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チープ  作者: 京本葉一
2/6

頼むから、嘘だといってくれ



 魔都カンサイを支配する三大組織、『蛙』『蛇』『蛞蝓(ナメクジ)』。


 抗争の時代を経て、秩序を保つための誓約(ルール)がつくられた。

 そのひとつが、仲介役。


 すべての組織が利用する、どの組織にも属さない存在。

 そいつに危害を加えることは、死と同義だ。

 組織ぐるみと判断されたなら、残る二つの組織が手を組み、潰す。


 仲介役の名は『シケモク』。


 つまり、俺だ。

 ようするに俺は、三つの組織の使い走り。

 小さい仕事で小銭を稼ぐ、ケチくさい男だ。





 高画質の映像が、壁一面に流される。


 どこかの研究室だろう。

 白い実験服を身にまとう、陰気なメガネ女が映っている。

 ひたすらメモをとる陰気なメガネ女の前には、透明の容器が並んでいる。

 それらに浸け込まれているのは、若い女の体のようにもみえる、艶めかしい形をした、根菜の数々だ。


「なんなんだ、このマニアックな研究映像は?」

「これがあなたに運んできてもらいたいものです」


 喪服をきた女がこたえた。

 鴉の濡れ羽のような髪を流す、肌の白い妙齢の女だ。

 美人ではある。

 容姿も肢体も申し分ない。

 だが、情欲をおぼえる男は少ないだろう。

 右眼の眼帯は問題じゃない。

 不吉に病んだ存在であると、残った左眼が知らしめるからだ。

 ましてや『蛞蝓(ナメクジ)』の支配者とくれば、情欲など萎んでしまう。


「『蛞蝓(ナメクジ)』のボスが現場にあらわれ、直々に依頼の説明をするという。事態の深刻さに気合いを入れざるを得なかったんだが……なんなんだ、この無駄にエロい根菜たちは?」


「セクシー植物ダイテーナです」


 思考が途切れて空白が生まれた。

 理解するまでに、わずかながら時間を要した。


 この女、冷めた表情でなんてことを口にしやがる。


 俺は黙って相手を見つめた。

 怖い女ボスも、その後ろにひかえる怖いメイドも、一切表情を動かさない。

 微動だにしない女たちと睨みあう状況。


 疑惑と葛藤が渦まくが、そんなもの、向こうはお見通しのようだ。

 

「安心してください。名づけたのはこの男です」


 映像が切り替わる。

 映し出されたのは、以前、仕事で知ることになった男。


「変態モザイク野郎か」


 こいつなら納得だ。

 俺は妙な安心感をおぼえた。


「彼のもとに出向いて目的のものを受けとってきてください」


「交渉は?」

「すでに終わっています」


 それはおかしい。


「……どうやって『蛇』と話をつけた?」

「今回は彼との直接交渉です。『蛇』は関係ありません」


「そんな話が通じるとでも?」


「彼は『蛇』の取引相手であって構成員ではありません。いろいろと思うところでもあったのでしょう。『蛞蝓(わたしたち)』と接触するため、近頃はこちらの色街でも散財していました」


 野郎が『蛇』に不信感を抱き、『蛞蝓(ナメクジ)』とも交流をもった。


「さすがに『蛙』の領域には近づかないようですが」


 先の一件でいろいろと学んだはずだ。

 近づけば殺されると理解しているのだろう。


「モザイク野郎の行動について、『蛇』のほうは?」

「黙認といったところです」


 不愉快ではあっても、警告はしない。

 鞍替えするとまでは考えていないのか。


「となると、俺が出張る必要もないのでは?」


仲介役(あなた)を使わないと『蛞蝓(わたしたち)』が彼を引きこんだように見られます」


 野郎は『蛇』の金づる。

 俺を使うことでそれを認め、あちらの顔を立てているわけか。


「取引は今夜です。こちらが受け取りに出向くまで、あなたのほうで管理しておいてください。それも仕事の範疇です」


 怖い女ボスは、俺に退室の許可を出した。

 いまひとつ腑に落ちないでいる俺に、これ以上の説明をする気はない、ということだ。





 俺の愛車、ベビージープのとなりに、少女が立っている。

 気の強そうなローティーンの少女は、『蛞蝓(ナメクジ)』のメッセンジャーだ。


「ここでしばらく待て、とのことです」


「それはボスの命令か?」

「いえ、姐さんです」

「そうか……で、俺はなにを待てばいいんだ?」


「『クノイチ』の姐さんです」


 ボスのうしろに立っていた怖いメイド。

 ここの姐さんのなかで、一番危険な奴だ。


「わざわざ見送りにくるわけがないな」

「同行されるそうです」

「……『クノイチ』が、動くのか?」


 今回の取引、そんなに重要なものなのか?


 監視役でもある少女とともに、しばらく待った。

 女の身支度にしては、それほど長くない。


「さすがに、メイド服ではこないよな」


 あらわれたのは、整ったボディラインを見せつける、ライダースーツの女。色気に満ちあふれる姿態、はち切れそうに豊かな胸は、真っ当な男を魅了する兇器といえるだろう。

 触れることができるのは、死にたい奴に限られる。

 魅惑的で、危険な女だ。


 役目を果たした少女が、危険な女に一礼して去っていく。

 憧れの存在なのだろう。

 顔を赤く染め、興奮気味の様子だった。


「今回の件、あんたが動くほどのものなのか?」


 あの奇怪な根菜類に、それほどの価値があるのか?


「お前が考える必要はない」


 質問にこたえる気はないらしい。


「私がお前をリードする」

「助手席にのって、ナビでもしてくれるのか?」

「私が、そんなものに乗るとでも?」


 俺の愛車を馬鹿にした女は、場所を移動し、大型のバイクを押してきた。


「私が、お前の上にのるとでも?」

「いきなりどうした!? 思ってねぇよ! 聞いてもいねぇよ!」


 油断のならない、危険な女だ。

 俺は女が転がしてきたバイクを確認する。


 エンジンが大きい。

 改造もしているようだ。

 スピード勝負では敵いそうにない。


「私の後ろから攻める気か?」

「追いかけるさ、技術には自信がある」

「私を、後背位で攻める気か?」

「さっきからどうした!? さっきの少女の憧れを返せ!」


 俺の知る『クノイチ』ではない。調子が乱れるが、仕事は仕事だ。


 俺は愛車に乗りこむ。

 女はバイクに乗り、エンジンをふかせる。

 女の表情が愉悦に染まる。


「……どれだけ飛ばす気だ?」


「私を、天国までとばせるとでも?」

「それもあれか? 絶頂させるとかそういう意味なのか?」


 バイクが疾走する。

 俺は愛車を走らせ、危険極まりない女を追いかけた。





 財閥グループが運営する製薬会社、その研究所が目的の場所。

 俺と『クノイチ』が到着すると、美しくない女があらわれ、案内役だと告げた。

 裏取引にもかかわらず、堂々と正面から入り、最上階まで連れていかれる。


 モザイク野郎との再会は、互いに気分のいいものではなかった。


 一応警戒はしていたのだろう。

 野郎のそばには、荒事に慣れていそうな男たちがひかえていた。


「そいつらは『蛇』の構成員かい?」

「いやいや、彼らは我が社の警備員だよ」


 私設部隊か。

 本当のことを話しているかは不明だが。


「『シケモク』のことはいろいろと教えてもらったよ。ある意味、この取引が公正であると証明するような存在だ。『蛇』も『蛞蝓(ナメクジ)』も、もちろん『蛙』も、後からケチはつけられない。不愉快ではあるけれど、歓迎させてもらおう」


「パーティーの誘いなら断る。受け取るものを受け取って、とっとと退散しよう」


「僕としても、そちらのほうがありがたいね」


 野郎が合図を出すと、女が入ってきた。

 映像でみた陰気なメガネ女が、そのまま俺のほうに歩み寄る。

 合わせるように、『クノイチ』が離れる。


「どういうことだ?」


 質問にこたえたのは『クノイチ』だった。


「彼が『蛞蝓(ナメクジ)』に接触してきたのは、私に仕事をさせるため。

 交渉の結果、代償として彼女をもらい受けることになった」


 さすがに取引の場では、まともな答えを返すらしい。


「……思っていたよりも大きな取引だ」

「なんだ、あんた知らなかったのか?」


 野郎が笑っていやがる。

 だが、それが気にならないほど、情報の整理が追いつかない。

 俺は隣りにきた、メガネ女をみる。


「とりあえず、俺が勘違い、いや、勘違いさせられていたのが問題だな」


 俺は向こう側の『クノイチ』をみる。

 無表情ゆえに思考は読めないが、絶対、わざとだ。


「『シケモク』さんは、今回の取引が不服かな?」


 あの怖いボスがやることだ。

 いまひとつ状況はつかめないが、この取引に問題はないだろう。

 モザイク野郎の利になることが、『蛞蝓(ナメクジ)』に利を与える可能性もある。


「……なに、俺としては、ダイテーナが出てくるとばかり思っていたんでな」


「はあ? なんだって?」

「だから、ダイテーナだ」

「……なんだ、それは?」


 モザイク野郎の顔には、困惑しかみえない。


「……おいおい、ダイテーナだぞ? セクシー植物ダイテーナだぞ? 知らないはずがない。お前以外、誰がそんな名前をつけるっていうんだ?」


 嘘だろう?

 頼むから、嘘だといってくれ。


「はっ、よくわからないが、あんたが苦悩する姿をみるのは気分がいいな」


 他に誰がいるんだ。

 俺の知るなかで……だいぶ、変わった女がいたな。


 俺が気づいたとき、『クノイチ』の姿はどこにもなかった。

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