三十話 「それにしても、誰も火傷とかしないなぁ。火の使いに危なげもないし」
無事に火起こしに成功し、焚火を作ることができた。
それだけでもなかなかの成果なのだが、今回の目的はその先である。
焚火で土器を、焼成することだ。
確認したところ、焼ける状態まで乾燥した土器はかなりの数あることが分かった。
全て同じ焼成の仕方でもいいのだが、いくつかの方法を試してみることにする。
時間をかけていろいろと試すつもりでいたのだが、嬉しい誤算だ。
「時間は有限。ゴブリンの人生は短いからね。ん? 人生? ゴブ生? まあ、なんでもいいや」
今回試すのは、三種類の焼成方法だ。
一つ目は、焚火に直接、土器を入れる方法。
本当に普通の焚火に土器を投げ込むだけというもので、最も簡単な手法だ。
土器を焼成する方法の中で、もっとも原始的といってもいいかもしれない。
二つ目は、マキの上に土器を置き、さらにそれを囲むようにマキをくみ上げてから燃やす方法。
土器の周りをまんべんなく、長時間焼くことができる。
そのおかげで質の良いものはできやすいのだが、火力が上がる分失敗も起きやすい。
三つ目は、敷き詰めたワラの上に土器を置き、その上にさらにワラをかぶせ、泥で蓋をして焼く方法。
ワラは火をつけると、マキよりも高い温度で燃える。
さらに泥で上部分に蓋をすることで、簡易的な窯のような効果を得ることができる。
どの方法も、現在の状況では長所も短所もあるものだった。
単純でさっさとやれてしまうもの。
準備にそれなりに手間がかかるものの、効果のほどがまだ確かではないもの。
現状行える中で一番高度と思われるのだが、成功するかわからないもの。
こればかりは、実際に試してみるしかない。
火が付いた感動から立ち直ったりあむは、テキパキとゴブリン達に指示を出していく。
そもそも火が付くとは思っていなかったので、準備も何も後手後手である。
にもかかわらず、ゴブリン達は冷静に、的確に作業を進めていく。
指示を実行するという点において、ゴブリン達は恐ろしく優秀なのだ。
マキには、武器を作るために用意していた木材を使うことにした。
半端だったり、使い勝手の悪そうな部分をより分けたものだ。
それなりの量になったらゴブリン・ツリーの根元に埋める予定だったのだが。
まあ、すぐに集められそうな量なので、特に問題ないだろう。
ワラは、縄を作るために集めたものを使う。
こちらもすぐに量が用意できるものなので、使い惜しみはしない。
準備が出来たモノから、順次火をつけていく。
「うまくいけば、器を作りやすくなるからね。まぁ、もっとも。ゴブリンって煮炊きする必要ないから、効果は微妙なんだけど」
人間は、火を使って食料を加工することで、大きく飛躍した種である。
どんぐりなどの種子は、生のままでは栄養が取りにくいし、さして美味しくない。
それを加熱することで、栄養を取りやすく、且つ美味しく食べられるようになったのだ。
土器というのは、食料を加熱調理するうえで、非常に有用な道具なのである。
だが、ゴブリン達は、そもそも食事が必要ない。
となると、当然調理の必要もないわけで、他の生き物よりも格段に土器の重要度は薄かった。
それでもりあむが土器を作ることにしたのは、今後の道具作りを考えてのことだ。
「煮たほうが丈夫になる素材とかもあるし。お湯はあったほうが格段に便利なんだよね」
土器は、調理以外にもいろいろと使いでがあるのだ。
技術的選択肢として、習得しておくに越したことはないだろう。
りあむとしては、将来的には火炎瓶を作りたいと思っていた。
動物や植物などから油を得て、土器に詰めて火をつける。
それを相手に投げつけて、燃やすのだ。
狩りの道具としては不向きだが、防衛用の武器としては使えるはずである。
加工しやすく、量産しやすい素材というのは、色々と応用が利く。
りあむとしては、是非とも確立しておきたい技術であった。
「それにしても、誰も火傷とかしないなぁ。火の扱いに危なげもないし」
初めて火を扱うにもかかわらず、ゴブリン達は落ち着いた様子であった。
少しは慌てたり怖がったり、逆に恐ろしさが分からず怪我をしたりしそうなものだが。
そういった様子が一切ない。
なんでだろうと首をかしげるりあむを見て、ケンタも首をかしげる。
「りあむが注意点を事前に教えていたからだろう。恐らくだが、ゴブリンは人間や他の種族よりはるかに経験を共有しやすいのではないか。仲間から得た情報を、瞬時に自分のものにする」
ケンタの分析は、実に的確であった。
ゴブリンはほかの種族よりも、体験を共有する能力に優れているのだ。
りあむが経験し、習得している火の扱い方を、ほかの種から見れば考えられないほど短いやり取りだけで、十二分に習得したのである。
もちろんそれだけでは不足する部分もあるわけだが、それも実際に触ってみればすぐに補うことができた。
「ゴブリンって、私が思ってるよりよっぽど人間とかとは隔絶した生き物なのかもねぇ」
事実として、ゴブリンはほかの人型生物とは隔絶した存在であることは間違いないだろう。
なにせ、植物なのである。
外見が似ているからといって、他の人型生物と同じように考えるのは間違ってて当然だ。
「とはいえ、見た目が同じだけに納得しずらいんだよなぁ」
ため息を吐くりあむだったが、考えていても仕方がない。
それに、今はほかに意識を向けなければならないこともある。
どの焼き方がうまくいくのか。
しっかりと見極めなければならないのだ。
最初に異変に気が付いたのは、パラパタであった。
木々の間から見える空に、立ち上る煙が見えたのだ。
通常なら気が付かないほどごくわずかな痕跡だったが、パラパタは偵察や探査の専門家「タトゥースカウト」である。
それでも、気が付くことができたのは本当にたまたまだった。
依頼人を連れているから、普段よりも広い範囲を警戒していたのだ。
森の中では、危険は様々な場所から飛び出してくる。
左右前後はもちろん、上空や地中から襲撃を受けることも少なくない。
だから、空にも目を配っていたのだが。
そのおかげで、件の煙を見つけることができたのである。
煙の残滓を空に見つけた時、パラパタはどこかの冒険者が焚火をしているのだろう、と考えた。
だが、すぐに自分でそれを否定する。
方向的に火が焚かれているのは、オード大森林の外。
魔力不毛地帯である、フラド山脈に入った辺りだと思われたからだ。
冒険者は、金を稼ぐために危険な場所へ足を踏み入れる。
動植物も少なく、希少鉱石なども手に入りにくいフラド山脈に、好き好んでいくやつはいない。
まして、今はゴブリン・プラントがあるとして、ギルドが立ち入りを制限してもいる。
冒険者にとってギルドの決定は、国の決定の数千倍重い。
直接の取引相手でもあるし、下手に敵対すれば最悪賞金を懸けられる恐れもある。
同業者につけ狙われるような状況というのは、冒険者にとって直接死を意味する場合が多い。
では、冒険者以外の人間ということはないのか、と考えると、その可能性は限りなく薄いと思われた。
一般人が好き好んでそんな場所に行く理由がないからだ。
もし行くとすれば、まず護衛を付けることになる。
となればギルドを通して依頼を出すことになるわけだが。
現状ギルドがそれを受理するとは思えない。
一般人が護衛もなしにこの土地に入ろうとすれば、まず間違いなく魔獣やらなにやらに襲われることだろう。
フラド山脈に入る前に、屍になっているはずだ。
そこまでを瞬きする間に考えたパラパタは、懐から地図を取り出した。
ギルドなどから配布されたものではなく、パラパタ自身がマッピングしたゴブリン・ツリーへ行くまでの道、および周辺情報を記入した詳細地図だ。
煙の大本と思われる地点を地図上で割り出し、パラパタは思わず呻いた。
「ぐるぁあ」
「なんだよ。変な声出して」
「リーダー、不味いよこれ」
ゴブリン・ツリーの洞窟近くから、煙が上がっている。
パラパタからの報告を聞いたクードは、頭を抱えた。
何やら話している二人に気が付き、横からのぞき込んでいたヴェローレも、顔をしかめている。
「これ、火を焚いてるってことは人間がいるってことだよね」
「そうとも限らないんじゃない。資料が正確なら、ゴブリン・プラントは火を使うこともあるそうよ」
「俺も見たけどさ。前回そんな様子全然なかったじゃん。前回の今回で急に使うようになる?」
「専門家に聞いてみればいいじゃない」
ヴェローレがそういって指さしたのは、一心不乱に書類らしきものを書いているバッフである。
なるほど、確かにゴブリン・プラントの専門家に違いない。
歩いているときも休憩中も一切手を止めずに作業に没頭しているさまは、異様そのものではある。
が、ゴブリン・ツリーの専門家であるという点については、疑いようもない。
「あーの、バッフさん。ちょっとご相談というか、ご報告というか、聞いていただきたいことがあるんですけども」
「はい!? はい! あ、なんでしょう?」
急に声をかけられて、びっくりしたらしい。
パラパタが煙の残滓を見たことや、その位置について説明する。
それまでぼうっとしていたバッフの表情が、見る間に険しくなっていった。
ネザ村のギルドで、ゴブリン・プラントの様子などは既に説明している。
バッフ自身、ゴブリン達が火を使っていたか否かはかなり気にしており、そのあたりについても入念に聞き取りをしていた。
「ですので、ゴブリン・プラントが焚火をしているか、あるいは人間が焚火をしているか、だとは思うんですが。いかがでしょう」
「野外活動には詳しくないのですが、ほかの原因は考えられませんか? 例えば火事とか、魔獣が原因とか」
「絶対にないとは言いませんが、火災であれば規模にもよりますが、もっと煙が出ます。魔獣などが原因の火災も同様ですし、そもそも連中は自分の生活領域を破壊するような魔法、ブレス類を使うことはほとんどありません。まあ、ご存知のこととは思いますが」
一応、生物関連の研究をしているバッフである。
魔獣関連のアレコレについては、むしろ冒険者三人組よりも詳しいだろう。
わざわざ聞いたのは、念のためというヤツだ。
「ゴブリン・プラントは確かに火を扱うことが確認されています。ただ、それまで確認されていなかったにもかかわらず、短時間で火を扱う技術を習得するというのは少々考えにくくはあります」
「まあ、そうでしょうね」
「ですが、そうする方法を彼らが持っていることは、間違いありません」
「マジですか」
「ゴブリン・ツリーには、有る特性があります。ゴブリン・プラントを根元に埋めると、そのゴブリン・プラントが蓄積した知識を吸収するというものです。ゴブリン・ツリーは種を作ると、それをゴブリン・プラントに持たせ、遠くへ埋めに行かせるのですが」
「まさか。その種から出た芽の根元に、ゴブリン・プラントを埋めると、知識を受け継ぐとか?」
「その通りです。親世代から子世代へ、そのずっと先へ。ゴブリン・ツリーは知識を受け継ぎ続けることができるわけです。その情報蓄積の末に生まれるのが、ゴブリン・ツリーの精霊というわけです」
厄介極まりない能力といっていいだろう。
ゴブリン・ツリー達にとっては実に都合がよく有り難い能力だろうが、相手をする冒険者達にとっては恐怖である。
知識というのは、使いようによっては非常に厄介な力なのだ。
それを脈々と受け継いでいくゴブリンというのは、危険極まりない。
「あるいは、皆さんが攻撃したゴブリン・ツリーの精霊も、本来は火の扱い方を知っていたのかもしれません。ですが、不要と判断し、利用してこなかったとも考えられます。食事も必要なく、夜目も効く彼らにとって、火は不可欠なものではないでしょうから」
「火を使うメリットに、使用し続けるコストが見合わないと思っていた。ってことですか」
「推測ですが。でも、それがもし、このタイミングで火を使うようになったのなら。可能性はいくつも考えられますが、おそらく」
「俺達が攻撃したのが、きっかけになったかもしれないわけですか」
「仮説の上に仮説を重ねた話ですが。ゴブリン・ツリーの洞窟の近くでキャンプをしている人間がいるとか、たまたま雷でも落ちてボヤが起きた、ということもあるわけですから」
クードは眉間を抑えながら、ため息を吐いた。
火というのは、非常に優秀な武器だ。
それを自分達が引き金になって使うようになった、という風にされると、非常に不味い。
もっとも、バッフの言葉が正しいのであれば、さほど気にすることもないだろう。
何にしてもギルドはゴブリン・ツリーから魔石を得ようとしていたのだ。
誰が襲ったにしても、結果は同じだったはずである。
「ちなみに、魔法で火をつけてる、なんてことはあるんですかね?」
「もちろん、その可能性もあります。ゴブリン・プラントは魔法も使えますから」
「うげ、マジかよ」
「待ってください、連中、魔法を使うんですか?」
意外そうな顔をしていたのは、ヴェローレだった。
「ゴブリン・プラントは、完熟した時に保有していた魔力だけを利用して生きる、でしたよね? つまり、命を削って魔法を使うということですか?」
「うわぁ。壮絶だなぁ」
「ああ、いえ。誤解されることが多いですが、ゴブリン・プラントはまったく外部から魔力を補給できないわけじゃないんですよ」
「ええ。そうなんです?」
「はい。魔力の濃い地域。まあ、この辺りの森がそうなんですが、そこで呼吸をしていれば、極わずかでも魔力が吸収できます。エルフが行う魔力吸収効率がいい特殊な呼吸法を行えば、相当量の魔力を確保できるようでして。その結果、寿命が延びる効果もあることを確認しています」
「確認していますってことは、バッフさん自身が試したと」
「既にギルドの管理下に置かれているゴブリン・ツリーに接触して、対話を試みた時に。もっとも、会話は成立しませんでしたけれどね。こちらが提供した知識を、あちらが利用してくれることを確認できただけでした」
悔やむところがあるらしく、バッフは苦い表情を浮かべていた。
バッフ自身、今まで多くのゴブリン・ツリーと対話を試みてきている。
一度も上手くいったことはなかったが、まったく成果が無かった、というわけでもないのだ。
ある程度の情報は、得ることができているのである。
「何にしても、直接確認してみないと分からないってことですかね」
「そうなりますね。拠点の設営予定地点まで、急いでいただけますか」
「わかりました」
依頼人からの要望だ。
もう少し休憩を取るつもりだったが、冒険者三人は早々に予定を切り上げることにする。
手早く準備を整えると、慌ただしく出発するのであった。
りあむ達が火を焚き、バッフと冒険者達が道を急いでいたころ。
森の中を、犬の群れが進んでいた。
体高がゴブリンの身長ほどもある大型の犬で、肉付きもよく牙なども立派である。
特徴的なのは、その体色だろう。
濃淡はあるものの、犬の身体はそのすべてが緑色だ。
近いものを上げるとすれば、ゴブリン・プラントだろうか。
群の長であると思われる一際立派な体格の犬の背中には、布が巻き付けてあった。
大きな荷物を括り付けられているように見える。
厳重に守るようにくるまれており、中身をうかがい知ることは出来ない。
一団の先頭にいる犬が、しきりに周囲の匂いを嗅いでいた。
その犬が、ふと頭を上げ、群の長と思われる犬に顔を向ける。
「いる。ちかい」
「いそごう」
長の言葉に、周りの犬達は小さく吠えて返事をする。
犬の群れが向いている方向。




