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チープ  作者: 京本葉一
6/6

どうなろうと後悔はしない

1



 シャワーを浴びて、身なりを整える。

 段取りのとおり、伝えられた番号に電話をかける。

 近くのホテルにつながると聞いたが……。


「報告をうかがいましょう」

「……ボスが直々にでるのかよ」

「大事な仲間のことですので」

「そうか」

「『クノイチ』は?」

「いまは眠っている。拘束もしている」

「治っていませんでしたか」


 行為の最中、拘束を脱して馬乗りになっていた。


「首にアザをつけられた」

「キスマークですか?」

「指のあとだ。窒息寸前まで絞められた」


 なんとか攻守交代。

 女が気を失うまで続行した。


「ご無事でなによりです」

「まだだ。まだ終わっていない」


 眠ったていどで静まるような、淡い衝動ではない。


「では手はずどおり」

「場所は?」

「そちらに女をおくります」

「ここに?」

「そのほうが早いでしょうから」


 たしかに手間は省けるが……。


「……あんたが来る、なんていうオチはないよな?」

「あなたがわたしを抱きたがっているのは重々承知していますが」

「違うということだな?」

「わたしほどではない女を用意しました」

「贅沢はいわない」

「『クノイチ』のあとに抱かなければならない女です。選抜は必要でしょう」


 どんな女でも霞んでみえるだろう。

 俺はいまから、見知らぬ女にも無礼な行為をはたらくわけだ。


「気に入らなければ交代もありです」

「わかった。それでたのむ」


 女が気を失うまで抱いたあと、拘束して、別の女を呼びつける。

 あの暴力親父がやっていそうな鬼畜の所業だ。

 気が滅入る。

 だが、すべて俺が選んだことだ。

 あいつの寝顔を拝めたのなら、それで十分だろう。

 どうなろうと後悔はしない。



2



 呼び鈴が鳴った。


 腹にかるく詰めこむ程度の時間しかたっていないが、女が到着したのか? 

 他に来客の予定はない。

 さすがに『アール』ではないだろう。しばらくは元の住まいで荷物の整理をしているはず。


 俺は女と見切りをつけて玄関口に移動した。


 ドアの向こう側に害意は感じない。

 香水の匂い。

 やはり女。

 世話になる相手だ。

 こころよく出迎えるとしよう。

 ドアを開けた。


「は~い、久しぶりね、ハニー♡」

「だれがハニーだ」


 暴力親父の娘がいた。


「なんであんたがここにいる?」

「なんでって、あなたが呼んだんでしょう?」

「記憶にないな」

「抱くだけの女が必要なんでしょう?」


 俺は黙って娘をみた。

 娘は訳知り顔で肩をすくめ、物憂げな吐息をこぼした。


「チェンジだ」

「どうして!?」


「どうしてもこうしてもない。

 そもそも『蛞蝓(ナメクジ)』と話をつけて、なんで『蛙』の娘が出てくる?」


「『蛞蝓(ナメクジ)』のボスとは、友好な関係を結んでいるわ」

「あの女と?」


 もっとも嫌っている男の娘が?


「どうやって縁を結んだ?」

「旅に出て、世話になったの」

「ショッピングの距離でなにがあった!? もっと遠くへ出ていけ!」


 帰るどころか入ろうとしやがる。

 ドアの前で娘ともめていると、元凶があらわれた。


 車から降りた、怖い女。

 喪服を身にまとい、右眼には眼帯。

 残った左眼が、不吉な印象を抱かせる。


 思考を読ませない『蛞蝓(ナメクジ)』の女ボスが、護衛のメイドも連れずに、たったひとりで近づいてくる。


「なにか言いたそうな顔ですね。

 いいでしょう。立ち話もなんですので中に入らせてもらいましょうか」


 俺は、女ふたりを招きいれるしかなかった。



3



 俺はコーヒーをいれる。

 怖い女が『クノイチ』の様子を確認する。

 娘が物憂げな態度で大人しく座り、いい女を気どっている。


「女を縛りつけて獣のように犯す……鬼畜ですね」


 寝室のありさまを見てきた女の、第一声がそれだった。

 否定しづらい所見ではある。


「後悔はしていない」

「おそらく彼女も同様でしょう。感謝します」


 仲間には甘い女だ。


「わかっていると思うが、俺には時間がない」

「それでは手短に済ませましょう」


 女は残された左眼を閉じて、コーヒーの香気を愉しむ。


 淑女がいた。

 不吉な輝きが消えれば、こいつはたしかに、絵になる女だ。

 紅茶のほうが似合っている。

 華やかな衣装で着飾れば、上流社会でも輝ける逸材。

 喪服は少々、艶気がありすぎる。


「ますは紹介をすませましょうか」


 いい女を気どっている、娘のほうをみる。


「出会いは?」

「領域内をうろちょろしていたので確保して尋問することに」

「……こいつが悪いな」

「手荒な真似はしていませんよ」

「だろうな。それで?」

「ある男をぶん殴りたいと」

「復讐の旅かよ」

「新たな恋のために必要な措置だと力説されました。そうなるとわたしも女です。敵対組織のボスの娘とはいえ協力のひとつも申し出たくなります」

「嘘つけ」

「男を始末する段取りをつけました。そうなると彼女も女です。敵対組織ではあれど力になりたいと申し出てくれました」

「それも計画のうちか?」

「彼女は『蛞蝓(ナメクジ)』と『蛙』をつなぐ連絡係……」


 連絡係!?

 あの暴力親父に手紙を届けられる人材!


「『エンジェルB』です」


「……Bとはなんだ!?

 厳しいはずのエンジェルが一気に霞みやがる!!」


 そしておまえの目的はなんだ!?

 俺になにを期待している!?


「BはBです」

「えっ? ビーストのBでしょう?」

「おまえは騙され、いや、ビーストもたいがいだな!?」


 ひどいな、この眼帯女。

 あの暴力親父の娘とはいえ、容赦なく蔑みやがる。


「『エンジェルB』は長いので『ビー』にしましょう」


 どうとでもしてくれ。


「あなたの協力もあって『ビー』の復讐は成就しました」

「ボスとハニーのおかげで大満足よ」

「よってこれからも『蛞蝓(ナメクジ)』に協力してくれるそうです」


「今回の一件で理解できた。『蛞蝓(ナメクジ)』のボスは信頼できる女……『蛙』を裏切るような真似はできないけれど、ふたつの組織の懸け橋となれるなら、よろこんで協力させてもらうわ」


「ありがたいことです」


 この娘、絶対に利用されるな。


「『ビー』はもはや『蛞蝓(ナメクジ)』の一部といえなくもありません。そして信頼には信頼でこたえるのが礼儀というもの。わたしは『蛞蝓(ナメクジ)』の秘密事項である『クノイチ』の殺人衝動について打ちあけることにしました」


「……それで?」

「『蛞蝓(ナメクジ)』のために一肌脱ぐと」


 俺は黙って性悪女をみた。

 気だるげな態度を崩そうとしない『ビー』もみた。


「がんばってくれたハニーのためだもの。

 私がなにもしないわけにはいかないじゃない?」


 おまえの女としての自信はどこから湧いてくる?

 洗脳か?

 この性悪女に洗脳されて、すでに利用されているのか?


「あなたの懸念はごもっともです。

 どうやら『ビー』は自身を餌にしてあなたを『蛙』に引きこむつもりです」


「あら? バレていたの?」

「わたしを甘くみてもらっては困ります」


 この性悪女は、俺の反応も利用して話をすすめている。

 どういう計画だ?

 

「べつに『蛞蝓(ナメクジ)』を裏切る意図はないわよ? 私はボスのことを気に入っているし、信頼しているのも嘘じゃない。連絡係はきちんとこなして、『蛙』との抗争は避けるように努める」


「それも承知しています。『ビー』はあくまでもフェアに勝負する女……どうしてわたしがここまで足を運んだとおもっているのですか?」


「どうしてなの?」

「わたしと『ビー』のどちらかです」


 この性悪女……。


「どちらを抱くか選んでもらいましょう」

「女として、フェアな勝負をしようというの?」


 俺の命がかかった状況で、この女、なんてことを企みやがる。


「いかがですか?」

「おもしろい。受けて立つわ」


 極上の女をたっぷりと抱いた。

 いまの俺に、性的な渇望などありはしない。

 たとえ激しい渇望があったとしても、『ビー』はきつい。


「もちろんわたしを抱くというなら『蛞蝓(ナメクジ)』に入ってもらいます」

「私を抱くなら『蛙』に、ということね」


 もしも女が喪服をはだけて柔肌をさらせば、もう一戦、という気になるかもしれない。性悪女と『ビー』。『蛞蝓(ナメクジ)』と『蛙』のどちらかを選べ、という体裁をととのえておきつつ、実質は『蛞蝓(ナメクジ)』の一択でしかない。


「話はつきました」

「あとはハニーが選ぶだけ♡」


 俺は深々と溜め息をついた。


「ちょっと娼館に行ってくるから、留守番をたのむ」


 俺は女たちに背中をみせる。

 女の小さな舌打ちと、わめき声が響く。

 俺は気にせず準備をはじめた。


「逃がしませんよ?」


 怖い女が立ちはだかる。


「俺はどこにも入る気はない」

「情勢は変わります。いつまでも仲介役のままではいられません」


 かもしれない。

 もっとも危惧すべきは『蛇』の後継問題。

 あのジジイが倒れたら、おそらく『蛇』は割れるだろう。

 二派、三派と割れたなら、『蛙』や『蛞蝓(ナメクジ)』も動き出す。

 秩序はあっさりと崩壊する。


「……先を見据える野心家が、そろそろ動くか」


 敵となりうる存在は消してしまえ。抗争の機運が高まれば、それが主流の発想となる。どこにも属さない俺の立場は、これから危険度を増していく。そして仲介役であるかぎり、呼び出されたら行かねばならない。殺意のこもった、罠があろうとだ。


「そうなるまえに決断を」

「まだ早いだろう」


 俺もこの女も、あのジジイも、秩序をのぞんでいる。

 俺の命を狙うことはない。

 この女にいたっては、俺の身を案じている。


「俺が『シケモク』だからこそ、あのジジイは動かない」


 俺がもっとも勢力の小さい『蛞蝓(ナメクジ)』に寄っているのは、『蛙』も『蛇』も理解している。俺を中立とはみていない。そしてそれは正しい。俺が中立であると素直に信じているのは、あの暴力親父ぐらいだろう。


「あの『蛇』を、甘くみるなよ?」

「……『蛞蝓(ナメクジ)』も力をつけています。今回はわたしも本気です」


「つまり?」

「周囲に護衛のメイドたちを配置しています」

「……俺を敵に回すと?」

「あなたに女は殺せない」

「……無抵抗なわけじゃない」

「昇格希望のメッセンジャーも幾人か配しています。武器を持たぬ少女たちが身体を張ってあなたを捕えるでしょう」

「容赦ねえな、おい」


 周囲には『蛙』と『蛇』の目もある。

 騒動を起こせば、仲介役に危害を加えたとみなされる。

 それは避けたい。

 ローティーンの少女を襲ったという情報が流れるのも避けたい。


「メイドを抱かせてもらおう。時間がない。車を借りる」

「それはふつうに嫌ですよ? せめて自分の車でしてください」

「俺もそれは嫌だ」

「わがままです。わたしのメイドを抱くなら『蛞蝓(ナメクジ)』に入りなさい」

「それもわがままだ。断る」

「わかりました。ちょっとメイド服を借りてきます」

「そういう話じゃねぇんだよ」

「メイドに欲情するのでは?」

「そんな趣味はない、はずだ」


「ねえ、ちょっと」


 静かだった『ビー』が俺たちを呼んだ。

 どこかをじっと見つめながら、俺たちに注意をうながした。


「さっきから、なにかいるんですけど?」


 そのなにかが気配をあらわした瞬間、背筋に怖気がはしった。


 死の気配と対峙する。

 視線のさきに、裸の女がいた。

 自力で関節をはめ直す、笑みをたたえる女がいた。

 少女のようにあどけない、『クノイチ』がいた。


  

4



 獲物をうかがう視線から、視線を外せない。すこしでも隙をつくれば、どうなるかわからない。刃物の類は遠ざけてあるが、素手でも致命傷は負うだろう。


 動きをとめた『クノイチ』。


 俺は動けない。

 いくつもの修羅場を知る、女ボスも動けない。

 野獣の血筋、その本能でわかるのか、『ビー』も動けない。


「どの程度のものか確認しておきたいとはおもっていたのですが……」


 こういう状況も計画のうちか……。

 となると、メイドを配したのも、本筋は『クノイチ』の捕獲か?


「これほどですか」


 理解できただろう。

 ここに護衛の連中を呼んだとしても、役に立たない。

 犠牲者が増えるだけだ。


「護衛を呼びよせる程度の余裕ならあるとみていたのですが……これが最高潮の『クノイチ』。ぜひとも支配下におきたいところです……それにしてもつやつやですね」

「ほんと、うらやましい」

「余裕かお前ら!?」


 くそっ、少しばかり距離をつめられた。


「とにかく説得を試みましょう。わたしの声が聞こえていますか? 『クノイチ』……催眠療法の際に語っていたではありませんか。あなたは殺したくないはずです。あなたは激しく犯されたい。もっと様々なプレイを楽しみたいはずです。いろいろやって飽きたときに殺せばいいのです」


 変化はない。

 声が届いていない。


「無駄だな。俺が微妙に傷ついただけだ」

「いまの、地味に『クノイチ』も傷つくんじゃない?」


 説得は不可。

 緊張感が高まってゆく。

 高まるエネルギーが、暴走の時を待っている。


 呼び鈴が鳴った。


 三人が、一瞬、身体をふるわす。

 警戒したのは『クノイチ』も同様。

 誰が来た?

 家の周囲はメイド姿の護衛がいる。

 不審者ではないはず。

 ドアが開いた気配。

 鍵を持っている? 『アール』か!

 早すぎるだろう!?

 くそっ、こんなときに……。

 近づいてくる。

 来た。

 

「そろそろ終わったかなあと思って帰ってきたら、メイドの人たちに様子を見てくるよう頼まれたんだけど……なにをやってるの? お客さん? 『クノイチ』さんは……全裸?」


 素人の『アール』には、危険が感じとれない。


「逃げろ」

「……もしかして、修羅場?」


 修羅場の意味が正しいのか、確認している余裕はない。

 俺は『クノイチ』から注意をそらせない。

 なにをしているのか、『アール』が動いていないのは気配でわかる。


「よし」


 なにかを決断した『アール』が、焦りをつのらせる俺に歩み寄る。

 俺の身体にふれ、顔を近づける。


「ん」


 女の唇がふれた。

 なんとも素っ気なく、不器用な口づけだった。

 とっさの出来事に思考が停滞する。

 一瞬。

 すぐに戦闘態勢にもどし、『クノイチ』と対峙した……わけだが。


「……浮気者」


 見慣れた無表情の『クノイチ』が、捨て台詞をはいて部屋にもどっていった。


 ……なぜだ?

 なにがあった?

 どうして殺人衝動がおさまっている?


 茫然としている俺に、横から『アール』が告げた。


「殺したいくらい自分のモノにしたいんでしょう?

 そこまでこだわる女なら、キスでも許せないのは当然じゃないの?」


 なるほど、とうなずく女たちがいたが、俺はそう易々とは認められなかった。キスで衝動がおさまるというなら、あの日の俺の苦労はなんだったのか? いままでの俺の葛藤はなんだったのか?


 俺の腕をとる『アール』が、妙に得意げに笑っていた。



5



 シャワーを浴びて身支度をととのえ、『クノイチ』は去った。

 ボスも『ビー』も出ていった。

 家にいるのは、俺と『アール』のふたりだけだ。

 俺はリビングにある一人掛けのソファーに身体を沈めている。非常に狭く感じるのは、『アール』が俺のとなりにくっついて座り、腕をからめて離さないからだ。


「……これは、どういう状況だ?」

「ん? 危機を救ったご褒美じゃないかな?」


 俺と腕をからめている姿は、去った女たち全員が見ている。

 

「暗黙の了解? 『クノイチ』さんも」

「無表情だからわかりづらいが、いい気分ではなかったと思うぞ?」


 かるく振りはらう程度では離れなかった。

 気力の減退が著しく、されるがままになっている。


「『クノイチ』さんは、最後を狙っているから」


 酔っているのか?


「また来るだろうから、それまでは、ね」

「……こういうのに、興味ないんじゃなかったのか?」


 呼吸が乱れつつある女がいて、俺と対面する形で膝にのる。


「うん、ぜんぜんなかったんだけど、『シケモク』にキスをしたあとの、『クノイチ』さんの変化をみていたらさ。なんかこう、ゾクゾクっとくるものがあったんだよね」


 こいつ、男を奪うことに興奮したのか?


「……俺は疲れている」

「すごく激しかったんでしょ?」


 興奮度が増しやがった。


「俺は『クノイチ』に惚れている」

「それは知ってる。私のことは、そんなに好きでもない」

「そうだな」


 距離が近づく。


「それでいい」

「よくはないだろう?」

「それがいいと感じてる」


 下腹部が密着する。


「ああ、ひどい女だね、私は」

「否定はしない」

「うん、じゃあ、しよう」

「じゃあの意味がわからないんだが?」


 吐息がふれる距離で、『アール』が笑っている。


「キスしてくれないの?」

「さっきもいったが疲れている。性的欲求も乏しい」

「じゃあ、ちょうどいいね」

「なにが?」

「私は初めてなんだ。処女だから、男を知らない。やさしくていねいに扱ってほしい。独占欲を、満たしてあげるからさ」


 もしもこの世の中に、どうなろうと後悔はしない、などと考えている男がいるとしたら、そいつはきっと、殴られても仕方がない男にちがいない。とりあえず俺は、自分を殴りたい。


「ここでキスをして、そのあと、寝室に運んでほしい。『シケモク』のベッドね。上書きしたいから。『クノイチ』さんと寝たところで、満たしてよ」


 人生は後悔の連続だ。

 だからせめて、言い訳はここらでやめるとしよう。

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