー』。煙草の匂いに気づいたら……そんな警告もいまでは無意味だな。おいおい、危険度が増してるじゃねえか」
「あんたの兇悪な面には負けるさ」
「荒れてるなあ」
「……煙草を吸いそこねただけだ」
「お前がその気なら、まかせたい仕事はあるぜ?」
昂っていた自覚はある。
血をみて昂ぶり、昔に戻れば覚悟も決まる?
まったく、情けねえ発想をしたもんだ。
「……俺は、ただの『シケモク』さ」
俺の返事を聞いて、暴力親父は去っていった。
親父とは似ても似つかない、美形の息子が迎えにきていた。
去っていく車を見送ると、『蛞蝓』の女たちがあらわれる。
後始末は、俺の仕事ではない。
俺も現場を離れた。
俺の愛車のとなりに、ローティーンの少女が立っている。
「ボスがお呼びです」
「わかった」
俺のほうも、段取りについて話がある。
5
俺の寝室に女がいる。
部屋にいるのは、俺と女のふたりだけだ。
「今夜も、私を視姦するのか?」
「服をぬがせてからな」
ベッドに腰をすえる『クノイチ』が、俺をみている。
「裸にして、物騒なものがないか丹念に調べる」
「それだけか?」
「武器になりそうなものを処分して、こいつで縛る」
「そのロープで、私を縛るのか?」
「身動きすらとれないよう、厳重にな」
「そうやって、後ろから犯すのか?」
「あんたがそれを望むなら」
「乱暴に?」
「なるかもしれない」
「ひどい男だ」
「それは違う。ひどいのはそのあとだ」
「私をどうするつもりだ?」
「お互いが満足するまで徹底的にやる。そのあと殺人衝動があらわれたら、俺はあんたを縛りつけたまま放置して部屋をでる。そしてあんたがもがいているうちに、ほかの女を抱いている」
「ひどいな。それはひどい。最低の男だ」
「否定はしない。それでも俺は、あんたを抱く……いいか?」
「……ああ、それでかまわない」
慣れてはいても、順序は大切だ。
互いに理性があるうちは、やさしくていねいに肌をかさねる。
「途中で私が暴れても、最後までつづけてほしい」
「大人しくなるまでつづけるさ」
「仕事で妥協はしない、と?」
「仕事で女を抱いたりはしない」
欲しいから抱くだけだ。
そんな台詞は心にとどめて、俺はただ、女を黙らせた。