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チープ  作者: 京本葉一
1/6

ここではないどこかに

1



 高画質の写真が、壁一面に映し出された。


 成金趣味の高級クラブ。

 派手に着飾った、さして美しくはない女たち。

 ブスとブサイクの挟間で、裸体をさらすモザイク野郎。


「なんなんだ、この汚い絵面は?」

「こいつがあんたの交渉相手だ」

「……何者だ? B専の変態、というのはわかるが」


 それ以外の情報がほしい。

 俺の質問に、依頼主の男は溜め息をつく。


「こいつはB専じゃない」

「ほう、変態ではあっても、B専ではないと?」

「ああ、こいつは、ボスの娘に手を出しやがった」


 ここの組織には詳しい。

 当然、ボスのことも、その一族についても熟知している。


「……B専じゃねえか」

「てめえ、口を慎めやコラァ」


 男の威嚇に、俺は両手をあげる。


「まあいい、あんたの仕事は簡単だ。

 この変態野郎に、ボスの娘から手を引かせろ」


 ほんとうにそれだけなら、若い連中にやらせればいい。

 俺は沈黙を守る。

 俺の考えることは、向こうもよくわかっている。


「こいつは『蛇』の金づるだ」


 敵対組織が後ろ盾にいる、ということ。

 俺に依頼する、シンプルな理由。


「このモザイク野郎は、これでも財閥グループの若手筆頭でな。

 気前よく金をばらまいて、『蛇』の連中と仲よくやっているようだ」


「つまり、この男と直接交渉する前に、『蛇』に話をつけないといけないわけか」


「そういうことだ。頼んだぜ、『シケモク』さんよ」



2



 外灯に照らされるベビージープ。

 俺は愛車に乗りこんで、渡された資料に目をとおした。


「汚い仕事が好みのようだな、モザイク野郎」


 じつに効率的に金を稼ぎ、遊びまわっている。

 大画面で見せられたような痴態の数々が、何十枚もの写真となって資料に挟まっていた。


「これを交渉材料にできるなら、楽な仕事なんだがな」


 俺は助手席に資料を投げやり、キーをまわした。

 つまらない仕事だが、夜のドライブは、嫌いじゃない。



3



「あんた、『シケモク』かい?」

「ああ」

「それなら、べつにいい」


 ピアスまみれの女マスターは、『蛇』の窓口案内人。

 彼女の許可をもらって、バーの奥に足を運ぶ。


 奥のVIPルームでは、話のわかる、穏健派の幹部たちがいた。若い連中も後ろにひかえていたが、口をはさむような無作法ものはいない。


「よお、『シケモク』」

「今度は、どんな用件だ?」


「仕事がないと来ちゃいけないのか?」


「お前がプライベートで来るはずがねぇだろ。

 ……どっちだ? 『蛙』か、『蛞蝓(ナメクジ)』か」


「『蛙』だ。そこのボスの娘に、おたくの金づるが手を出した」


「……ああ、あのB専野郎か」

「敵対組織のボスの娘に手を出すとか、本気で見境がねえな」

「女の素性を知らねぇんだろう」

「教えてなかったか……教える必要があったとはなあ」


「一応確認しておきたい……戦争、はじめる気は?」


「あの男に、そこまでする価値はねえな」

「まあ、ご機嫌取りくらいはしてやるがね」


 やはり、話のわかる連中だ。

 すぐに後ろの若いものに指示を出した。

 カードゲームに興じる短い時間に、仕事は完了したようだ。


「あの野郎には、幹部の名を出して伝えておいた」


 娘から手を引くこと。

 この件に関して、『蛇』は一切関知しないこと。


「妙な言い回しだな。話はついてないのか?」


「ああ、渋っていやがる」

「男もそうだが、娘のほうもな」


 俺は天を仰いだ。


「娘はいま、野郎といっしょにいる。

 迎えがくるから大人しく待っていろ、とは伝えておいた」


「ああ、助かる」


 面倒だが、これは俺の仕事だ。

 俺は若いやつから、野郎と娘がいる場所を聞いた。


「貸しひとつ、と、『蛙』には伝えておいてくれ」


 ただで動くほど、甘い連中ではない。 


「ああ、文句は言わせない」


 俺に依頼した時点で、こうなることは『蛙』にもわかっていたはずだ。

 鬼熊と恐れられた男でも、娘には弱いらしい。



4



 さすがは財閥グループの若手筆頭。

 高層マンションの最上階からながめる夜景は、じつに美しい。


「おい、どこをみていやがる!?」


 向かいのソファーに、一組の男女がくっついて座っている。パズルのピースのように、ぴったりとくっついて、ひどい絵面をつくっている。


「ちょっとした目の保養だ。気にせず話をつづけてくれ」


「話はもう終わってるんだよ!」

「そうよ、私たちは愛し合っているの。パパのことなんて関係ない」


「おたくらの言い分はわかった。だが、説得しないといけないのは俺じゃない。あんたのパパだ。本気で付き合うというなら、とりあえず家に帰って、親子の縁を切ってくれるよう、パパを説得することだ」


 娘の表情が歪んだ。


「親子の縁を切ることはないじゃない。

 私とハニーが結ばれれば、『蛙』と『蛇』は同盟を結べる」


「あんたのハニーに、あんたと釣り合うほどの価値はない」


 どうやら、頭は悪くない。

 娘のほうは。


「話は、終わりだと言ったよな?」


 モザイク野郎が、俺に銃口を向けていた。


「だめよ、ハニー! 銃をおいて!!」

「こんなやつ、『蛇』に頼むまでもない」

「ハニーが殺されちゃう!」

「心配しなくていい。『蛙』は動かない。

 僕を殺したら、『蛇』と『蛙』は戦争になるんだからね」


「今回、『蛇』は動かないと知っているはずだが?」


「ふん、お前ひとりを殺したくらいで……」

「だめ!! このひと、『シケモク』よ」


 対立する三つの組織の、仲介役。

 俺のことを知っているとは、さすがはボスの娘。

 野郎に、置かれた立場の危険性を伝えることができる。


「……あなた、『シケモク』よね?」

「ああ、そうだ……」


 いまのところは。


 落ち着いてきた娘が、モザイク野郎を説得した。

 奴の手から銃を取りあげて、一度、パパのもとに帰ると告げた。

 野郎は不満そうだったが、それが娘には嬉しいようだ。


「必ず、ここにもどってくるから」


 娘は手荷物ひとつで、俺とともに野郎の部屋を離れた。



5



 恐れを忘れた女は、敵対組織の間に新たな秩序をもたらす気でいた。


「愛はすべてを解決する」

「よし、とりあえず、黙ろうか」


 色恋で頭がボケている女は、とにかく機嫌がよかった。

 エレベーターで降りる間、三回は注意したが、まったく黙ろうとしない。

 地下の駐車場でも、燃え上がる愛を訴える。


 俺の愛車、ベビージープに乗りこむ。


 女は助手席に乗せる。

 モザイク野郎の資料が邪魔だった。


「そこのは後ろにやってくれ」

「なに、これ?」


 話を聞かない女は、遠慮もためらいも知らない。

 資料を広げる。

 空気が変わって、女は黙った。

 俺はキーをまわし、エンジンをかけて、車を走らせる。


「ねえ、ちょっと、車、止めて」

「断る」

「戻ってほしいの」

「断る」

「だいじょうぶ、忘れ物をしただけ」

「嘘をつくな」

「一発、ぶん殴ってくるだけだから」

「せめて、殺意を、隠せ」


 さすがは鬼熊と恐れられた男の娘、確実に殺る気だ。


「まあ、これで解決だな」


 愛は冷めきった。

 女は男を忘れて、二度と近づかない。

 男は女と離れ、べつの女で遊ぶだろう。


「あぁ、恋がしたい」


 終わっても面倒な女だ。


「するのは勝手だ。報われるかどうかは別だが」

「贅沢は言わない。私だけを愛してくれるなら」

「贅沢だ、あきらめろ」

「ひどくない?」

「冗談だ。まあ、心配するな。世の中にはB専という言葉がある」

「ねえ、ほんとにひどくない?」


 世の中はひどいものだ。

 男も女も関係なく、美しいものが望まれる。


「でも、ほんとにいるのかしら、

 私を好きになってくれる、いい男なんて」


「どこかにいるだろう、ここではないどこかに」

「ここではないどこかに?」

「そう、ここではないどこかに」

「じゃあ、どこに行けば会えるの?」

「さあな。弥生にでもいけば会えるんじゃないか? 縄文なら確率は高そうだが」

「それって地名? なんか聞き覚えはあるけど、地名なの?」


 旅に出たい。

 そういって女は静かになった。


 黙っていても面倒な気配を漂わせる、そんな女を助手席に乗せたまま、俺は車を走らせる。


 夜が明ける。

 空が明るさをましている。

 前方から、朝陽が射しこんでくる。

 美しい、やわらかな光だ。


 仕事は面倒だが、こんな時間のドライブは、嫌いじゃない。

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