三十五話 「そういえば、犬用の武器ってどんなのがあるんだろう」
ゴブリン・ツリーの根元に掘られた穴は、さほど大きなものではなかった。
幅はゴブリンの頭程度で、深さはゴブリンの膝丈程度。
そこに、ケンタが抱えていたものを、慎重な手つきで入れる。
一抱えほどの大きさで、見た目は柑橘類の種に似ていた。
色は茶色みがかっていて、非常に堅そうだ。
それは、ウルフ・プラントの「姫」であった。
発芽をさせ、ゴブリン・ツリーと共生させる準備をしているのだ。
りあむにゴブリン、そしてウルフ・プラント達が、じっと作業を見守っている。
穴に入れた「姫」の上に、土をかけていく。
土には、森から持ってきた腐葉土を使っていた。
それを固めすぎないよう、手でほぐしながら乗せる。
りあむは緊張のあまり、ごくりと喉を鳴らした。
かたい殻に覆われた「姫」は頑丈であり、そこまで丁寧に扱わなくてもいいということだったが、どうしても緊張してしまう。
穴に土を入れ終えると、今度は水をかける。
土器を使って汲んできた水を、たっぷりと。
「おわった」
ケンタの言葉で、張りつめていた洞窟の中の空気が、一気に緩んだ。
呼吸もしていないはずなのだが、りあむなどは大げさにため息を吐く仕草をした。
これで、一先ず外からできる仕事は終わりらしい。
あとはゴブリン・ツリーが面倒を見るのだそうで、ゴブリンやウルフ・プラント達の領分ではないとのことだった。
できることがあるとすれば、良質な獲物をとってくることだという。
「木の記憶によると、三日ほどで芽が出るそうです」
「ならば、それまでに少しでも多く獲物をとらねばなりませんな」
「然り。これほど気が高ぶるのは久方ぶりよ。初めて狩りに出る時以来か!」
ウルフ・プラント達の士気は、かなり高いようだった。
少しでも長く役に立ってやろうという意気込みなのだろう。
どのウルフ・プラントからも、気迫が感じられた。
対してりあむは、緊張に引きつった顔をしている。
なにしろ、群がどんな方向に行くかという判断は、すべてりあむが行っているのだ。
将来ゴブリンとウルフ・プラント達がどうなっていくかは、りあむの双肩にかかっているといってよい。
胃がひっくり返りそうになるストレスだが、幸いなことに今のりあむには実体がなかった。
どんなにストレスを感じても、実際に胃がひっくり返る心配はない。
まあ、精神体のような体だから、何かしら別の弊害は出るかもしれないが。
「よし! じゃあ、早速ウルフ・プラントさん達の班分けをしよう! 活動開始です!」
現在ゴブリン達は、三交代制で動いている。
ウルフ・プラント達に働いてもらうには、そこに割り振る必要があった。
どうやら、三交代という働き方は、ゴブリン・ツリーに共通したものだったらしい。
元々ウルフ・プラント達も三つの班から均等に選出されていたらしく、分け方はすぐに決まる。
ある程度能力も考慮された三等分になってるようで、りあむはほっと胸をなでおろした。
場合によっては自分が班分けをしなければならないと思っていたのだが、戦力の分配を一手に任されるというのは、少々荷が重すぎると思っていたのだ。
既に三つに分かれているのであれば、あとはそれを槍、斧、ボーラの各班に配置すればいい。
「しばらくすると、他の班との配置交代になります。その時に、合流してもらうことにしましょう」
「承知しました。存分にお役に立って見せましょうぞ」
リーダーの言葉に、他のウルフ・プラント達は大きくうなずく。
皆、やる気に満ち満ちているように見えた。
どうもりあむにとっては、ゴブリンよりもウルフ・プラント達の方が感情が読みやすいようだ。
なんとなく複雑な気持ちになるりあむだったが、助かることには違いない。
「それと、最初の狩りには私も同行します。ゴブリン達との連携についてとか、必要な道具とか、色々調べておきたいので。ケンタ、よろしくね」
「分かった」
ウルフ・プラント達が狩りや作業に加わるというのは、大きな変化だ
連携などを考慮し、道具を新たに作る必要もあるだろう。
ここで、りあむは顔をしかめながら「木の記憶」を手に取った。
肝心なことを確認するのを忘れていたからだ。
「ウルフ・プラントを狩りに組み込むことになるけど、種族的なデフォルトの狩りの連携みたいなのってあるの?」
ゴブリン・ツリーは、脈々と知識を受け継いできているらしい。
ならば、元々の知識としてそういったものを持っているかもしれないと、りあむは考えたのだ。
だが、「木の記憶」によると、残念ながらそういったものはないらしい。
もしかしたら、そういった記憶を重要視して引き継ぎ続けている木もあるかもしれないが、自分、このゴブリン・ツリーにはないのだとか。
「まあ、仕方ないか。あれば、それを基準に考えられたんだけど。ちなみに、ウルフ・プラントさん達のところでは、どんな風な形で狩りをしてたんですか?」
「はっ。さほど、どうということのないものと思いますが」
交代の時間が来るまで、りあむは「木の記憶」をめくりながら、ウルフ・プラント達の話に聞き入っていた。
槍、斧、ボーラの三班が集まり、情報共有を済ませ、配置交換を行う。
この時に、それぞれの班にウルフ・プラントを配置した。
初顔合わせな所もあったはずなのだが、問題は特に起きないらしい。
どちらもすんなりと受け入れているようで、あれこれと仕事の話をしている様子だった。
やはり、種族的なつながりがあるのだろう。
ゴブリン達は、仲間同士でいざこざを起こしたりしない。
恐らくは、そうゆう種族特性なのだろう。
効率よく働くために、そういう進化を辿ってきたのだと、りあむは考えている。
それは、ウルフ・プラント相手でも当てはまるのだろう。
指示を出す側であるりあむにとっては、これ以上なく有り難い。
ついでに言うと、ゴブリンとウルフ・プラントが話しているのを眺めているのは、とても心が和んだ。
海外のトゥーン系アニメとかを見ている気分になる。
「いかんいかん、そんなことしてる場合じゃなかった」
頭を振って気を取り直すと、りあむは狩りをする班の全員を集めてもらった。
どんな風に狩りをするか、おおよその説明をするためだ。
もちろん、実際に行動してみなければ分からない部分もあるが、おおよその指針はあったほうがいい。
「ウルフ・プラントのリーダーと話し合って決めたのですが。ウルフ・プラントさん達には、獲物の誘導、足止めを担当していただきます」
地球の人間が猟犬を使う場合と同じである。
そして、ウルフ・プラント達の出身の群れでも、同じだったそうだ。
まず、ウルフ・プラント達の高い索敵力を持って、獲物を探す。
ウルフ・プラントの機動力を生かし、獲物を誘導、あるいは足止め。
それを、武器などを装備した攻撃能力の高いゴブリンが仕留める。
ウルフ・プラントの武器は、爪と牙だ。
どちらも強力ではあるが、槍や斧と比べてどうかといえば、大きさ、付けられる傷の深さという点から見て、やはり少々落ちる。
それに、牙を使う場合には、危険も付きまとう。
ゴブリンやウルフ・プラントが狙う相手は、魔獣、魔物の類であり、毒を持つものも少なくない。
うっかり噛みつけば、逆にこちらが命を落とすことにもつながりかねないのだ。
また、体の表面が岩や金属、甲虫のような外骨格で覆われているものも、少なくない。
噛みつきは威力がすさまじく、ウルフ・プラントにとって最大ともいえる武器なのだが。
残念なことに、彼らが狙う獲物に、必ずしも有効とは言えないのだ。
「ええと、班のリーダーさんには申し訳ないんですが、今回は実際の狩りの時、いくつか指示を出させて頂いて、それに従ってほしいんですが。よろしいですか?」
「わかった。りあむの、しじにしたがおう」
軽い打ち合わせを終え、早速森へ向かうことにする。
森へ向かう間も、りあむはジッとウルフ・プラント達を観察していた。
ウルフ・プラント用の道具を作る、参考にするためだ。
話を聞いた限り、元の群ではウルフ・プラント用の道具というのはなかったらしい。
そもそも、道具を作る、ということ自体が無かったのだそうだ。
ただ、その代わり周囲に人間が多かったらしく、それらが使っている道具を手に入れる機会は多かったらしい。
あるいは、手に入るから、自分達で何かを作る、という発想が生まれなかったのだろうか。
推測するしかないが、りあむとしてはその可能性も高いと思っていた。
地球でも、輸入に頼れるなら自分達で作る必要はない、というように考える地域などはあったはずだ。
少数だったとしても、良質なものがある程度定期的に手に入るとなると、自分で作ろうとはしなくなるのだろうか。
脱線しそうになる思考を頭を振って修正し、りあむは改めてウルフ・プラント用の道具について考える。
「背負子みたいなものは付けられるかなぁ。犬用のリュックとかってそんなに容量無さそうだったけど」
まだ人間だった頃、リュックを背負った犬を見たことがあった。
大型犬が付けていたのだが、荷物はさほど入っていなかった気がする。
あるいは、そういう道具自体はあったのだが、りあむが知らなかっただけかもしれない。
判断に迷うが、何か作ってためしてみるのはアリだろう。
狩った獲物や素材などを運ぶ手伝いをしてもらえるなら、これほど頼もしいことはない。
ただ、狩りの際には積極的に走ってもらうことになるわけだから、そのあたりは工夫が必要だろう。
「そういえば、犬用の武器ってどんなのがあるんだろう」
ゲームやマンガでならともかく、実際に武器を装備している犬というのは、見たことが無かった。
軍用犬が防弾チョッキなどを着ている、というのは写真などで見たことはあったのだが。
それ以外では、パッと思いつくのは本当にゲームぐらいだ。
あれば便利なのでは、と思ったが、そう簡単に思いつけるようなものではないらしい。
「りあむ。森に入ったぞ」
あれこれと考えている間に、荒れ地を抜けて森に入ったようだ。
道具のことはいったん置いておくとして、りあむは狩りに集中することとした。
森に入って、歩くことしばし。
ウルフ・プラントが、獲物になりそうな魔獣の匂いを探り当てた。
ゴブリン達もかなり鼻が利くのだが、ウルフ・プラント達の方が上らしい。
特徴を聞くに、イノシシ型の魔獣のようだった。
ゴブリン達が時折狩ってくる、「猪みたいなヤツ」で間違いないだろう。
この「猪みたいなヤツ」は、森に結構な数がいるようだった。
草も肉も食う雑食性で、移動力もあり攻撃力もある割に、多産で繁殖力もそこそこ。
それでも森が猪だらけにならないのは、捕食する側もすさまじいものがそろっているからだ。
魔法という地球では考えられない力を使う、すさまじい捕食者も多い。
そういったものに対抗するためなのだろう。
猪並みの大きさを持つ動物でも、繁殖力が強く、案外数が多いのだ。
ゴブリン達にとっては、都合がいいことである。
早速、狩りを始めることになった。
班のリーダーとウルフ・プラントが話し合った結果、追い込み猟のような形をとることに決まる。
ゴブリン達が待ち伏せしている場所に、ウルフ・プラント達が獲物を追い込むのだ。
打ち合わせは、ごく簡単な内容で、すぐに終わった。
どちらも普段から狩りをしているので、あれこれと細かく話すより、実際にやってお互いに微調整したほうが早いと判断したらしい。
この話し合いには、りあむは特に口出ししなかった。
おおよそりあむが想定していた狩りの仕方とゴブリン達の発想が、同じだったからだ。
ド田舎であったりあむの務めていた役所の管轄では、獣害なども出ていた。
猟友会に害獣駆除を依頼することもあったのだが。
どういうわけか、りあむはそれに何度か同行させられていた。
荷物やら罠やらの、荷運び要員としてである。
若い人間が少ない地域だったので、ほとんど便利屋扱いだった。
その時に、猟師からあれこれ猟犬と協力した猟の仕方につて、聞かされている。
実際の猟を間近で見たことはないのだが、ゴブリンとウルフ・プラントが行おうとしている猟は、それに近い内容だったのだ。
ならば、りあむが何か言う必要もない。
ゴブリン達の方がずっと狩りには慣れているわけだし、任せてしまった方がよいと考えたのだ。
りあむの今の仕事は、狩りのやり方に口出しすることではないだろう。
実際の狩りの様子を観察し、りあむならではの視点から改良点や、道具の発案などをすること。
それこそが、りあむの仕事であり、存在意義だろう。
りあむはケンタの背中にぴったりとくっ付き、周囲を観察しながら、狩りが始まるのを待った。
獲物である「猪みたいなヤツ」を追い込む場所を決め、ゴブリン達はその周囲で身を隠していた。
木の上、枯草の下、岩の陰などに潜み、そっと息を殺す。
獲物がいる側から見ると風下なので、臭いでばれる心配は少ないだろう。
ただ、気配に気が付かれると厄介なので、なるべく物音などを立てないように気をつけねばならない。
りあむも極力声を出したり動いたりしないように気を付けながらも、首を伸ばして周囲を見回す。
ケンタが隠れているのは、木の上であった。
そこで、木の葉などを利用して、身を隠している。
装備しているのは、槍とボーラだ。
りあむの付き添いだけというのもなんなので、ケンタも狩りに加勢することになっている。
久しぶりの狩りのはずなのだが、ケンタは落ち着いているように見えた。
表情も、いつもと変わらないように感じる。
まあ、そうはいっても、りあむは相変わらずゴブリンの表情が読み切れていないのだが。
しばらく待っていると、何か大きな動物が地面を踏みしめて走ってくるような音が聞こえてきた。
同時に、犬のような鋭い吠え声も聞こえてくる。
ウルフ・プラント達が、獲物を追い込んでいるのだろう。
ほどなくして、「猪っぽいヤツ」の姿が見えた。
周囲には、追い立てるように吠えているウルフ・プラントの姿もある。
この様子を見ていたりあむは、違和感を覚え、すぐにその正体に気が付いた。
「猪みたいなヤツ」はかなり足が速いはずなのだが、走ってくる速度がさほどでもない。
実に走りにくそうに、木や草に足を取られたりしているのだ。
本来なら、こんなことはありえない。
ウルフ・プラントが、吠えて脅かしたり、体当たりするなどして、そうなるように誘導しているのだ。
噛みついたりもしているが、すぐに振り払われてしまっている。
ウルフ・プラントの爪と牙では、「猪みたいなヤツ」の丈夫な毛と皮を貫通して傷をつけるのは、容易なことではない。
怪我を負わせることは可能だろうし、それを積み重ねれば仕留めることもできるだろうが、時間は相当にかかるはずだ。
その点、ゴブリン達なら問題はない。
先頭を走っていた「猪みたいなヤツ」が、突然つんのめるようにして転んだ。
走っていた勢いは死んでおらず、ゴロゴロと転がっていく。
見れば、前足や顔などに、ボーラが巻き付いている。
この一匹に進路を阻害され、タタラを踏む「猪みたいなヤツ」の足元から何かが飛び出し、首筋に突き刺さった。
地面が爆発したように膨れ上がり、ゴブリンが飛び出してくる。
刺さった槍を持ったゴブリンは、そのままイノシシを引きずり倒す。
前を走るものが停まれば、後続は足止めを食うか、避けようと進路を変えるしかない。
足を止めたモノには、すかさずゴブリン達が襲い掛かった。
進路を変えようとしたものの前には、ウルフ・プラントたちが回り込む。
興奮した「猪みたいなヤツ」は一瞬足を止めるが、そのままウルフ・プラントを跳ね飛ばそうと走り始める。
だが、木の上で待機していたゴブリン達が、そこを狙いすましたように攻撃を仕掛けた。
槍の穂先を地面に向けたまま、「猪みたいなヤツ」めがけて落下。
穂先を突き刺しつつ、自分の体も「猪みたいなヤツ」にぶつける。
ケンタも、これの攻撃に参加した。
突き出した槍は正確に首を貫き、背の上に体当たりを入れる。
それをまともに受けて、立っていられるはずがない。
「猪みたいなヤツ」は首を貫かれ、したたかに地面に体を叩きつけられ、即死する。
日頃からケンタを褒め称えているりあむだが、この働きには度肝を抜かれた。
元来、「猪みたいなヤツ」は曲がりなりにも魔獣である。
そう簡単に、ゴブリン一匹で仕留められるものではない。
攻撃がうまく急所に入りさえすれば不可能ではないのだが、相当に難しいことなのである。
こんなことができたのは、もちろん、ケンタが優秀だから、というのもあるだろう。
しかしそれ以上に、ウルフ・プラント達のサポートが的確だったというのも大きい。
獲物の誘導に、足止め。
これが適切だったから、ケンタはあれほど上手く槍を突き立てられたのだ。
恐らくそれは、他のところでも同じだったのだろう。
見回してみると、何匹もの「猪みたいなヤツ」が、地面に倒れている。
少なくとも、六匹は獲れたらしい。
普段とは比べ物にならない、大収穫だ。
りあむがきょろきょろと周りを見回していると、狼達がりあむの方へ近づいてきた。
顔には、驚きがにじんでいる。
「驚きました。まさか、ゴブリン方が皆、あのように武器を使われるとは」
「はぁ。あのように、といいますと?」
「まかり間違えば武器を壊してしまうような使い方、といえばよいのでしょうか。落下しながら槍を突き出すなど、以前の群れでは考えられぬことでしたゆえ」
「あーあーあー」
なるほど、と、りあむは大きくうなずいた。
武器が貴重であれば、当然扱いは丁寧になる。
振るう時も、壊したりしないようになるのが当たり前だろう。
だが、ここのゴブリン達は、以前はともかく、今はそんなことは気にしなくなっている。
なにしろ、武器というのは自分たちで作り出すことができる、いくらでも替えが利くものになっているからだ。
粗末に使うことこそないが、大切に扱い過ぎて攻撃をためらう、などということはない。
何しろ、相手は魔獣魔物の類だ。
普通に相手をしていても、武器が破損することは当たり前のようにあった。
現に今も周りを見回してみれば、「猪みたいなヤツ」が引きちぎったボーラや、へし折った槍などが見える。
以前なら、絶対数の決まっている武器の破損は、狩猟能力の低下に直結していただろう。
だが、今は洞窟に戻りさえすれば、替えの武器が準備してある。
「武器を失えば、次の狩りの収穫は目に見えて減るものでありましたが。なるほど、ここでは替えの武器がある」
「然り。いやはや、それがこれほどの差になろうとはな」
ウルフ・プラント達はしきりに感心しているが、りあむとしてはウルフ・プラントの方に感心していた。
「いや、皆さんが追い込んでくれればこそですよ。これほどの収穫は、うちとしても初めてです」
アクジキを倒した時が、総量としてはこれに近かっただろうか。
だが、苦労やかかった時間が、段違いである。
もちろん、低い方に。
そんな話をしていると、班のリーダーが駆け寄ってきた。
腰につけていたボーラはなくなっており、槍の切っ先には血が付いている。
「りあむ。もんだい、おきた」
「え? うそ、誰かケガでもしたんですか!?」
「ちがう。かり、うまくいきすぎた。にもつ、はこびきれない」
「あーあーあーあー」
うれしい悲鳴、というやつである。
獲物を獲るのも大変だが、運ぶのも大仕事なのだ。
血の匂いがする獲物を運んでいると、肉食の魔獣魔物が寄ってくることがある。
ゴブリンは恐ろしく不味く、襲ったところで利益がない。
そのため、ゴブリンが襲われる、ということはほとんど無かった。
だが、狩りの獲物などを運んでいて、それが奪うことができそうだ、などという場合は話は別だ。
メリットとリスクを天秤にかけて、前者が大きいとなれば、たとえゴブリンでも襲われることがある。
それを避けるためにも、獲物を運ぶ際には武器を構えた護衛が不可欠だ。
今回の獲物を運ぼうとすると、どうしても護衛が少なくなってしまうらしい。
「んー、ウルフ・プラントさん達に護衛してもらってもダメですか?」
「いやさ、母上殿。残念ながら我らでは役に立たんものかと」
「何せ、牙と爪だけが我らの武器ですからな」
ウルフ・プラントでは、驚かせることはできても、致命的な傷を瞬時に負わせることはできない。
獲物を奪って逃げるだけの時間であれば、脅威度としては低かった。
そうなると、無視して獲物を奪っていこうとするものが必ず出てくる。
残念ながら、ウルフ・プラント達は護衛には向かないのだ。
「うーん。なるほど。でも、獲物をあきらめるっていうのは絶対になしですよねぇ」
りあむは難しい顔で唸った。
今の状況で、せっかく獲った獲物をあきらめるのは、絶対に避けたい。
「ウルフ・プラントさん達に運んでもらうことは、出来ません?」
「我らでこれを運ぶのは難しいのでは」
「猪みたいなヤツ」はかなり大きく、ウルフ・プラントと同じか、少し小さい程度の重さがあるようだった。
それを運ぶというのは、なかなかに難しい。
人間のように支えながら背中に担ぐことができるならともかく、犬のように口で加えて運んだりするには、限界があるのだ。
「背中に乗せるにしても、まぁ、限界があるか」
やってみなければわからないが、体格的にウルフ・プラントは大荷物を運ぶのに適した体型には見えなかった。
獲物を解体し、分割して運ぶにしても、やはり限界がありそうである。
「んー。じゃあ、即席のタンカでも作りましょうか」
アクジキと戦ったときに、大きな網を作った。
それを簡略化して小さくしたものを、ゴブリン達は今も狩りの時などにもってきている。
いろいろと使いでがあり、案外便利な道具なのだ。
今回はそれを、運搬の道具として使うことにした。
まず、獲物を網で包み込み、その両脇に長い棒を差し込む。
棒の両先端を、ウルフ・プラントの背中に乗せれば、完成だ。
形としては、二匹の犬を横に並べ、その間にタンカを乗せたような形である。
「どうです? 棒が背中に食い込んで痛いとか、ありません?」
「耐えられないほどではありませんな。問題ありません」
「左様。これならば、運ぶことは難しくありません」
急造の品だったが、使えないということはなさそうだった。
森の中は障害物も多く、地面も平らではない。
通りにくい場所では都度おろす必要があるが、それでもないよりはずっとましだろう。
同じものを三つ作り、六匹のウルフ・プラントで運んでもらう。
残りの三匹は、ゴブリン達が運ぶことになった。
これによって浮いた人手が、護衛につくことができる。
絶対に安全、とはいかないが、危険は段違いに減るだろう。
即席タンカ作りには、ほとんど時間がかからなかった。
材料も出来合いのものを使っているので、普段獲物を運ぶために木に括り付けるのと、ほとんど同じ程である。
「ぜんぶ、じゅんびおわったな。もどろう」
班のリーダーの指示で、洞窟へ戻ることとなった。
道中、道が悪く進むのに難儀したり、獣が寄ってきたりはしたものの。
特に大きな問題もなく、洞窟までたどり着くことができた。
時間を確認すると、いつもより早い時間に戻ってこれたようである。
石垣を作っていたゴブリン達も、驚いた様子だった。
いつもより短い時間で、いつもより多くの収穫。
結果を見れば、大成功といっていい。
問題があったとすれば、獲物が取れすぎて運ぶのに困った、といったところだろうか。
まだ一度だけなので、見えていない問題点もあるだろう。
だが、一先ず、ゴブリンとウルフ・プラントが狩りをするのには、大きな問題はなさそうに思われた。
「まあ、そもそも共生する生き物なわけだし、当然といえば当然なのか」
とりあえず安心はできたが、りあむとしては見えてきた問題を解決する必要がある。
ウルフ・プラント達用の運搬道具は、早急に整えなければならないだろう。
形もある程度工夫する必要がある。
ウルフ・プラントの背中に乗せるだけにすると、どうしてもずり落ちてしまうようなのだ。
なにしろ、森の中は足場が悪い。
即席タンカも、ゴブリンが時折位置を直す必要があった。
これを克服できる道具があれば、かなり負担も削減できるはずだ。
一応、戻ってくるまでの間に、おおよそのアイディアは出来ている。
あとは、形にするだけだ。
「もどってきたか。みてもらいたい。よいせんいが、みつかったかもしれない」
りあむの所へ、片足のゴブリンが杖を突きながら歩いてきた。
使っている杖は彼自身が作ったものである。
いろいろあったが、今ではすっかり作業班の頼れる戦力だ。
「よいせんい? 良い繊維、って、もしかして、弓用の?」
「かなり、じょうぶ。たぶん、つかえる」
「いよぉおっし!!」
りあむは思わず、大声を上げた。
弓の弦に仕える繊維の発見は、ずっと課題だったのだ。
それが解決するとなると、ボウガン、バリスタの制作が、一気に進むことになる。
「これは、いそがしくなるなぁ!」
まさに、うれしい悲鳴というやつだ。
アレも必要だし、コレもやりたいし。
りあむはこれからすべきことを頭の中で巡らせ、ニコニコと顔をほころばせた。
空中に浮かぶ、光で作り出された地図を眺めながら、バッフは手に持ったカップのお湯に口を付けた。
この地図情報は、バッフが持ち込んだ機材を使い、冒険者三人組の協力で制作したものである。
装備して歩き回るだけで、周辺の情報を収集して地図を作り上げる。
現在大学で研究が進んでいる技術を、バッフが無理やり借り受けてきたものだ。
地図上の光っている赤い点は、暴食アリを探知した地点。
バッフの探査装置に引っかかった位置を記録している。
「暴食アリとゴブリン・プラントが接触した場合、ゴブリン・プラントは間違いなく全滅する」
何しろ、数が違いすぎる。
どうやったところで、摺りつぶされて終わりだろう。
なにしろ暴食アリは、そういう風に作られた生体兵器でもあるのだ。
「冒険者が駆除したとしても、必ず漏れが出る。それは間違いなく、ゴブリン・プラントの方へ襲い掛かる。その程度なら、どうだろう」
数にもよるが、おそらくは勝てる。
ゴブリン・ツリーの精霊が何か大きな間違いを犯さない限り、おそらくは。
一匹残らず駆除すれば良いではないか、という考えも、バッフの中にはあった。
だが、出来ればそれは避けたくもある。
いくつか理由もあるが、大きなものが一つ。
暴食アリは、体内に相当量の魔石を蓄えている。
それを女王のところに持ち帰り、仲間を増やすのに使うのだ。
肉や鉱石などは咥えて持ち帰るのだが、魔石だけは直接喰らい、体内で精製。
大きな魔石として、保存する習性を持っているのだ。
実はこれは兵器として設計された習性であった。
多くの生き物は、魔石を体内からえぐり取られると、死んでしまう。
捕らえたものを確実に殺すために付属された、特性なのだ。
暴食アリを設計した者達も、この特性は会心の作だったことだろう。
何しろ、その暴食アリのせいで、自分達が亡びたわけだから。
「暴食アリは、ゴブリン・ツリーの良い食料になる。ただ、どのくらいの数なら大丈夫なのか」
無事にゴブリン・プラント達が暴食アリを殲滅できれば、非常に良い栄養となるだろう。
ゴブリン・ツリーは、より大きくなるはずだ。
大きな魔力を一度に入手できたゴブリン・ツリーが、どのように成長するのか。
自然環境下では、めったにないことだろう。
もちろん、あのゴブリン・ツリーの精霊が、どんな風に暴食アリに対応するかも気になる。
「巣を叩いて、生き残りがゴブリン・プラントを襲うのは、いつ頃になるかな」
実際にやってみるまでは不確定要素は多いが、おそらく長くて十日、早くて七日といったところだろうか。
好奇心に任せて、そんなことをしてしまってもいいのか、という思いもある。
自然の摂理に反しているのではないか。
傲慢な行為なのでは。
しかし。
「放って置けばどうせ暴食アリに食いつぶされてたわけだし。多少逃げたのがそちらに行っても、別におかしくないよね。不可抗力不可抗力。それに、僕自身見てみたいし。きっと素晴らしい資料になるだろうなぁ」
そんなことでやめようと思うような殊勝な心掛けを持つハイ・エルフならば、そもそもこんなところには来ないのだ。
バッフはにやにやと笑いながら、地図を眺め続けた。




